無心にご飯に集中する桃子。
この騒ぎが収まったら、また元通りの生活に?!
豪華ディナーは最後の晩餐になるのか?第143話!
第143話無心になれる瞬間が好きだ。
余計なことは何も考えず、ただひたすら目の前のことに集中する。
桃子の場合、食事が一番にそれにあてはまる。その次は、学生時代までやっていた柔道だろう。
同じテーブルを囲んだ人たちは、桃子を除いて、当たり前のようにこの豪華ディナーを楽しんでいる。
阿東は、きっとこの会社に入ってから、幾度となく接待などをすることで躾けられたのだろう。他の人
は、生まれながらに豪邸に住んでいるのだから、特に練習をせずとも、当たり前のようにマナーが身
に付いているのだ。
桃子は、まだ馴染めずにいた。たくさんあるナイフやフォーク。
隣に座った樹里の真似をして食べることしかできない。ときどき皆の視線が下がったのを確認して、手
でつまみあげる。
社長が、忍び笑いをする。
あの人は、何もかもお見通しなのだ。
それにしても、静かな夕飯だ。
誰一人として喋ろうとするものはいない。
誰もが、誰かが先に喋るのを待っているかのようだ。
どうしたものか。
右に座る樹里、左に座る小夜子、目の前に座る有砂。一人ずつちらりと見やるが、誰も気にしていな
い様子で、ナイフとフォークを上手く使い、食事を進めている。
もともと育ちが良い彼女たちは、食事中に大騒ぎなどしないのだろう。静かに俯き加減で食べるのが
慣わしなのだ。
これは、性に合わないぞ。
テーブルの下で、樹里のほうへ足を伸ばし、コツンと当ててみせる。
「ふっ」
慌てたのか、バカにしたのか良く分からないような息を吐く。
食事が終わり、いつもの習慣なのか、阿東の妻とむかし小夜子の家にいたという清香が皿を次々と
片付け始める。その手際のよさに、桃子は目を奪われる。まるで早送りのビデオをみているかのよう
なスピードで、あっという間にテーブルの上はきれいに片付いた。
そして、どこからか良い香りが漂ってくる。
桃子は目を閉じた。
つい一ヶ月前までは、口にすることもなかったホット珈琲。
その香りは、目を閉じれば、世界中のどんな場所へも瞬間移動させてくれる。桃子にとっては魔法の
香りとなっていた。
目を瞑り、酔いしれていると、両隣からクスクスと笑う声がする。
桃子が目を開けると、両隣は笑うのを止めた。
珈琲とデザートが運ばれてくる。そして、また阿東の妻と清香も席に着いた。
そこで、初めて社長が口を開いたのだ。
食事会が始まって、一時間半経っていた。
社長は、上着の内側から白い紙を取り出した。
そして、表を向けて、みんなに見せる。
それは、先ほど桃子が書斎で見た「遺言書」だった。
「キミはこれを知っているね」
阿東の妻は、一度は動揺して、目を見開いたが、何か観念したのか小さくうなづいた。
「わたしは、キミの行動がおかしいと思い始めてから、監視カメラをつけさせてもらった。趣味はよくな
いが、自分の家だから、何も咎められることはなかろう?」
阿東の妻は、気まずそうに、下を向いたまま顔を上げられなくなっていた。
「いまさら、責めはしないよ。こうなったのは、わたしの責任でもある」
いよいよクライマックスか。
桃子は、金持ちたちのこのバカらしい駆け引きの結末がどうなるのかを見届けたかった。
自分もかなり巻き込まれたのだから、その権利はあるだろう。
社長は、その遺言書を開き、読み始めた。
それは、阿東の妻以外の人間にとっては初めて知る内容だ。
長い文章の中には、亡くなった社長の妻の想いがたくさん込められていた。
社長に対しても、阿東に対しても。それぞれに深い愛情を持っていたのだということが分かる内容だった。
阿東に会社の経営権を譲るとともに、社長には会社を引退してもらう。その代わり、社長には奥さんが
溜めた金がすべて遺産となって入ることになる。
社長は、その逆の行動を取ったのだ。自分はそのまま経営権を握り続け、阿東へ金を譲った。
「すまなかった。ここにいる皆にそう謝りたい。わたしの見栄と欲のせいで、たくさんの人が不幸になった」
真っ直ぐな視線。その先には、何があるわけでもない。ただの壁だ。
誰の顔も直視することはできないのだろう。
謝るだけでも勇気のいることだ。
-第144話へ続く-
テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
2008/03/20(木) 08:00:00|
笑@会社
| トラックバック:0
-
| コメント:0