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まるもり 第3章極貧-第8話-

まるもり 第3章極貧-第8話-

 新聞受けは、背の低いところにある。長細く切り取られた風景には、真樹子の薄紫のスーツしか映らない。
「育ちが悪いねぇ」
急に二つの目玉が目の前に現れて、メグルは、玄関にしりもちをついた。
「覗き見するんじゃないよ」
隣人はそう言い残して、
「さ、行くよ」
真樹子を促して、階段の方向へ歩を進めていく。
「あぁ、似合うじゃないか。これは、あたしがもうちょっと若い頃に着ていたものでねぇ」
上機嫌な隣人の声が次第に遠ざかっていくのを感じて、メグルは新聞受けを閉じた。

 真樹子はいったいどこへ連れて行かれたのだろうか。
無事に帰ってくるのだろうか。
メグルは、ひと時も落ち着かなかった。一度はフローリングの床にお尻をつけたが、いてもたってもいられなくなって、また立ち上がる。
何も食べていなくてお腹がすいたことも、お風呂に入っていなくて体がべたつくことも、何も気にならなくなっていた。
時刻は、九時になろうとしている。
もう三時間も経った。

 しばらくして携帯電話が、軽快なメロディを奏で始めた。
何という曲なのか、メグルは知らない。
数年前に連れられて行った東湖の父親のピアノコンサートで、一つだけ気に入った曲があった。それを東湖がダウンロードしてくれたのだ。
曲名は、聞いても忘れてしまう。関心のないことは、すぐに消えていく。
「真樹子さん?」
メグルは、無意識に叫んでいた。
部屋についている唯一の窓は、曇りガラスで外の様子をうかがい知ることはできないが、怪しく派手な色のネオンがちらついている。
それが、メグルの不安をより一層煽っていた。

電話の主は、東湖だった。
「メグル、大丈夫なの?」
電話の向こう側は、やけに騒がしい。電波の状況は不安定なのか、会話を邪魔するようなノイズ音が耳につく。
メグルは、大きな声で必死に話しかけた。
それは、まったく届いていないのか、メグルの耳には、
「メグル?」
と、名前を呼ぶ声が、途切れ途切れに聞こえる。
そうして、電話は切れた。

 怖い。
その後、携帯電話が鳴ることはなかった。
画面には、いつもどおり三本の電波がたっているというのに。
東湖のいる場所の電波状況が悪かったのだと思いたいが、薄明かりの決してきれいとは言えない部屋にいては、自分に非があるようにしか思えなかった。

まるもり 第3章極貧 第9話へ続く

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

    2008/07/28(月) 12:00:00| 笑@会社 | トラックバック:0
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