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女園秘書室-第144話-


これからの皆の行く末は?
桃子は会社に残れるのか、残りたいのか…。
それぞれが次を求めて歩き出す第144話。


第144話

桃子が目を開けると、両隣は笑うのを止めた。
珈琲とデザートが運ばれてくる。そして、また阿東の妻と清香も席に着いた。
そこで、初めて社長が口を開いたのだ。
食事会が始まって、一時間半経っていた。

社長は、上着の内側から白い紙を取り出した。
そして、表を向けて、みんなに見せる。
それは、先ほど桃子が書斎で見た「遺言書」だった。
「キミはこれを知っているね」
阿東の妻は、一度は動揺して、目を見開いたが、何か観念したのか小さくうなづいた。
「わたしは、キミの行動がおかしいと思い始めてから、監視カメラをつけさせてもらった。趣味はよくな
いが、自分の家だから、何も咎められることはなかろう?」
阿東の妻は、気まずそうに、下を向いたまま顔を上げられなくなっていた。
「いまさら、責めはしないよ。こうなったのは、わたしの責任でもある」
いよいよクライマックスか。
桃子は、金持ちたちのこのバカらしい駆け引きの結末がどうなるのかを見届けたかった。
自分もかなり巻き込まれたのだから、その権利はあるだろう。

社長は、その遺言書を開き、読み始めた。
それは、阿東の妻以外の人間にとっては初めて知る内容だ。
長い文章の中には、亡くなった社長の妻の想いがたくさん込められていた。
社長に対しても、阿東に対しても。それぞれに深い愛情を持っていたのだということが分かる内容だった。
阿東に会社の経営権を譲るとともに、社長には会社を引退してもらう。その代わり、社長には奥さんが
溜めた金がすべて遺産となって入ることになる。
社長は、その逆の行動を取ったのだ。自分はそのまま経営権を握り続け、阿東へ金を譲った。
「すまなかった。ここにいる皆にそう謝りたい。わたしの見栄と欲のせいで、たくさんの人が不幸になった」
真っ直ぐな視線。その先には、何があるわけでもない。ただの壁だ。
誰の顔も直視することはできないのだろう。
謝るということはとても勇気のいることだ。目上の者が目下のものに対してそうすることは、特に複雑
だろう。でも、自分が悪いと思ったら、謝るべきだ。
桃子は、いつも潔く、そうしてきたつもりだし、社長くらいの年齢になっても、そうでありたいと願っていた。
社長は、やっぱり尊敬できる人だ。
皆が社長の次の言葉を待つ。
「阿東君、会社は君に任せよう。もちろんわたしがサポートする。五反田さん、君はどうする?社長秘
書という立場が嫌なら、取締役にでもなるかい?福井さん、きみは副社長秘書に戻ってくれるか?」
社長は、一人ひとりにお願いするように話しかける。
いま社長が言ったことは、言われた本人にとってはとても嬉しい出来事であるはずなのに、誰の顔に
も笑顔が浮かばない。それどころか、視線を逸らそうとしている。

「僕には、その素質がありません。自信もありません」
阿東が言う。
「わたしは、あくまでも会社を動かしたいのです」
有砂は、この期に及んで、まだ偉そうな口をきく。
「わたしは、会社を辞めます」
樹里は、深々と頭を下げた。
桃子は、餌を欲しがる犬のように、テーブルに手のひらをつけて、自分に対する進路の発表を待った。
が、それより先に、三人に対して、社長から言葉がかけられた。
「阿東くん、きみならできる。女房の子供だ。素質は充分だ。わたしが全面的にサポートする。だから
やってみろ」
命令口調だった。
「五反田さん。相変わらず厳しいね。でも、世の中そんなに簡単に上にあがれるものではない。少しず
つ積み重ねて、経験をして、地位を上げていくものなんだ。どうする?会社を辞めるか?」
厳しい内容の言葉は、最後には和らいだ。
「福井さん、きみは優秀な人だ。それに最近威勢も良くなった」
社長は、ちらりと桃子に視線を送って、笑みを浮かべる。
「どこか行くあてがあるのかな?」
樹里は、笑顔でうなづいていた。
「あるんです。わたしにも行く場所が」
どこだ、それ?聞いてないぞ。

-第145話へ続く-

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

    2008/03/22(土) 08:00:00| 笑@会社 | トラックバック:0
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