まるもり 第2章どん底-第11話- 柏木さんってば、何を言っているんだろう?
メグルは、アイスコーヒーにささったストローを、意味もなく回し続けた。
ストローに焦点が合うと、外はぼんやりとした景色になる。
目の前が、急にひまわり畑にでもなったかのように、黄色くなった。
焦点を外に向けると、目が眩むような明るい日差しの中に、ガラス越しにこちらを見ている黄色い服の女が視界に入った。
「東湖?」
胸のあたりで、手を小さく横に振っている。愛らしいその姿は、常に男の視線を釘付けにしている。
金森東湖。
父は、世界を駆け回るピアニスト。母は、バイオリニスト。兄は、テノール歌手という音楽一家の中にあって、唯一音楽とは無縁の生活をしているのが、東湖だ。
メグルとは同じ会社の同じ部署に籍を置いている。
同期入社だというのに、東湖はすでに新鋭デザイナーとして国内では名を馳せていた。
肩まで伸びた髪は、昔で言うおかっぱ頭で、吸い込まれそうな、星のない夜空のように、黒い色をしている。
ボタンやジッパーがついている服を嫌い、東湖はいつも、まるで布をまとっているだけに見えた。それが、いま若者の指示を得ているのである。
東湖は、頭に布切れを被り、上半身から膝にかけても、同じような布を体にまとっていた。平凡な人が身につけたのなら、きっと「変人」に間違われるに違いない。しかし、東湖はお洒落だった。素材がいい人は、きっと何を着ても美しく見えるのだ。
「メグル、さぼり?」
東湖は、カフェに入ってきて、先ほどまで柏木が座っていた位置に腰を下ろした。
「うん。へへ」
それだけしか言えなかった。
メグルは、まだ自分でも理解していなかった。自分が会社を辞めさせられたということ。信じたくもなかった。口に出してしまえば、それが現実のものとなってしまう。いや、実際にはもう現実なのだが。
「まったく」
東湖が深くため息をついて言う。
「メグルは、才能があるのに、やる気がないのよね」
彼女の言うことは、いつも的確である。事実、メグルは四本真樹夫の娘という事実を除いても、才能はあった。大学時代、友人の誕生日に贈ったウェディングドレス姿の女性の絵が、メディアに取り上げられたこともある。
真樹夫の娘ということで、たびたびマスコミに追われることもあり、そのたびに、友人たちはメグルの絵やデッサンをメディアに公表した。
そして、ときどきその絵は大学生には大きすぎるほどの金額になって、世の中に出て行った。
「メグルは、どうなりたいの?」
東湖は、近寄ってきた店員に、何もいらないという風に手を振って追いやる。
「どうなりたいって、うーん」
眉間に皺を寄せて、悩んだ結果出した答えは、
「楽しければそれでいい」
東湖は、少し呆れたような顔をしてメグルを見つめ、椅子から立ち上がる。
「もうちょっと真剣にしたらいいのに。わたしたち、もうただ楽しければいいっていう年齢じゃないよ」
東湖は、目を細めてメグルに一瞥をくれると、店の外へ向かって歩き始めた。
東湖の背中は、メグルには戦いに出て行く戦士のように見えた。
逞しく感じられた。
まるもり 第2章どん底 第12話へ続く
テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
2008/06/29(日) 08:00:00|
笑@会社
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