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女園秘書室-第139話-


最近暖かくなってきましたね。暖かくなると、ソワソワとどこかへ旅したくなってきます。
この小説もそろそろ終わりに近づいています。
桃子、最後のハードルを越えようと、一生懸命です。


第139話

「金をもらうなら出て行ってくれ」
阿東が言った瞬間、桃子は、勝ったと思った。
眉間にキュッと皺を寄せ、無理やり厳しい顔を作ってみせる。
「じゃ、金はいらないから出て行かないよ」
ここまで来たら、いったい何が起こっているのかを、桃子は最後まで見届けたかった。たいしたことじゃ
ないかもしれない。金持ちの単なる道楽かもしれない。自分が騙されたのなら、それでもかまわない。
けれど、ここまで関わっておいて、あとは何が起こったかわからないなんて、正直悔しいのである。

「僕は、騙されていたんだ」
阿東の精神が突然崩壊した。
足はガクガクとふるえ、有砂の肩にしがみついて、立っているのがやっとのように見える。有砂は、何
を言い出すのかというような怒った顔で、阿東を振り返る。
こわばった顔の阿東を見たとき、有砂は、肩に置かれた阿東の手を思い切り振り払っていた。
「なに、その顔?」
有砂は、阿東をにらみつける。
阿東は、もう駄目だ。そう思ったのか、彼女は阿東を突き放す。
「弱虫ね。それじゃ、いくら会社を乗っ取ったって、社長になんてなれないわ。でもね、いいの。あなた
はお飾りなんだから。実権を握るのは、このわたし。だからね、余計なことしないで」
先ほどとは打って変わって、穏やかな顔で慰めの言葉をかける。
「そうはさせない」
樹里が一歩前へ出た。
桃子はこの部屋に入ってきてから、樹里の存在をすっかり忘れていた。有砂の前には、樹里も霞む
か。いや、この二人を比べてはいけない。だいたい、いい人間は、霞んでいるのさ。悪いやつは、腹黒
くて真っ黒だから、霞むことができないってわけだ。

「あなたって、腐ってるわね」
樹里は、有砂に迫った。
よくぞ言ったと思う。今までこき使われてきたことに対し憂さを晴らすかのように、言葉遣いまで変わっ
ていく。
「何よ。あなたわたしに向かって、そんな口利けるわけ?」
有砂の声が微かに震える。
ピシッ。
空気が切れるような音がした。静まり返る部屋。有砂が頬を押さえている。樹里が呼吸を荒くして、目
に涙を浮かべていた。樹里が有砂をひっぱたいたのだろうが、それをやった本人が泣いている不思議
な光景だった。
そして、社長が口を開く。
「社長になどなるものではないな」
ポツリとつぶやいた言葉が、やけに大きく部屋に響き渡る。
「五反田さん、きみは優秀な人だ。きみの好きにするといいよ」
社長は、全員にここで待つように言い、部屋を出て行く。急激に年老いたかのように見えた。
髪は白く、歩く足はよろよろとしている。桃子は、社長のもとまで走って片側から支えた。
「きみは、本当にいいやつだな」
力なく笑う社長の顔が、痛々しくて、直視できない。桃子は、まっすぐと前を見て歩く。
「さっき、なんであたしを閉じ込めたんだい?」
社長が心配だったのもあったが、要はそれを聞きたかった。
理由によっては、少し小突くくらい許されるだろう?
なんといっても、暗い穴の中を這いつくばって、やっとの思いで地上に出てきたのだ。秘書室に入っ
て、体型が変わりつつあったから良かったものの、痩せていなかったら、穴にはまって抜け出せないと
ころだった。
「わたしが閉じ込めたと思うのか」
「いや、そうは思わないけど」
「疑ったな?」
雰囲気が一転する。言葉に力が込められ、背筋がぞくっとするような低い言葉。
「秘書失格だ」
桃子は、一気に奈落の底へと突き落とされたような気分になっていた。
自ら仕事を辞めようとするのと、失格のレッテルを貼られて会社を去るのとではわけがちがう。
「いや、あの、その」
しどろもどろになる桃子に、社長は肩を震わせ笑っている。
「どうせ、わたしが辞めたら、きみも辞めるだろう?それとも五反田さんの下で秘書として働くかい?」
ありえない話に、桃子は首を横に振る。
「だろ?ちなみに、閉じ込めたのはわたしではない。わたしは後ろからあの三人に殴られて、気を失っ
てしまったのだよ。その後、彼らがキミを閉じ込めたと思うのだ。しかし、彼らは用意周到だね。どうや
って出てきたのか聞いたら、いつか閉じ込められると思って、穴を掘っていたと言うじゃないか。まった
く用意周到な奴らだ。ま、仕事も抜かりはないから、嫌いにはなれないのだがね」
社長は、もう本当にすべてを諦めているのだろうか。

-第140話へ続く-

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

    2008/03/12(水) 12:00:00| 笑@会社 | トラックバック:0
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