笑@会社

日々面白いことを求めて爆走中!!
No  775

併走します

今年3月、久しぶりに出版社の賞に応募してみました。
結果発表は、10月だったかな。
小説を出版社に送り出したとたん、その物語は、まるで最初からなかったかのように、
自分の中から消えて行きます。
ブログは、常に更新していたいという気持ちがあり、時々は頭の中をひっかきまわして
ストーリーを製作することもありますが、出版賞に出すものは、無性に、
「これを書きたい熱」
が高まったときだけ書くことにしています。
そして、そのときがまたやってきました。
現在、こちらで掲載中の「まるもり」と併走して書いております。

併走と言えば…
今年の24時間TVの100kmマラソンランナーがエドはるみさんに決まりましたね。
最初は、「美人さんが無理してお笑いに走らなくてもいいのに〜」と、若干冷ややかに
見ていたのですが、金スマに出演されて、ここにたどり着くまでの、努力している姿を
見ているうちに、一気に好きになりました。
今年の100kmマラソンがエドさんになったと聞いたとき、正直わたし、併走したいと
思いました。
何かパワーをもらえそうな気がするんですよね。

もひとつ、併走…じゃなくて、迷走してるのが、地元のサッカーチーム。
ここ最近の微熱続きと、手のヒビ&腱鞘炎が完治していないのとで、相方さんが、
「心配だ」
と言ってくれたのをよそに、雨の中応援して来ました。
結果は…。
今期サイアクなもの。
頑張ってないんじゃないと思うんですよ。
素人だから、何も言うアレじゃないけど、見ていて、何かが足りないとしたら、それは

気迫

前に進む。
俺が決める。
俺が守る。

そういうのが、よく分からないのです。
例え負けるにしても、負け方があると思うんですよね。
1試合90分+ロスタイム。
この1試合に全力を込めてほしいものです。
頑張れ、ヴァンフォーレ甲府。

この話には、オチは設定されていません…。
思ったことを書いただけ^^;
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No  774

まるもり 第2章どん底-第11話-

まるもり 第2章どん底-第11話-

 柏木さんってば、何を言っているんだろう?
メグルは、アイスコーヒーにささったストローを、意味もなく回し続けた。
ストローに焦点が合うと、外はぼんやりとした景色になる。
目の前が、急にひまわり畑にでもなったかのように、黄色くなった。
焦点を外に向けると、目が眩むような明るい日差しの中に、ガラス越しにこちらを見ている黄色い服の女が視界に入った。
「東湖?」
胸のあたりで、手を小さく横に振っている。愛らしいその姿は、常に男の視線を釘付けにしている。

 金森東湖。
父は、世界を駆け回るピアニスト。母は、バイオリニスト。兄は、テノール歌手という音楽一家の中にあって、唯一音楽とは無縁の生活をしているのが、東湖だ。
メグルとは同じ会社の同じ部署に籍を置いている。
同期入社だというのに、東湖はすでに新鋭デザイナーとして国内では名を馳せていた。
肩まで伸びた髪は、昔で言うおかっぱ頭で、吸い込まれそうな、星のない夜空のように、黒い色をしている。
ボタンやジッパーがついている服を嫌い、東湖はいつも、まるで布をまとっているだけに見えた。それが、いま若者の指示を得ているのである。

 東湖は、頭に布切れを被り、上半身から膝にかけても、同じような布を体にまとっていた。平凡な人が身につけたのなら、きっと「変人」に間違われるに違いない。しかし、東湖はお洒落だった。素材がいい人は、きっと何を着ても美しく見えるのだ。
「メグル、さぼり?」
東湖は、カフェに入ってきて、先ほどまで柏木が座っていた位置に腰を下ろした。
「うん。へへ」
それだけしか言えなかった。
メグルは、まだ自分でも理解していなかった。自分が会社を辞めさせられたということ。信じたくもなかった。口に出してしまえば、それが現実のものとなってしまう。いや、実際にはもう現実なのだが。

「まったく」
東湖が深くため息をついて言う。
「メグルは、才能があるのに、やる気がないのよね」
彼女の言うことは、いつも的確である。事実、メグルは四本真樹夫の娘という事実を除いても、才能はあった。大学時代、友人の誕生日に贈ったウェディングドレス姿の女性の絵が、メディアに取り上げられたこともある。
真樹夫の娘ということで、たびたびマスコミに追われることもあり、そのたびに、友人たちはメグルの絵やデッサンをメディアに公表した。
そして、ときどきその絵は大学生には大きすぎるほどの金額になって、世の中に出て行った。

「メグルは、どうなりたいの?」
東湖は、近寄ってきた店員に、何もいらないという風に手を振って追いやる。
「どうなりたいって、うーん」
眉間に皺を寄せて、悩んだ結果出した答えは、
「楽しければそれでいい」
東湖は、少し呆れたような顔をしてメグルを見つめ、椅子から立ち上がる。
「もうちょっと真剣にしたらいいのに。わたしたち、もうただ楽しければいいっていう年齢じゃないよ」
東湖は、目を細めてメグルに一瞥をくれると、店の外へ向かって歩き始めた。
東湖の背中は、メグルには戦いに出て行く戦士のように見えた。
逞しく感じられた。

まるもり 第2章どん底 第12話へ続く
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No  773

まるもり 第2章どん底-第10話-

まるもり 第2章どん底-第10話-

 メグルは、素直に会社を後にした。
「社長ってば、どうしてあんなに機嫌が悪いんだろう」
会社が早く終わったときには、必ず同僚と立ち寄るカフェで、通り行く人たちを眺めながら、ため息をついた。
片側一車線の道路には、車が列を連ね、歩道は人で溢れている。
誰もが忙しそうだ。
時間はまだ朝の九時半。
携帯電話を取り出して、アドレス帳を確認していく。
せっかく休みになったのだから、遊ばなければ詰まらない。
メグルは、平日の昼間でも出てきてくれる誰かを探し始めていた。

 二回。
確かに、肩を叩かれた。
ふと目を開けると、そこはカフェ。
メグルの前では、相変わらず誰もが忙しそうに振舞っている。
携帯の液晶画面に目をやると、先ほど誰か遊べる人を探そうとしていたときから五分と経っていなかった。
寝ていたのか、それとも白昼夢を見ていたのか。
頭を振って、目を何度も瞬かせる。左右に振られた髪が、目の前においてあるアイスコーヒーにささったストローを弾く。
「おい」
呼びかけられて、メグルはようやく振り返った。
そこには、柏木が立っていた。

 柏木は、メグルのバッグを持ち上げ、空いた椅子に座った。
二人は、腕が触れ合う距離にいる。
前日に別れを言い渡されて、了解したばかり。
通常なら、「別れ」を言われたほうは、話もしたくないところだが、メグルは違っていた。
「あぁ、柏木さん」
両手で柏木の腕を軽くつかむ。
まるで、動物が前足を出して、じゃれて人の腕につかまっているかのようだ。
「構って欲しい」
メグルの愛くるしい大きな目は、そう物語っている。

 メグルにつかまれて、柏木は一瞬ビクッとした。
そして、彼女の顔を見て、苦笑いをする。
「そういう目をするな、ずるいぞ」
メグルの指を無理やり引き剥がし、二人の間に壁を作るかのように、テーブルに右肘をついた。
押さえた右頬が、次第に赤く染まっていく。
「とにかく」
カフェの店員が、柏木の存在に気付いて、足早に近づいてきた。
注文を取ろうとしているのだろう。
柏木は、立ち上がる。
「メグル、人間関係ちゃんとしないと、皆に見捨てられるぞ」
それだけ言うと、店員の脇をすり抜けて、カフェを出て行った。

まるもり 第2章どん底 第11話へ続く
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No  770

まるもり 第2章どん底-第9話-

まるもり 第2章どん底-第9話-

 そんなメグルの幻想を砕いたのは、一本の電話だった。
まだ始業時間前の会社からだ。
遅刻しそうなことが、誰かに分かってしまったのだろうか。
よく考えればありえないことなのに、妙に緊張して通話のボタンを押した。
「今日会社に着いたら、社長室へ直行して」
聞きなれた声だが、何を言っているのか正確に聞き取れない。
走っているメグルの耳には、時折吹く心地よい風が後方へ流れていく音のほうが大きく聞こえる。
そして、何度も繰り返し、
「えっ?聞こえないです」
と、繰り返す。

上司に向かって、一度も、
「申し訳ありませんが」
とか、
「すみませんが」
と、一言断って聞きなおしたりはしない。
それが四本メグル流。
上司は、そのことについて、いつも苛立っている。
それに気付くはずもなく、メグルは自分の調子でことを進めてしまう。
きっと誰かが注意していれば。
という考えは、もうこの時点では遅い。手遅れの状態になっていた。
誰かに諭されたり、駄目なものは駄目と言ってもらえたら、マシになっていただろうに。

「来月いっぱいで会社を辞めてもらいます」
会社に到着して、上司の言うように社長室へ向かったメグルは、何の余談もなしに言い渡された。
誰に言っているのだろう?
メグルは、部屋の中をぐるっと見渡して、最後に社長の顔を見つめた。
自分が可愛く見える位置は、首を十度くらい左に傾げたところ。
視線は少し俯き気味で、顎は引いて、口の端を軽く持ち上げる。
それは、その辺を歩いている男には効果があるとしても、会社の社長には何の効果も発しない。それを、メグルは分かっていなかった。
「今日から有給使っていいから。もう出てこなくていいよ」
社長は、机の上を何度も人差し指でコツコツと叩き、イライラを隠さなかった。
 
 それでもメグルは笑っていた。
社長の前で、ニッコリと微笑みを絶やさず、立ち尽くしていた。
そうしていれば、何か現状が変わるかもしれないと思っていた。
眉根を寄せて、メグルの顔を眺めている社長。
そして、数秒間の見つめ合いは、社長が先に視線を逸らして終わった。
「勝った」
メグルは、そう思った。
自分の思い通りにことは動く。目を逸らすということは、負けを認めたということ。
メグルは、嬉しそうに社長に笑顔を向ける。
「でー、てー、いー、けー」
ごく最近、どこかで聞いたようなフレーズ。
社長の怒って赤くなった顔。

 どうして?
メグルは、最近どこでその言葉を聞いたかということと、社長が怒る理由を必死に考えていた。

まるもり 第2章どん底 第10話へ続く
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No  769

まるもり 第2章どん底-第8話-

まるもり 第2章どん底-第8話-

 柏木が、何故突然別れを切り出したのか。そんなことは、メグルにはどうでもいいことだった。
ただ、遊ぶ仲間が一人減るだけ。その減った分は、もし寂しければ増やせばいいだけだ。悲しむこともない。
メグルは、携帯電話を放り投げて、再び天を仰いだ。
天井の染み。それより気になる、低い唸り声が聞こえ始めた。
「怖いなぁ」
そっと起き上がる。
目の前には、まだうつぶせに転がったままの真樹子が一人。
伸ばした右手は、助けを求めているように見える。
その手の指が、微かに動いている。
 「真樹子さん?」
メグルは、静かに這って真樹子に近づいた。
「生きてる?」
そう聞くことが、もう間違っている気がするが、メグルは、一定の距離を保って真樹子を見つめている。
唸り声は、地を這うように聞こえてくる。
それが、寝息と分かるまで、メグルは真樹子を遠巻きに見つめていた。

 だから。
というわけでは、決してない。
メグルは、翌日寝坊をして、会社に二十分ほど遅刻した。
時間には、それほどルーズではない。それどころか、例えば待ち合わせなど、時間の十分前には着いていないと気が済まないほうだ。
必死に会社へ向かっていた。
言い訳など考える暇もなく、どのルートを通ったら一番早く会社へ到着できるかを考えていた。
だいたい、前の晩に、真樹子の寝息にうなされ、朝起きたときには、自宅から追放されたことをすっかり忘れて、アパートの部屋にいちいち驚き、バッグから着替えを取り出し……それから、それから。
一人大慌てで、出てきたのだ。

 真樹子はまだ昨晩と同じ場所に突っ伏していたが、何か声をかける暇もなかった。
水道が出ないので、顔も洗えず、歯も磨けなかった。
駅まで走っていく間に、緑豊かな大きな公園があった。
汚くて、いつものメグルなら、近寄ることすらしなかった公衆トイレに駆け込む。
タイルに描かれた意味不明な落書き。誰かの携帯電話の番号。誰かに対するメッセージ。
「怖い」「汚い」と思う間もなく、メグルは自分の体を清めるかのように、手洗い場の水を出し続けた。
本当なら、頭も洗いたいところだが、やめておいた。
会社に行くまでに、乾くはずがないからだ。
それに、車通勤ならまだしも、電車で行かなければならない。
車中の好奇心の目が向けられるのは、我慢ができなかった。

 幾分さっぱりとしたときには、時計の針は思ったよりも進んでいた。
実は、真樹夫が探してきたアパートは、自宅の最寄り駅と三駅離れているだけのところだ。しかも、アパートからの最寄り駅は、自宅の最寄り駅より会社寄りの位置にある。
それでも、もう間に合わないのは目に見えていた。
「間に合わないくらいなら、さぼっちゃおっかなぁ」
果てしなく広がる青空を見上げると、自分がどこへでも行けそうな気になっていた。

まるもり 第2章どん底 第9話へ続く
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No  767

まるもり 第2章どん底-第7話-

まるもり 第2章どん底-第7話-

 その後も何度か海斗からの着信があったが、メグルは、そのすべてを無視した。
そして、ようやく諦めたのか、十一時近くになって携帯電話は一旦静かになった。
「もう、海斗ってしつこい」
携帯電話を握り締めたまま、メグルは布団の上に横たわっていた。

そのうち、また携帯電話が震え始めた。
着信は、柏木といって、同じ会社に勤めるメグルの先輩だった。
彼は、海斗とは逆に、心が広く穏やかな人である。
傍から見ると、二人は恋人同士なのだが、メグルは彼を特定の人とは思っていない。
みんな、平等。
誰か一人に決めるなんてことは、メグルにはできないのだ。
告白されれば、誰でもオーケー。
物心ついたときから、常に五人ほどと同時進行で付き合うことが普通になっている。
そのことが誰かに見つかると、振られて彼氏が一時的に減るが、また誰かに告白されれば人数は増えていく。

「柏木さん」
メグルの電話に出る声は、弾んでいた。
「メグルちゃん、俺たちもう」
反対に、柏木の暗く沈んだ声。
「なに、なに?」
柏木のその声を、何も不思議には思わずに明るく振舞う。
「ゴメン、俺たち別れよう」

別に、いいわ。柏木さんじゃなくても。
メグルは、柏木が切り出した別れ話に、あっさりと相槌を打っていた。
泣きつかれるか、グチグチ言われるのを想像していただろう柏木は、想像以上にあっさりとした終わりかたに、少し物寂しさを覚えたかもしれない。
それでも、自分からした別れ話だ。すっきりと別れられたことには感謝しなければならないだろう。

 柏木との電話を切った後、メグルはすぐに柏木の登録情報を抹消した。
自分から離れていく男の連絡先を持っていても仕方がない。
また新たに登録するべき人が現れるわけで、メモリーの残量を残す上でも、すぐに消すのが一番だ。
時々、自分から別れを切り出してきたのに、何日か経ってから連絡してくる男がいる。
情報がないために、誰からの着信なのかさっぱり分からない。
出てみると、むかしの男。
「ごめん、もう登録消しちゃったから、誰かと思ったよ」
メグルが平然と明るい声で言うと、たいていの男は、そこで沈んでしまう。
男は、自分が嫌になって別れを切り出しても、その女はいつまでも自分の事を思っていてくれると勘違いしている。
いつでも誰でも受け入れてしまい、相手を傷つけたくないという思いが強いメグルは、そんなときは、まだ想っているような態度を見せてしまう。

まるもり 第2章どん底 第8話へ続く
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No  766

まるもり 第2章どん底-第6話-

まるもり 第2章どん底-第6話-

 その押入れの音が、携帯電話のバイブ音だと気付くまで、三十分以上かかった。定期的に何度も繰り返される音を煩わしく思い、山積みになった荷物を、あたり構わず投げ散らした結果、携帯電話だと気付いたのだ。

着信は、メグルが一番親しく付き合っている男、安西海斗からのものだった。
海斗は、少しばかり嫉妬深く、メグルの行動を時々監視する。
電話に出ないときは、出るまで鳴らし続けたりする。
何も用事がないときは、電話に出るものの、誰かと会っているときの電話は煩わしいので、切ってしまうのが常だ。
そのことに、海斗は少なからず腹を立てている。
面と向かって、電話に出ないことをなじられたこともあったが、メグルは、特にそれを気にしてはいなかった。

メグルには、人や物に執着するという性格が理解できずにいた。
いつも誰か特定の人と一緒にいなければならないことは苦痛だった。
海斗のことを嫌いなわけではないけれど、ややこしくなるのはご免だった。
それでも、気の良いメグルは、相手が海斗と分かると、すぐに電話をかけなおした。

 不機嫌な声を聞くと、それだけで気分が悪くなる。
メグルの周りは、基本的には明るい人ばかりで、大声を出して怒鳴ったり、人の悪口を言う人はいない。
「メグゥ、最近冷てぇな」
海斗は不愉快そうにしている。電話の向こう側は、人通りが多い場所なのか、ザワザワと人の声と軽快な音楽が聞こえてくる。
「海斗楽しそうだし、いいかなと思って」
「メグゥと一緒じゃなきゃ、どこにいても楽しくないよ」
海斗は、いつもこう言って、メグルを困らせる。
友達といるとき、家族といるとき、そして、恋人といるとき。
それは、それぞれに楽しい時間であり、決してどれが一番と選べるものではない。
そして、比べるものではない。
それなのに、海斗はいつも、メグル以外の人間といることを詰まらないと片付けてしまう。
そういうことを言う海斗に、メグルは苦笑いをして返すしかなかった。
本当なら、
「別れよう」
と、言いたいのに、言い出せない自分にも腹立たしくなっている。

 面倒だなぁ、もう。
携帯電話を切ってしまおうかと、耳に電話をあてたまま、左手の指でボタンをなぞる。
「せーのっ」
心の中で、自分を励ます意味も込め、小さくつぶやく。
そして、親指で、通話を切るボタンを押した。
ピッ。
高い電子音が耳に残る。
雑踏の音楽や人の声は、一瞬のうちに聞こえなくなった。
そして、あのちょっとねっとりした、海斗の声も。

まるもり 第2章どん底 第7話へ続く
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No  765

まるもり 第2章どん底-第5話-

まるもり 第2章どん底-第5話-

 「真樹夫さんは、わたしのこと愛しているんだわ。ちゃんとわたしが使っているお布団を持ってきてくれていた」
それだけで、メグルは幸せな気分になった。
大丈夫、きっと。
今日この場所で我慢して眠ったら、明日にはきっと真樹夫さんが迎えに来てくれるわ。
「ごめん。僕が悪かった」
って、目に涙を溜めながら、言うに違いないわ。
メグルは、もうこの状況を悲しむのをやめた。

 「一日だけのことだもの」
はずれた襖を持ち上げる。どうしたらいいのか分からずに、一旦壁に立てかけた。
隣の女の叫び声は一度で終わり、今はひっそりと静まり返っている。
真樹子は、相変わらず、狭い廊下でうつぶせに倒れたままだ。
メグルは、布団を出し、フローリングの床にしいた。
何も置いていないのに、メグルの部屋の五分の一ほどの広さしかない部屋。
一人なのにダブルサイズのベッドに寝ているメグルの布団は、部屋一面に広がった。
「あん、もう狭いんだから」
いまだに倒れている真樹子に視線を投げかける。
「真樹子さんは、あの場所が気に入ったみたい。良かった」

 部屋の隅に、荷物を並べると、もう部屋のフローリング部分はまったく見えなくなった。
押入れの中には、もう一組布団が入っていて、それは真樹子のものだと分かっているが、もう敷く場所はどこにもなかった。メグルは、真樹子の布団を取り出すと、そっと彼女の体にかけてやった。そして、空いたスペースに、自分の持ってきた荷物を次々に放り込んでいった。
これで大丈夫。
メグルは、一度布団の上に寝転んでみる。
天井の染みが、やがて自分の顔に向かってきそうで、慌てて目を瞑った。

 自分が音を立てずにいると、外の喧騒が気になり始める。
内容までは分からないが、微かに聞こえる人の声。遠くバイクや車の音。
古臭い音楽。
それに呼応するかのように、押入れのほうから、なにやらブッ、ブッと奇妙な音がする。
例え一日だとしても、この部屋は残酷だ。
メグルは、そう思い始めていた。
辛気臭く、狭い部屋。埃っぽい空気。汚れた壁や天井。
窓を開ければ、多分、想像している通りの怪しい雰囲気の店がちらほらあることだろう。
隣の部屋との壁は薄そうで、絶え間なく何かの音が響いている。
そして、自身の部屋の押入れからは、「ブッ」とか、時々「ガーッ」という音が、一定の時間鳴り響く。
寒くもないのに、体が震えた。

まるもり 第2章どん底 第6話へ続く
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No  764

まるもり 第2章どん底-第4話-

まるもり 第2章どん底-第4話-

 玄関の鍵を閉め、気を失ったままの真樹子はそのまま放置して、メグルは一人奥の部屋へと進んだ。あたりはすっかり暗いため、当然のように部屋も暗い。
大きな窓は、透明ではないため、外の景色をきれいに見ることはできない。しかし、明らかに怪しい雰囲気の、ピンクや紫といったネオンがチカチカと点滅している。
それが光を放つたびに、メグルは、合わせて目を瞑る。残像が、ぼんやりと目の奥に焼きついて離れない。
 
振り向くと、真樹子はまだ倒れたままだ。
水道から水が出ないとなると、気付のために水を顔にかけるとか、水を飲ませると言うわけにもいかない。
部屋にあるのは、作り付けの小さな冷蔵庫が一つと、古びたタンスが一つ。
どうしたらいいのやら、途方に暮れた。
途方に暮れても、夜は更けていき、やがて空は白み始め、すぐにでも会社に出勤する時間がやってくる。

 部屋の真ん中に、垂れ下がる白く細い紐。
お世辞にも、真っ白とは言えず、メグルのちょうど目の前の位置で切れているそれは、下のほうだけ、茶色い。その部分は、何度も人の手で触られているのだろう。
引っ張ると、明かりが点いた。
水道は止められているようだが、電気は大丈夫らしい。
それにしても、暗い部屋だ。
全体を見回してみる。
壁は薄茶けているし、天井にもシミのようなものがある。
クロゼットではなく、押入れと呼ぶのに相応しい、襖の扉が存在する。
そういえば、布団はあるのだろうか。
とりあえず、今からすることといえば、寝ることだ。
床はフローリングで、ごろ寝をすることはできない。

 押入れの戸を押してみる。
「なにこれ?開かないわ」
メグルは、体全体を襖に預けて、戸に体重をかける。
すると、突然、ガタッと大きな音がして、それと同時に足が床を滑っていった。メグルの体は、一瞬のうちに床の上に叩きつけられていた。
「いったーい」
一言叫んだ瞬間に、壁が大きく打ち鳴らされる。
「うるさいと言っただろうがぁ」
あの、怪奇現象が起こりそうな顔をした隣のおばさんだろう。
足元の襖は、外れて内側に倒れ掛かっている。
よく考えれば、常識なこと。
襖などは、引き戸と一緒で、横に開けるものだ。
メグルの家は、純洋風で、ドアや扉を横に引くという経験がなかった。
扉は、押すか引くしかないと思っていた。
ドアノブのような持ち手がない襖。
どのように引くのか分からずに、押すほうを選んだのだった。

 「ん、もう」
滅多に怒ることのないメグルだったが、このときばかりは、そうつぶやいて、恨めしそうに襖を見つめた。
しかし、外れた襖の合間に、あるものを見つけて、メグルの目は再び輝いた。
ピンクの水玉模様の布団一式。
それは、メグルが自宅で愛用していたベッド周り一式だった。

まるもり 第2章どん底 第5話へ続く
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No  763

まるもり 第2章どん底-第3話-

まるもり 第2章どん底-第3話-

 「ねぇ、今のは何だったの?人?どう見ても、人間には見えなかったけど」
いつの間にか、真樹子は通路に戻ってきていた。
「メグルちゃん、怪我はない?」
メグルの手を取って、小さく悲鳴をあげる。
真っ黒の指に驚いたのだ。
「なんてこと?消毒しないと」
先ほど、部屋の鍵が開いていたことなど忘れて、真樹子は二○三号室のドアを勢いよく開けた。
そして、水道の蛇口をひねる。

 ぴとっ。
僅か一滴の水滴が、蛇口から落ちてきた。
それ以外は、いくら待っても、何も出てこない。
水道とは。
二人にとって、水道とは、蛇口をひねれば望み通りの量の水が溢れてくるもの。
水が不足するということは考えられないし、何より、お金を払わなければ水が使えないことすら知らない。
「んもう、壊れているじゃない」
真樹子が、ヒステリックに叫ぶ。
すると、奥にある部屋の壁がドスンという音を立てた。
「ぎゃっ」
玄関を背にして、メグルを盾に、真樹子は小さくなった。
ドスン。
もう一度その音は、部屋の奥から響いてきた。

 真樹子が、メグルの背中を、トンと押した。
不意をつかれたメグルは、前のめりになって、転んだ。そして、頭だけが、奥の部屋に入る。
ひんやりした部屋。そのくせ、埃っぽく、カビのような匂いが、メグルの鼻をついた。思わず目を瞑り、息も止める。
次の瞬間、背後でものすごい悲鳴があがった。
転んでうつぶせになった状態でも、思わず両手で耳を塞ぐ。
これで、五感のうち、三感がシャットアウトされた。

 悲鳴の後に、ドサッと何か重いものが投げ捨てられたような音がした。そして、直後に、メグルの足に、その何かが乗っかって、今度はメグルが短く悲鳴をあげた。
「ん、きゃ」
「まったく、うるさい親子じゃな」
聞き覚えのある声。
「だーっとれ」
メグルは、足元に乗っかった何かを蹴り、取り合えず、自分が起き上がれるスペースを作った。
人が一人立てばいっぱいの玄関。
廊下とも呼べないような、二、三歩だけのスペースには、左側に小さなキッチンと、右側にはドアがついている。多分、ユニットバスか何かだろう。
その廊下ともいえない廊下も、人が一人通るのがやっとだ。

 ようやく身を起こすと、メグルが蹴り上げたものは、母、真樹子だった。
気を失っているのか、身動き一つしない。
「真樹子さん?しっかり」
メグルが、体を揺すっている間に、ドアに立ち塞がったその人物は、もう一度言った。
「だーっとればいいんじゃ。うるさいのはきらいなんじゃ。うるさくしたら、また壁殴るよ」
隣の女は、二人に一瞥くれると、二○三号室のドアをゆっくりと閉めて出て行った。

まるもり 第2章どん底 第4話へ続く
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No  762

まるもり 第2章どん底-第2話-

まるもり 第2章どん底-第2話-

 その事実を目の前にして、真樹子は足早にドアから離れた。
二○二号室、二○一号室の前を駆け抜け、階段の手すりに手をかけている。
錆びた手すりが、手を赤茶色に染めても、気にしないほど、真樹子は怯えていた。
「メグルちゃん、危ないわ。逃げて」
悲鳴にも似た声で叫ぶ。
それは、静かな夜の闇に響き渡り、遠く彼方へ吸い込まれていく。
メグルはもう一度その場にしゃがみ、新聞受けから部屋の中を覗いた。

ガチャッ。
どこかで鍵の開く音がする。
キューン。
女の人の高い声のような音がして、メグルは身を震わせた。
階段から遠いほうの隣、二○四号室のドアが、廊下に向かって開かれた。
「うるせぇ」
低くしゃがれた声が言う
闇からじわじわと聞こえてきたその声に、メグルは腰を抜かした。
一度ついてしまったお尻は、持ち上げることができなかった。真樹子はひときわ大きな声を上げ、階段を駆け下りていく。

 「おまえ、誰じゃ?」
しわがれたその声の主は、家の中から這いつくばって出てきたようで、手を地についている。
そして、顔を上げなかった。
もっさりとした髪の毛は、まるで海の中に漂う海藻を頭からかむったようだ。
縮れたり、伸びていたり、黒か灰色か分からないその物体が、おどろおどろしく見える。
それでもメグルは勇気を出して、近づいてみる。
「来るな。先に名を名乗れ」
声だけでは、男か女かも分からないその人は、まだ顔を上げない。
「四本メグルです」
顔も見ない相手に向かって、メグルは愛想よく笑いかけていた。

 「変わった奴じゃ」
そのモサモサ髪は、出てきたときを逆戻りするかのように、手をついて部屋の中へ消えていく。
「待って」
なぜ、止めたのか、メグル自身分からなかった。とにかく、片足を閉まるドアの間に滑り込ませていた。
「えっとね」
モサモサ髪は、玄関にうずくまっていた。
息を殺しているのか、静まり返っている。
「えっとね」
メグルは、もう一度言って、
「宜しくお願いします」
と、頭を下げた。

「わたしの生活の邪魔をしなけりゃ、好きなだけいたらいいさ」
多分女で、多分五、六十代のその人は、片方の口の端を持ち上げてニンマリと笑う。
「ただしっ」
突然の大声。
メグルは、一瞬体を震わせ、その後金縛りにあったように動けなくなった。
「邪魔したら、許さんよ」
ほら、出て行け。
そう言わんばかりに、彼女は、メグルの両足をつかんで、外へ追いやる仕草を見せた。

閉まるドア。
ドアノブを触ると、くっきりと指の後がついた。
その代わりに、メグルの指は、真っ黒になっていた。

まるもり 第2章どん底 第3話へ続く
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No  760

まるもり 第2章どん底-第1話-

まるもり 第2章どん底-第1話-

 メグルと真樹子は、もう三十分ほどその場に立ち尽くしていた。
見上げるアパートは、幽霊でも出そうな雰囲気がある。
外側についた階段は錆び付き、少しでも重量がある人が足を置けば、壊れそうに見える。
「これって、人が住む場所?」
真樹子は、口をポカンと開けて、目を何度も瞬かせた。
確かにここだった。
メグルは、真樹夫から受け取った地図をもう一度見直す。
「一番荘」
と書かれたアパート名を示す看板も、長い間に渡って濡れたりしたせいか、文字が滲んでいる。
いまどき、「荘」はないよね。
メグルも、その看板を見ては首をかしげた。
アパートからは、ときおり怒鳴り声や、笑い声、子供の泣き声が聞こえてきて、騒々しい。
「これだけ騒々しければ、幽霊も出ないか」
メグルがつぶやくと、真樹子は隣で身震いをした。

 二○三号室。
そこが、メグルと真樹子の新居となる部屋だ。
二人は、やっとの思いで、その部屋の前までやってきた。
今にも取れそうなドアノブ。
左右の部屋のドアノブと見比べてため息をついたのは、真樹子だった。
「ねぇ、ここって、全部同じ鍵で開くかもしれないわね」
不安そうに、目をキョロキョロとさせている。
先ほどまで住んでいたメグルたちの、いや、正確には真樹夫の家は、ドアロックが二つ、指紋認証ロックが一つついていて、更には、セキュリティ会社とも契約している。防犯に対しては徹底している。
真樹子が不安がるのも無理はなかった。

 メグルは、ドアの前でうずくまってみた。
そして、手を伸ばして、ドアの新聞受け部分にそっと触れた。
それは、少しバネのようになっていて重みはあるものの、内側へ簡単に折れた。
ジッと目を凝らす。
少し暗闇に慣れてくると、部屋の様子が、外からでも見えてくる。
「生活が、丸見えだわ、真樹子さん」
メグルは、両手を頬に当て、潤んだ目をして首を横に振る。
それは、男には有効な手段であっても、真樹子には何の効力もない。
おそらく、メグルより真樹子のほうが、どうしようもないくらい不安に打ちのめされているだろう。
適応能力は、二人とも人並以下だ。

 鍵を持つ手が震えている。
鍵穴に挿すまで、かなりの時間がかかる。
やっとのことで鍵を回し、ドアノブに手をかける。
グルッと回して、ドアを開けようとすると、ドアは閉まっていた。
「キャッ」
メグルは小さく悲鳴を上げた。
開けたはずのドアは、メグルが鍵を回したことで閉まったようだった。
ということは、これまで開いていたということだ。

まるもり 第2章どん底 第2話へ続く
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