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まるもり 第4章旅立ち-第10話-

まるもり 第4章旅立ち-第10話-

 「お金がない」という事実は伏せておいた。
「どんなことでもするわけではない」ということは、伝えておいた。
一度ついていったら、もう元通りになれないのではないかという不安は、メグルにはない。いつだって、やり直せる。人生一通りではないのだ。
辛かったらやめればいい。適当に寄りかかれる人をみつけて、頼れば良い。
真樹子は、その仕事を「ラク」と言っていたけれど、いったいどんな仕事なのだろうか。
六時に大家が迎えに来ると言っていた。決まって、六時なのだろうか。
「あんたにも、服を貸してあげるよ」
大家が襖を開けて取り出した服は、どれも地味で、メグル向けではなかった。
苦笑いをして、首を何度も横に振る。
 
 夕方になり、曇りガラスの向こう側が赤く染まり始めた頃、真樹子の携帯電話が鳴った。
その音に、大きく反応して、真樹子は体を起こす。
大家の部屋から戻ってきて、真樹子は長い時間、布団に身を沈めていた。
飲み慣れない酒をのんだからだろうか。
そのわりには、すっきりと目覚めたのか、携帯電話が鳴った直後に、すぐに立ち上がった。
真樹夫さんの家にいたとき、この家に来たとき。
いつだって、これほどキビキビと動く彼女を見たことがない。自分のスーツケースから服を取り出している。そのほとんどは、狭い空間にぴっちりと詰め込まれたことで、皺が寄っている。そして、皺がついたままプレスされていた。
「やだぁ、もう。見て、メグルちゃん」
喋るときだけは、前と変わらない。
「しわしわしてて、着れなぁい」
妙に間延びした声。これは、自分では何もしたくなくて、誰かに何かをしてほしいときの言い方だ。
困ったような顔をしていて、一瞬だけ、鋭い目つきで様子を探ってくる。
その瞬間に目が合うと、真樹子は気まずそうに顔を背けた。

 これまでも、似たようなことがあったかもしれない。
煩わしいこと、面倒くさいことがあると、真樹子は必ず甘えたような声を出していた。でも、実際にメグルは何もしてやらなかった。なぜなら、メグルは真樹子に輪をかけて、面倒くさがりだからだ。
「大変だね、真樹子さん」
なんて、声をかけるだけで、関わらないようにしてきた。
そんなとき、真樹子は近所の仲間に、手当たり次第に電話をかけていた。
そして、気のいい誰かがやってきて、真樹子に甲斐甲斐しく世話を焼く。

 メグルがいつまでも無視していると、真樹子は一つ大きく咳払いをし、部屋を出て行った。
「大家さーん」
親しげに声をかけている声が、部屋にも聞こえてくる。
そして、大家の返事をする声も、大きく聞こえてくる。
可愛らしく、
「服がね、シワシワになっちゃったんです」
「あぁ、アイロンかい?持っていきな」
「あん、違うの」
「なんだい」
大家は、このときはまだ優しい声だった。
そして、そのあと、真樹子が何かを言ったのは、メグルには聞き取れず、突然大家の怒声が響いた。

まるもり 第4章旅立ち 第11話へ続く


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    2008/09/05(金) 12:00:00| 笑@会社 | トラックバック:0
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お知らせ

最近ある病にかかりました。
治療に専念するために、少し小説を書くことをお休みしようと決めました。
現在連載中の「まるもり」は、ほぼ書き終えているので、今の更新頻度
(3日に1話くらい)のペースで、予約投稿してあります。
ですが、皆さんからコメントいただいても、すぐに返信できないかもしれなくて、
それで、こういったお知らせをさせていただくことにしました。

いま命に関わるようなことではないと認識しています。
入院もしないし、いまのところ通院治療になります。
PCもできないわけではありませんが、お返事は遅くなるかもしれません。
そして、皆さんのところへ遊びに行く回数も減るかもしれません。
(っていうか、最近もう減りがちでしたが…)

でも、一生懸命頑張って治して、また元気に復活したいと思っています。

それでは。

2008.9.3 ユミ

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    2008/09/03(水) 20:19:00| 笑@会社 | トラックバック:0
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まるもり 第4章旅立ち-第9話-

まるもり 第4章旅立ち-第9話-

 「働いてみたら?だって、メグルちゃん、今の会社にいても芽が出そうにないじゃない?」
とは、真樹子の言葉だった。
意外に冷たく、重い言葉。メグルは、あんぐりと口を開けて、それを、ただ言葉通りに聞くだけだった。
真樹子は、まだ、メグルが会社をクビになったことを知らない。
「やめちゃいなさいよ。そして、新しい道を切り開くのよ」
いやに前向きである。
昨日までメソメソと泣いていた姿はどこにもない。
何があったのか。聞くのは簡単だが、知るのが怖い。

 真樹子と大家は、優雅に紅茶を飲む。
ボロアパートに相応しくないティーカップが、やけに目につく。
「それにね、ラクなの、ラク」
ラク。
その一言は、メグルの頭中を駆け巡った。
メグルが一番求めているもの。それは、「ラク」。
難しいことは嫌いだし、面倒になると逃げてしまうメグルには、必要不可欠な言葉。
でも、お金あるし。無理に働かなくてもいいわ。
そう思ったところへ、携帯電話が鳴った。
それは、タイミングが良かったのか悪かったのか、メグルの贔屓先の銀行だった。
その話の内容に、メグルは首を傾げるだけだった。
 
 もともとどんよりした空気のボロアパートの一室。
以前は白かっただろう壁や天井。この景色を見るだけで、気持ちはかなり下降する。
「四本さん、申し訳ないのですが」
銀行の女性は、声だけは本当に申し訳なさそうに、ただ、はっきりとした口調で言った。
「残高が不足しております」
言われたことの意味は理解した。
しかし、どうして自分の口座がそれほど貧相なのか分からなかった。メグルの口座には、毎月の給料以外に決まったお金が入ってくる。
それは、真樹子にも秘密の、真樹夫からの小遣いだった。
給料と同額ほどの金額を、いつも送金してくれていた。それが、止まっているようだった。
「意地悪なやつ、許さない」
またも、怒りの矛先を、向けるべきではない相手に向けた。

 メグルには、お金を手に入れる術はもうない。
携帯電話が止められる。カードが使えなくなる。それは、致命的なことだ。
いずれなんとかなるだろう。
一度は法外な手数料を取る機関から借りることを考えた。
しかし、すぐに首を横に振る。
どうせ返せなくなって、「体で返せ」と言うに決まっている。
テレビの悪影響を受けているのか、すっかりその気になって、体を震わす。
真樹子の話に乗ってみようか。
それが、体で返す方法に近いことが、後に判明する。

まるもり 第4章旅立ち 第10話へ続く


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    2008/09/02(火) 12:00:00| 笑@会社 | トラックバック:0
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まるもり 第4章旅立ち-第8話-

まるもり 第4章旅立ち-第8話-

 そのメグルの行動に、口を挟んだのは、意外にも真樹子だった。
真樹子は、働くということすら、どういうことか分かっていない人だ。お金は、どこからともなく湯水のようにわいてきて、そして、消えていくもの。でも、消えてもまたどこからか現れるもの。
もともと裕福な家の生まれで、大切に育てられた。いいところへ嫁げるようにと、マナーやお稽古事には積極的だった。良い人とめぐり合うためには、自分も高めておかなければならない。結局、人は自分と同じか、それ以上のレベルを求めるものである。

真樹子が高校へ入学してから、すぐのことだった。
大学在学中の真樹夫が、ある美術館の設計のコンペティションで最優秀賞を取って、一躍時の人となったのだ。真樹子は、そのとき、テレビに映り、インタビューを受けている真樹夫を一目見て、運命を感じたのだという。
それからどうしたかというと、真樹子の両親が、いまの真樹夫の家-つまり、メグルと真樹子が追い出された家-の設計を真樹夫に依頼したのだ。
将来有望株の真樹夫。最優秀賞を取ったことで、少し有名になりつつあった。
早くこちらのものにしなければ。
そんな考えから、真樹子の両親は、真樹夫に家の設計を依頼し、かなりの大金を支払った。

真樹夫は、まだ駆け出しの自分に、どうしてそれほどまでの大金を支払ってくれるのか、分からなかった。
娘、真樹子が自分に好意を寄せているだろうことは、視線や会話から読み取っていたけれど、それだけの理由でお金を払うものだろうか。
一人娘として、可愛らしく育てられてきただろう愛らしい真樹子に、大いに関心はあった。それでも、当時真樹子は中学を卒業したばかりの15歳。21歳の真樹夫からすれば、子供だった。

真樹子の家に出入りし、何度となく会話を交わしていくうちに、真樹子の両親から話があった。
「うちの娘をもらってくれませんか?」
そのときには、真樹子はもう16歳になっていて、親の承諾さえあれば結婚できる年齢になっていた。会って間もない女の子。好意をもてないわけじゃない。ただ、あまりにも子供で、あまりにも唐突過ぎる。
今にも泣き出しそうな、真樹子の潤んだ目。
それに呼応するかのように、外は次第に暗くなり、空が涙を流す。ポツ、ポツと、まるで真樹子が指示しているかのように思えた。
それを、不気味だとは思わずに、真樹夫は感動していた。彼女は、自然を意のままに操る少女だと。そして、真樹夫には打算的なところもあった。彼女と一緒になれば、金には不自由しないだろうと。
それから、真樹夫は、彼女と仲良くしようと、一緒にいる時間を増やした。
正直なところ、年齢的に子供ということ以上に、お嬢様育ちという点で、真樹子はあらゆることに関して、無知だった。
こういう子のほうが、扱いやすいな。
そう思ったのも事実である。

そして、二人は結婚した。
真樹夫22歳、真樹子16歳のときのことだった。
その翌年、メグルが誕生する。

まるもり 第4章旅立ち 第9話へ続く


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    2008/08/30(土) 08:00:25| 笑@会社 | トラックバック:0
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まるもり 第4章旅立ち-第7話-

まるもり 第4章旅立ち-第7話-

 自分を信じること。自分がとても大きく成長した気分になる。
ただ、信じられる誰かがいないことが気がかりでもあった。
家族さえ信じられないというのは、どうだろう。一番信頼しあわなければならない人を信じられないのなら、赤の他人を信用することは、到底できない。
メグルの心は、ザワザワとしていた。
感情が高ぶって、そこらじゅうのものを投げ散らかしたい衝動に襲われる。
そして、行き着くところは、
「どうして、自分はこんなに不幸なのだろうか」
というところ。

 「あんたも、働くかい?」
ふいに、肩を叩かれ、メグルは身震いをした。
近くに見る大家の顔は、やはり、お化け屋敷から飛び出してきたと言えるような顔をしていた。
一言、意地悪く、
「どこの遊園地ですか?」
と、聞いてみたい衝動に駆られる。
むしゃくしゃした気持ちを晴らすには、いま、他に方法がない。
「働いた分は、ちゃーんと出すよ」
ニンマリとした笑顔が、さらに気味悪さを増す。

「働く」
メグルにとって、嫌いな言葉の一つだ。
働かなくても、お金はあるのだから、なるべくならラクをしたい。
もともと絵を描くのは好きだったし、真樹夫から受け継いだ素質もあった。
だから、デザイナーという道を選んだ。
自由な気がしたというのも理由の一つだ。デスクに束縛されず、自由な発想で、自分の思ったものを作り上げる。
楽しそうだった。
でも、いざ働いてみるとどうだろう。
朝から晩まで、デスクに張り付いている時間が多い。デザインしてはため息をつくことの繰り返し。やる気は、とっくに消えうせていた。
打ち合わせで外へ出る機会もほとんどなく、いつしかメグルは、デザイン部門の雑用係になっていた。
お茶をいれて、給料をもらう。コピーを取って給料をもらう。こんな楽なことはない。メグルは、喜んで雑用をこなしていた。
ときどき頼まれて描くのは、先輩デザイナーたちが下書きに描いた雑な線を、きれいに清書するくらい。
給料は、上がりもしないけど、下がりもしなかった。
それでいいと思っていた。

楽に越したことはない。
そうでしょ?
人生楽して生きていたい。
これが、わたしのモットーだもの。
汗水流して働いて、ちょびっとの給料しかもらえないなんて、ありえない。

メグルは、大家に向かって首を左右に振った。

まるもり 第4章旅立ち 第8話へ続く


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    2008/08/28(木) 17:30:46| 笑@会社 | トラックバック:0
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まるもり 第4章旅立ち-第6話-

まるもり 第4章旅立ち-第6話-

 疲れる。
誰かと、敵対するとか、誰かのことを考えるなんてこと。
メグルはいつだって、愛想笑いでごまかし、負の感情を外に出さずにいた。
いや、それ以前に、負の感情をあまり持つことがなかった。
闘争心も嫌いだった。成績でも、運動でも、誰かと張り合うということが性に合わない。
なんとなく、適当な毎日。だらだらとした日々。面白おかしく笑い続ける。それが一番だ。

 「真樹子さん、帰ろう」
メグルは、一秒でも早く、大家と真樹子を引き離したかった。真樹子が何か、今までとは違う世界に巻き込まれないように。
メグルが勢い良く真樹子の腕をつかんだせいで、テーブルは揺れ、カップの紅茶が波打っている。
「あん、まだこの美味しい紅茶、ご馳走になってないわ」
のんびりと、カップに手を伸ばしている。
なんだか、イライラする。
メグルは、両手の拳を握り締めた。
「まぁまぁ」
大家がメグルの腕に手をかける。
「何を怒っているのか知らないけどね。わたしは、別に怪しいもんじゃないんだよ」
隣人が、口の片端だけを持ち上げて笑う。
それがまた不気味に思えるのだ。

 結局、メグルは真樹子とともに、隣人宅にとどまった。
真樹子一人を残して、飛び出していくのはもううんざりだった。
それに、飛び出したところで、行く場所は限られている。そう、この大家の隣の部屋だけだ。
本当の家にも入れず、柏木にも愛想をつかされた。東湖は一番仲の良い同期だけれど、それは今朝までの話だ。メグルの中では、まだ柏木と東湖の関係を怪しんでいて、気持ちはくすぶっている。
ふと、不安な気持ちが胸をよぎる。
いざというときに、「頼れる」人がいないことに、気付いたのだ。
海斗も隆ちゃんも、優しいけれど、弱くて頼りにはならない。
他の男友達も、自分の弱い部分をさらけ出して、寄りかかるような相手ではない。普段、見せている弱みは、正直なところ、ほとんどが嘘だ。そうやって、嘘を塗り重ねて、守ってもらっていた。
しかし、いざ本当に困ったことになると、人間、そう簡単には人に話せないものだと知った。
特に、身内の恥である。他人に知られたくないという思いが強くなる。
これまでのことを考えると、体中に火がついたかのように、恥ずかしさで熱くなった。

しっかりしなきゃ。
今のところ、頼れる人は誰もいない。
いるとしたら、自分だけだ。

まるもり 第4章旅立ち 第7話へ続く


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    2008/08/23(土) 09:00:09| 笑@会社 | トラックバック:0
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