まるもり 第4章旅立ち-第4話- ズズズゥ。
耳障りな音。
真樹子は、苦笑いをしている。
変だ。
食事のときのマナーには人一倍厳しい真樹子が、紅茶をずるずるとすするように飲む隣人に愛想笑いをしている。
普段は怒るということを知らないかのような真樹子だが、テーブルマナーをこなせない時の怒りは強烈なものがあるというのに。
メグルは部屋の中に視線を走らせる。
あの鏡台、どこかのオークション会場で見たことあるわ。確か、数千万円の値がつけられていたはず。
あの陶磁器は、国の無形文化財に認定されている嘉禄の作品だわ。
何なの、この部屋。お宝だらけじゃない?
「こら、娘」
メグルの視線に気付いたのか、隣人が吠える。
「人の家にきて、モノを物色するんじゃないよ」
隣人は、最後の一口を特に大きな音ですすって、テーブルにカップを置いた。乱暴な扱いをされたカップは、ぐわんぐわんと音を立ててテーブルの上で揺れる。
「お前さんは、目が肥えとるな」
隣人は、目を細めて、メグルを見る。
「お前たち二人は、大切にしてくれた男を裏切りでもしたのかい?こんなところに追いやられるなんてなぁ」
真樹子がまた泣き出すのではないかと、メグルは自分の左手に座る真樹子の横顔をちらりと見やった。
しかし、彼女は、先日までと違い、目に力を込めて泣きはしなかった。
何かが起こって、彼女を少しだけ強くしたのだろうか。それは、昨日の飲酒と、何か関係があるのだろうか。
「あんたたちも、こういったものに囲まれて暮らしてきたんだろう?値打ちが分かる人が、ご近所さんになるとはね。少しばかり、嬉しいさ」
隣人は、そう言ってまた目を細めた。
メグルは、隣人に名前を聞かれ、答えた。確か、一番最初にここへ来たときにも、
「名を名乗れ」と言われ、もう伝えてあるはずだったが、忘れてしまったのだろう。老人は、何度も同じことを聞く。それくらいメグルも分かっている。だから、何度も同じことを言ってあげる。
そうして「あげている」という行為が、なぜか、メグルの中の優越感を増大させる。
「メグルか」
隣人は、小さくそうつぶやいてから、右手を差し出して言った。
「これから、宜しくなぁ、メグル。あたしは……。なんつったっけ?真樹子?」
まるで、真樹子はこの人の子供であるかのように親しみを込めて名前を呼ばれている。
「真樹子」と呼び捨てにされても、真樹子は不思議な顔一つしなかった。
まさか、わたしの「おばあちゃん」なんて言い出さないよね?
自分が生まれる前に死んだと聞かされた祖母の顔を、メグルは知らない。
まさか、生きていた?
もう一度、隣人の顔をしげしげと見つめたのだった。
まるもり 第4章旅立ち 第5話へ続く
テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
2008/08/18(月) 17:30:37|
笑@会社
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