笑@会社

日々面白いことを求めて爆走中!!
No  725

ゆっくりおやすみ…☆

わたしの性格。
一気集中型。その集中力と言ったら、自分で言うのもなんだけど、天下一品。
その代わり、一瞬でも気が抜けると、THE END。

いろんな作品を書いては自分でダメだしをして、違う作品を新たに作る。
そんなことをしながら、2月の中旬頃から書き始めた小説を、3月27日、とある賞に応募
して、現在力尽きました。

長かった「女園秘書室」の連載も終わったので、これを機に、しばらく小説から離れます。

予想では、1ヶ月くらいだと思います。
その間は、日々の出来事ブログになると思いますが、気が向いたら覗いてみて下さい♪

ちなみに、今後の活動時のペンネームですが、このブログの路線(お笑い会社生活小説)
では、これまで通り、真壁ユミとして。
今後作品の幅を広げるために、ちょっぴり真面目小説を書くつもりでいて、そのときのペン
ネームは、佐倉佑亜(さくらゆあ)となります。
このブログで使い分けていくかどうかはまだ決めかねていますが、今回賞に応募した際の
名前は、こちらを使用しました。

adieu


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No  727

女園秘書室-第150(最終)話-


かくて皆の行く先は?
明るい旅立ちです。春ですから。
暖かい日差しに包まれて、良いことがあるように、願いましょう☆

本日最終話を迎えることができました。
これまで読んでくださった皆様、どうもありがとうございました♪


第150(最終)話

季節はすっかり秋の真っ只中に入っていた。
夏の終わりの、珍事件。
それに関わった人に、暗い影を落とすことなく、事態は収まった。

阿東は、社長になるべく、現社長の後をついてまわり、修行中だ。
真面目そうな顔をして、女に金を与え、自分の味方につけ、情報を得る。
それで、いったい何人の女が泣いただろうか。
ぜひ、心の中で反省し、罪を償って欲しいものである。

小夜子が会社の金を横領していたことは、現社長の計らいもあって表ざたになることはなかった。
そして、社長はその金を返さなくていいとも言った。
桃子なら、両手を挙げて万歳しそうな出来事だ。
小夜子は、金を返すといってきかなかった。経理部に合った細かい性格だと思う。きっちりしている
のだ。
一ヶ月いくらになるか、桃子には知る由もないけれど、少しずつ返していくのだという。
その件については、阿東も関わっていたことなので、彼も何らかの協力をすると言っていた。

阿東の妻は、社長に謝罪をし、家政婦を辞めようとした。
もう一人の家政婦である清香も同じように辞めたいと申し出てきていた。
しかし、社長は、二人を引きとめた。
すべては自分がまいた種。
社長はそう思い込んでいて、自分以外は誰も悪くないのだと言って聞かなかった。
そして、たびたび体調を崩すようになり、自宅にいることが多くなっていった。
阿東の妻と清香は、社長への恩返しとして、休むことなく世話をした。

もう一人の副社長の秘書だった沢渡渚。
彼女は、実際に何があったわけではないけれど、有砂の存在に怯えていた。
いつも有砂の言いなりに動いてきて、疲れ果てていたようだった。
有砂が消えてからも、彼女の精神的な疲れは癒されず、樹里より先に会社を辞めた。
そして、母が営む会社裏の喫茶店で、のんびりと働いている。
桃子と樹里、未来の三人は、そこを昼休みのたまり場にしている。

樹里が会社を去る日は、真っ青な空が頭上に広がっていた。
十一月の終わり。ひんやりとした空気が、頬を刺す。
泣くものか。
一生会えなくなるわけではないのだ。
秘書室のメンバーともだいぶ打ち解けた。
今では、桃子は、姉貴分のような存在になっていて、年下の先輩からの相談に乗ったりしている。
その代わり、苦手なパソコン作業や外国語について、彼女たちから学ぶ。
マナーやしきたりも、だいぶ理解するようになってきて、社長に褒められたりもする。
「心配です」
樹里は、目に涙を浮かべながら、桃子に言った。
上半身が隠れてしまいそうになるくらいの大きな花束を手に、彼女は秘書室を後にした。

どんなに好きな相手でも、いつか別れはやってくる。
そのときに、その相手のことをどう思うか。
相手は自分のことをどう思うか。
次はいつ会えるのか。
もう二度と会えないのか。
後姿を眺めるとき、多々思う。
涙が出てこない別れをしよう。
別にそれほど強くはないけれど、希望がある別れをしよう。

桃子は、樹里の背中をいつまでも見送った。
ここから旅立ち、新たな道を進む彼女に、エールを送り続ける。

-THE END-
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No  726

女園秘書室-第149話-


悪は去って、明るい秘書室になりつつあります。
桃子は、のんびりしながらも、精力的に仕事をこなす日々。
新しい旅立ち、それぞれ頑張って欲しいものです。


第149話

阿東を許したとき、樹里の顔は穏やかになっていた。
樹里が言葉をかけても二人は立ち上がろうとせず、頭を下げっぱなしでいた。
テーブルをぐるりと半周し、樹里は後ろから二人の肩に手をかけた。
そしてようやく皆が同じようにテーブルについた。

「分かったよ、やってやるよ」
桃子は、そう言って、一人ひとりの顔を、順番に見ていった。
最後に阿東と目が合った。
情けない顔だ。
助けてやる義理はない。
それでも、困った顔をしていると、放っておけない。
それが、例えどんな人でもだ。
損な性格をしていると思う。
性格を変えられればいいと思うけど、思っているだけでできないものだ。
変えるということは、勇気と努力がいること。でも、変わった後は、清々しいものだろう。

とりあえず、桃子の職は、当面社長秘書ということで落ち着いた。
樹里は、一旦秘書室勤務に戻り、二ヶ月間で残務処理をして会社を去ることになった。
樹里がまだ会社にいる間、桃子はこれまで以上に秘書の仕事を覚えるように努力した。
パソコンは、努力の甲斐があり、ブラインドタッチまで習得した。
いまはそれが普通のことなのに、桃子は嬉しさを隠し切れずに、わざわざ大きな音でキーボードを叩く。
秘書室の皆は苦笑いだ。
正直なところ、英語は苦手だ。
これから先も、得意になることはないだろう。
パソコンがこれだけ上達したのだから、英語も触れているうちになれてくるさ。
気楽にマイペースにしていた。

有砂は、あの社長宅での一件以来、姿を見せなかった。
週明けに会社へ出勤すると、机の上がきれいに片付いていて、週末に彼女がこっそり会社に来て、
荷物をまとめて出て行ったことを知った。
デスクの上には、退職願が無造作に置かれていた。
その字は、丁寧できれいだった。有砂の律儀な性格が、よく表れていると思った。
その後、桃子は、自分のデスク周りを掃除しようと、キーボードを動かした。そのとき、一枚の紙切れ
が出てきた。
「花木さん、ありがとう」
誰が書いたのか、名前は書いていないけれど、退職願と同じ字だった。
「ありがとう」でもいいけど、「すみませんでした」だろ?
逃げるように去っていったのは、自分に非があると認めたからだろう。
それだけでも、有砂にとっては、苦痛なことだったかもしれない。
「ま、いっか」
桃子は、その紙をデスクの一番大きな引き出しに無造作にしまった。

秘書室勤務の秘書たちの仕事は相変わらず忙しかったが、あの恐ろしいほど静かな朝の時間は、明
るくなり、同僚同士の会話も増えていた。
桃子は、以前と同じ席に座り、有砂がいた席には、榛原未来が座っている。
樹里の営業部への転部騒動があり、急遽、副社長秘書についた未来。
有砂と戦ったのが、あの日一日だけでよかったと桃子は思っていた。
そうでなければ、未来は、有砂色に染められていたかもしれなかった。
未来が素直な心を持っているからこそ、桃子は、あの日一日で事態が収拾されたことに満足していた。
隣に座る樹里も、穏やかだった。
ときどき、意味の分からない言語を操っているときは、やたらにテキパキしていて怖いが、
だいぶ穏やかになった。

-第150話(最終話)へ続く-
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No  724

女園秘書室-第148話-


人を許すということは、難しいこと。
でも、過ちを許すことで、何かから開放されることもあるでしょう。
新しい一歩を踏み出すため、樹里は、過去を清算させることが
できるでしょうか。


第148話

「僕の秘書になってもらえないか?」
阿東の口から出た言葉は、桃子を驚かせた。
その台詞は衝撃的過ぎて、開いた口が塞がらないとはこのことだと、初めて身をもって知った。
「いや、ともに、頑張ろう」
ともに?
どうしてあたしが、阿東と「ともに」頑張らなければならないのだろう。桃子は、ぼんやりと考えていた。
阿東に義理立てすることなど何もなかった。それより、樹里にしてきた裏切り行為の数々を思い起こす
と、腹立たしいことこの上なかった。
それでも、桃子は、言っていた。
「樹里さんに、許してもらえるまで謝ることだな。彼女が許したら、考えてやらないこともない」
偉そうにしてみせたが、それは本心なので仕方ない。
これまでのことを思えば、いま一緒にこのリビングにいることさえ、嫌だった。
心の狭い人間にはなりたくないと思ってきた。
困っている人がいたら、率先して手助けをすること。
桃子は両親にいつもそう言い聞かされてきた。
それに、
「嫌な人の中にも、必ずいいところがあるから、それを見つけるようにしなさい」
と教えられてきた。
阿東のこれまでの行為は、その限界を超えていた。
それでも……。

阿東は、椅子を離れ、床に正座をした。
両手を前につき、頭を床すれすれまで下げる。
「福井さん、申し訳なかった」
阿東は、部屋中に響くほど大きな声で言った。
何度も、何度も。
見ているほうが痛々しくなるほど、それは繰り返された。
樹里は、涼しげな顔をして座っていた。
彼女からしてみれば、いくら謝られても、足りないだろう。それほど酷いことが起こったのだ。
一つの命をなくす。例え、まだこの世に誕生していなかった命であったとしても、彼女の中では確実に
生きていたのだ。
男はそれを忘れてしまうかもしれないが、女は一生心と体に傷を負ったままとなるのだ。
桃子はもう一度樹里を見た。
一見冷めた顔をしていて、何を考えているのか分からない。
阿東は、あと何度謝れば許しを得るのだろう。
樹里は、このまま阿東を許さないつもりだろうか。
社長も、小夜子も、お手伝いである清香も、どこを見てよいのやら分からず、視線は宙を彷徨っている。

「すみませんでした」
それは、どこから発せられたか分からないような、小さな震えた声だった。
「申し訳ありませんでした」
その声の主が誰だか分かったのは、彼女が阿東の横に、同じように正座をし、頭を低く下げたからだ
った。
「阿東がこうなったのには、妻であるわたしにも責任があります」
阿東の妻は、長い間その姿勢を保ち続けた。
「もういいです」
樹里が、そう言うまで、二人は頭を下げ続けていた。

-第149話へ続く-
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No  723

女園秘書室-第147話-


もうすぐ終わりなので、毎日更新で3月終了とさせていただきます♪
春ですね〜。なにか新しいことにチャレンジしたくなります^^


第147話

「さて」
社長が、ようやく桃子と目を合わせる。
「きみは、どうするかな」
桃子には示す進路はないようだ。
自分で考えろということか?
行き場所は、どこかにあるのだろうか?
阿東が社長になる。秘書の席は、空席だ。飛び出していった有砂が、戻ってきて、
「秘書をやってもいい」
と言わない限り、誰もいない状態だった。
樹里は、理子の会社へ入社する。
桃子は、まだ秘書として一歩を踏み出した状態で、何も分からない赤ん坊と一緒だった。パソコンは
何とか、一般レベルに足を踏み入れた程度だし、外国語に関しては何一つ分かっていない。
これまでのように、難しい局面では有砂が仕事をこなしてくれるというなら、少しずつ覚えていくことが
できる。でも、誰もいなくなったいま、責任を一手に引き受けるほどの自信はない。
度量はあっても、仕事ができなければ意味はないのだ。

桃子は、返事に迷った。
こんな会社、辞めてやる。
と思ってはいたが、いざそうなるとすると、行く場所に悩んでしまう。
警備員に返り咲くことくらいしか、思いつかない。
「でもなぁ」
一度決めたことを撤回するようなことは格好悪いと思っていた。
子会社の警備会社から、白旗本社に移動しただけでも栄誉あることだ。
そう言って、上司たちが涙を流しながら喜んでくれたのを思い出す。
「船出だ。門出だ」
と、盛り上がり、酒を酌み交わしたあの日。
あたしは、立派な社長秘書になってやると心に決めていたはずだった。
いまさら戻る場所はない。

「あたしは」
その後が、なかなか続かなかった。
何もやれるものがないんだ。言えることが、何一つない。自信があるのは、体力だけだ。
あの警備会社に戻れないのであれば、違う警備会社で働くか。
これまでの経験を買われて、雇ってもらえる可能性は高い。
テーブルを囲む全員の視線が注がれて、桃子は緊張していた。
「緊張」などとは縁遠かったはずだったのに。
「まぁ、いいじゃないか」
と言った声が、微かに震えていた。
社長は、腕を組みジッとしている。

誰も何も言わなくなって、何分か経ったとき、意外な人物が立ち上がる。
阿東だった。
「花木さん、いや」
一度桃子の名前を呼んだが、何を思ったか、先に樹里に向き直る。
「すまなかった」
「いまさら」
樹里は、胸の前で腕を組んで、口を真一文字に閉じた。
ツンとして、怒りを表しているのかと思っていたが、意外にもテーブルの下の足は、細かく震えていた。
これまで非を認めなかったのは、なぜだろう。
有砂が怖くて言えなかったか?
彼女が去ったいま、重いものから解き放たれて、心が穏やかになったのかもしれなかった。
それから、阿東は桃子に向き直った。
「花木さん」
なんだろう。阿東に謝られることなど、何も思い浮かばない。
ないだろ?
眠くなった目をこすりながら、彼女は目の前の阿東をただジッと眺める。

-第148話へ続く-
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No  722

女園秘書室-第146話-


阿東のやること、樹里の行き先が決まりました。
有砂は…?
桃子の行方も、未決状態です。
皆の進路を決定し、あと2話ほどで(←曖昧^^;)終了となります。


第146話

社長は、阿東のその言葉を受け取って、一年で身を引くと約束した。
その間に、阿東にすべてを引き継がせるつもりなのだろうか。
社長業でなくとも、一年で仕事をこなせるようになるのは、難しいことなのに、果たして阿東にできる
だろうか心配になる。
進むべき方向が決まれば、話は早いもので、社長は部屋を出て行くと、両手に抱えきれないほどの
書類の山を持って戻ってきた。
社長が席を立っている間、苦虫を噛み潰したような顔の有砂。彼女は、完全に行き場を失っていた。
まだこの会社に残るのだろうか。もう、社長と言う地位にはつけないのに。
やるせないという思いが、表情によく表れていた。

「阿東くん、明日からわたしの秘書として働いてくれ」
社長が一番に出した指示に、桃子は、口をあんぐり開けた。
阿東が、社長の秘書だって?
そしたら、現社長秘書のあたしは、どうするっていうんだい?
リストラ、無職、フリーター、ニート。
様々な言葉が頭をかすめる。
先ほどまでは、自分からこの会社を去る決意をしていたのに、人に辞めさせられるとなると腹立たしく
なる。不思議なものだった。
桃子は、何か口を挟んでやろうと、もごもごしていたが、それは結局何の言葉にもならなかった。

「五反田さん、きみは…」
社長が言いかけたときだった。
有砂は、音を立てずに椅子を引き、立ち上がる。
このあたりは、スマートだなと思う。育ちの良さが出ているような気がして、桃子は妙なところに感動し
ていた。
「彼のサポートをしてくれないか?」
阿東の妻が、不服そうに顔を膨らます。
それに関しては、桃子は阿東の妻に同情した。
自分の夫と関係があった若い女が、これからも夫の片腕となって働くのだ。
耐えられないほうが正常だ。
有砂は、怒りも悲しみも、もちろん喜びも、出すことはなかった。
「今日限りで辞めます」
リビングを出て行く。
走り行く彼女を誰も止めなかったし、後を追わなかった。

「福井さん、きみはどこに行くのかな?」
自分にまったく質問が飛ばないことに、桃子は不服だった。
さっきから、堂々巡りなのだ。
ようやく自分の話題に触れてもらえると待ち構えていると、また阿東から順に進路が決められる。
桃子は、両足で交互に床を蹴っていた。
それは、まるで拗ねた子供のようだ。
樹里の冷ややかな視線を感じたが、それをやめようとはしなかった。
「わたしは」
柔らかい優しい声。
最初に出会った頃のように、常に神経を張り詰めているピリピリした雰囲気は、もうどこにもない。
「わたしには、姉がいます」
自らの生い立ちを、重要な部分だけかいつまんで説明する。
その顔は、穏やかだった。
樹里の行き先というのは、父親違いの姉、理子の会社だと言った。

家族というものの暖かみを知らずに育ち、自分はいつしか、心の冷たい人間になっていた。桃子や理
子に会って、閉ざされた心を開き、人と協力することの意味を知った。
「この会社に残っても良かったのですが」
樹里は続ける。
「姉の会社は、小さいけれど、人情味に溢れています。わたしは、人間らしさを取り戻したいと思いま
した」
社長は、ただうなずくだけだった。
樹里にいて欲しい気持ちはあっただろうが、彼女の気持ちを尊重していた。

-第147話へ続く-
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No  721

女園秘書室-第145話-


次期社長候補は、桃子?!
阿東、有砂、樹里さえも驚きが隠せません。
この会社、大丈夫なのでしょうか。
いっそのこと…なくなってしまえば、皆解放されてラクなのにね…。



第145話

阿東はなりたかったものになれるというのに、それを拒否した。
有砂は、なりたいものになれなかった。
樹里は、秘書室に戻れるのに戻らないと言った。
皆が、会社を去ろうとしている。
社長が可愛そうに思えてならなかった。
たらふく食べて、大きく膨れたお腹をさすっているうちに、桃子は睡魔に襲われていた。
思考能力も薄れてきて、誰がどうなろうと良くなってきていた。社長は確かに可愛そうだけれど、何を
してやれるわけでもない。

隣では樹里が時々、鼻息を荒くしていた。まるで、円形競技場で出番を待っている牛のようだ。
何を思ったのか、立ち上がり、テーブルをぐるりと半周して、正面に座っている阿東の隣に立った。
その場で、腕を組み、阿東を見下げている。
「わたし、こんないい加減な人のこと好きだったなんて、自分がとっても情けない」
阿東の妻もいるというのに、樹里は自ら阿東との関係を話し始めた。
本当に好きな時期があったこと。自分を守ってくれる人は、この人だけだと信じていたこと。有砂と関
係があったのを知ったこと。自分は利用されていたのだと、ショックが大きかった。妊娠し、流産したこと。
樹里は、阿東を非難はしていない。ただ、起こった真実を口にしているだけだった。
そうすることが、なんになるというのか。桃子は、黙ったまま樹里を見つめていた。
「男だったら、やってみなさいよ。なによ、端から女の子に手を出して」
樹里の平手打ちが飛ぶ。
部屋の空気は、一瞬で凍りつく。
阿東の妻が立ち上がって、二人の間に割って入る。
「やめてください。この人は悪くないんです」
今にも泣き出しそうな顔で、樹里の腕を取って頭を下げる。
こんなときなのに、桃子は欠伸を繰り返していた。
まるで目の前は大きなスクリーンで、その向こう側で彼らは縁起をしているかのようだった。
うそ臭い台詞。
桃子は、鼻で笑っていた。

「社長、じゃあさ、あたしがなるよ。社長になってやるよ。あたしも一気に金持ちだな」
桃子は、真っ直ぐと社長を見てから、テーブルについている一同を、順々に見やる。
渋い顔の社長。唖然とする阿東と有砂。含み笑いの樹里。首を傾げる小夜子。
全員を見渡してから、桃子はため息をつく。
やっぱり、あたしじゃ駄目か。誰も認めていないな。
チェッ。
舌打ちしてから、両腕を胸の前に組み、格好だけは社長のようにふんぞり返ってみせる。
「いいだろう」
少し間があって、社長から出た言葉。
「それなら僕が」
社長に続いて阿東。
「ずるいわ」
有砂がテーブルを両手のひらで強く叩いた。小夜子の前に置いてあったカップから、飲みかけの珈琲
がこぼれおちる。それは、しばらくの間、ゆらゆらと揺れていた。目を血走らせて立ち上がった有砂の
顔は、真っ赤に染まっていた。
「じゃ、いいよ」
桃子は、あっさり引き下がった。
「阿東、やれば?」

桃子は、社長の希望を叶えてあげたいと思っていた。
阿東に会社を引き継がせることが希望だというなら、その通りにしてみせよう。
どうしたら、阿東が引き受けるだろうか。
桃子は、阿東の金に対する執着心に目を向けていた。
金は欲しいが、会社の経営など難しくて面倒なことは御免だということだ。
しかし、世の中ラクばかりで生きていけるはずはない。
阿東は、そのラクと面倒の狭間で悩んでいるはずだ。
こいつに「引き継ぐ」と言わせるには、本来は自分の手に入るはずのお金が、他人のものとなってしま
うことを強く感じさせればいいのではないか。桃子は、そう考えていた。
だから、「一気にお金持ちになれる」ということを、阿東の前で嬉しそうに話したのだった。
阿東は、つられた。
人にこの財産を取られるくらいなら、自分がもらう。
そう思ったのだろう。
それには、漏れなく苦労もついて回るが、今の彼にはわかってはいないような気がしていた。

-第146話へ続く-
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No  720

女園秘書室-第144話-


これからの皆の行く末は?
桃子は会社に残れるのか、残りたいのか…。
それぞれが次を求めて歩き出す第144話。


第144話

桃子が目を開けると、両隣は笑うのを止めた。
珈琲とデザートが運ばれてくる。そして、また阿東の妻と清香も席に着いた。
そこで、初めて社長が口を開いたのだ。
食事会が始まって、一時間半経っていた。

社長は、上着の内側から白い紙を取り出した。
そして、表を向けて、みんなに見せる。
それは、先ほど桃子が書斎で見た「遺言書」だった。
「キミはこれを知っているね」
阿東の妻は、一度は動揺して、目を見開いたが、何か観念したのか小さくうなづいた。
「わたしは、キミの行動がおかしいと思い始めてから、監視カメラをつけさせてもらった。趣味はよくな
いが、自分の家だから、何も咎められることはなかろう?」
阿東の妻は、気まずそうに、下を向いたまま顔を上げられなくなっていた。
「いまさら、責めはしないよ。こうなったのは、わたしの責任でもある」
いよいよクライマックスか。
桃子は、金持ちたちのこのバカらしい駆け引きの結末がどうなるのかを見届けたかった。
自分もかなり巻き込まれたのだから、その権利はあるだろう。

社長は、その遺言書を開き、読み始めた。
それは、阿東の妻以外の人間にとっては初めて知る内容だ。
長い文章の中には、亡くなった社長の妻の想いがたくさん込められていた。
社長に対しても、阿東に対しても。それぞれに深い愛情を持っていたのだということが分かる内容だった。
阿東に会社の経営権を譲るとともに、社長には会社を引退してもらう。その代わり、社長には奥さんが
溜めた金がすべて遺産となって入ることになる。
社長は、その逆の行動を取ったのだ。自分はそのまま経営権を握り続け、阿東へ金を譲った。
「すまなかった。ここにいる皆にそう謝りたい。わたしの見栄と欲のせいで、たくさんの人が不幸になった」
真っ直ぐな視線。その先には、何があるわけでもない。ただの壁だ。
誰の顔も直視することはできないのだろう。
謝るということはとても勇気のいることだ。目上の者が目下のものに対してそうすることは、特に複雑
だろう。でも、自分が悪いと思ったら、謝るべきだ。
桃子は、いつも潔く、そうしてきたつもりだし、社長くらいの年齢になっても、そうでありたいと願っていた。
社長は、やっぱり尊敬できる人だ。
皆が社長の次の言葉を待つ。
「阿東君、会社は君に任せよう。もちろんわたしがサポートする。五反田さん、君はどうする?社長秘
書という立場が嫌なら、取締役にでもなるかい?福井さん、きみは副社長秘書に戻ってくれるか?」
社長は、一人ひとりにお願いするように話しかける。
いま社長が言ったことは、言われた本人にとってはとても嬉しい出来事であるはずなのに、誰の顔に
も笑顔が浮かばない。それどころか、視線を逸らそうとしている。

「僕には、その素質がありません。自信もありません」
阿東が言う。
「わたしは、あくまでも会社を動かしたいのです」
有砂は、この期に及んで、まだ偉そうな口をきく。
「わたしは、会社を辞めます」
樹里は、深々と頭を下げた。
桃子は、餌を欲しがる犬のように、テーブルに手のひらをつけて、自分に対する進路の発表を待った。
が、それより先に、三人に対して、社長から言葉がかけられた。
「阿東くん、きみならできる。女房の子供だ。素質は充分だ。わたしが全面的にサポートする。だから
やってみろ」
命令口調だった。
「五反田さん。相変わらず厳しいね。でも、世の中そんなに簡単に上にあがれるものではない。少しず
つ積み重ねて、経験をして、地位を上げていくものなんだ。どうする?会社を辞めるか?」
厳しい内容の言葉は、最後には和らいだ。
「福井さん、きみは優秀な人だ。それに最近威勢も良くなった」
社長は、ちらりと桃子に視線を送って、笑みを浮かべる。
「どこか行くあてがあるのかな?」
樹里は、笑顔でうなづいていた。
「あるんです。わたしにも行く場所が」
どこだ、それ?聞いてないぞ。

-第145話へ続く-
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No  719

女園秘書室-第143話-


無心にご飯に集中する桃子。
この騒ぎが収まったら、また元通りの生活に?!
豪華ディナーは最後の晩餐になるのか?第143話!


第143話

無心になれる瞬間が好きだ。
余計なことは何も考えず、ただひたすら目の前のことに集中する。
桃子の場合、食事が一番にそれにあてはまる。その次は、学生時代までやっていた柔道だろう。
同じテーブルを囲んだ人たちは、桃子を除いて、当たり前のようにこの豪華ディナーを楽しんでいる。
阿東は、きっとこの会社に入ってから、幾度となく接待などをすることで躾けられたのだろう。他の人
は、生まれながらに豪邸に住んでいるのだから、特に練習をせずとも、当たり前のようにマナーが身
に付いているのだ。
桃子は、まだ馴染めずにいた。たくさんあるナイフやフォーク。
隣に座った樹里の真似をして食べることしかできない。ときどき皆の視線が下がったのを確認して、手
でつまみあげる。
社長が、忍び笑いをする。
あの人は、何もかもお見通しなのだ。

それにしても、静かな夕飯だ。
誰一人として喋ろうとするものはいない。
誰もが、誰かが先に喋るのを待っているかのようだ。
どうしたものか。
右に座る樹里、左に座る小夜子、目の前に座る有砂。一人ずつちらりと見やるが、誰も気にしていな
い様子で、ナイフとフォークを上手く使い、食事を進めている。
もともと育ちが良い彼女たちは、食事中に大騒ぎなどしないのだろう。静かに俯き加減で食べるのが
慣わしなのだ。
これは、性に合わないぞ。
テーブルの下で、樹里のほうへ足を伸ばし、コツンと当ててみせる。
「ふっ」
慌てたのか、バカにしたのか良く分からないような息を吐く。

食事が終わり、いつもの習慣なのか、阿東の妻とむかし小夜子の家にいたという清香が皿を次々と
片付け始める。その手際のよさに、桃子は目を奪われる。まるで早送りのビデオをみているかのよう
なスピードで、あっという間にテーブルの上はきれいに片付いた。
そして、どこからか良い香りが漂ってくる。
桃子は目を閉じた。
つい一ヶ月前までは、口にすることもなかったホット珈琲。
その香りは、目を閉じれば、世界中のどんな場所へも瞬間移動させてくれる。桃子にとっては魔法の
香りとなっていた。
目を瞑り、酔いしれていると、両隣からクスクスと笑う声がする。
桃子が目を開けると、両隣は笑うのを止めた。
珈琲とデザートが運ばれてくる。そして、また阿東の妻と清香も席に着いた。
そこで、初めて社長が口を開いたのだ。
食事会が始まって、一時間半経っていた。

社長は、上着の内側から白い紙を取り出した。
そして、表を向けて、みんなに見せる。
それは、先ほど桃子が書斎で見た「遺言書」だった。
「キミはこれを知っているね」
阿東の妻は、一度は動揺して、目を見開いたが、何か観念したのか小さくうなづいた。
「わたしは、キミの行動がおかしいと思い始めてから、監視カメラをつけさせてもらった。趣味はよくな
いが、自分の家だから、何も咎められることはなかろう?」
阿東の妻は、気まずそうに、下を向いたまま顔を上げられなくなっていた。
「いまさら、責めはしないよ。こうなったのは、わたしの責任でもある」
いよいよクライマックスか。
桃子は、金持ちたちのこのバカらしい駆け引きの結末がどうなるのかを見届けたかった。
自分もかなり巻き込まれたのだから、その権利はあるだろう。

社長は、その遺言書を開き、読み始めた。
それは、阿東の妻以外の人間にとっては初めて知る内容だ。
長い文章の中には、亡くなった社長の妻の想いがたくさん込められていた。
社長に対しても、阿東に対しても。それぞれに深い愛情を持っていたのだということが分かる内容だった。
阿東に会社の経営権を譲るとともに、社長には会社を引退してもらう。その代わり、社長には奥さんが
溜めた金がすべて遺産となって入ることになる。
社長は、その逆の行動を取ったのだ。自分はそのまま経営権を握り続け、阿東へ金を譲った。
「すまなかった。ここにいる皆にそう謝りたい。わたしの見栄と欲のせいで、たくさんの人が不幸になった」
真っ直ぐな視線。その先には、何があるわけでもない。ただの壁だ。
誰の顔も直視することはできないのだろう。
謝るだけでも勇気のいることだ。

-第144話へ続く-
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No  718

女園秘書室-第142話-


も1つの小説をいまだに赤入れまくっています。
間に合うのか?!
というわけで、ここからの更新、前説抜きになることもあります!


第142話

結局、何がどうなって、どういう結末を迎えるのか、はたまたもう結末を迎えてしまったのかどうかさえ、
桃子には分かっていなかった。
社長は、会社を有砂たちに譲るといい、あんなに手に入れたかった会社という存在が目の前まで来て
いて、阿東は引継ぎを拒否した。やる気満々だった有砂の気持ちがどうなっているか分からなかったが、
もっと問題なのは、樹里や桃子の立場だった。
有砂の嫌がらせで、営業部に回された樹里は、もう退職届を用意している。
桃子も、このまま現社長が退任し、阿東や有砂が会社を動かす方に回るとなると、秘書を続けていこ
うという気持ちは起こらない。彼らが改心して、今までの行いを素直に反省すればまだしも、頂点に上
り詰めたことで、人を馬鹿にしたような態度をとり続けるのなら、許せない。
桃子は、ある程度は道を決めていた。出戻りで恥ずかしいが、ふたたび警備員に戻ろうと。
「桃子さん、どうするんですか?」
樹里は、空を眺めたまま、消え入りそうな声をだす。遠くどこかへ消えてしまうかのように、その声は、
空間に漂いもせず、消えていく。
「あたしは、やっぱり警備員が合ってるさ」

どれくらいの時間が過ぎたか分からない。
廊下を歩く人の足音を耳にし、桃子はその方向を向いた。
社長が、いつもと変わらない顔をして、近づいてくる。
「いつの間にか眠ってしまったよ」
何食わぬ顔をして、皆が言い争った部屋の中に入っていく。桃子と樹里も慌てて立ち上がり、後に続
いた。
部屋の中は、相変わらず静かだった。かなりの時間が過ぎているのに、誰もその場を動いていない。
それぞれが、何かしらの思いを抱え、考えることがあり、その場を動けずにいるのだろう。誰か一人が
動けば、みな動く。そんなものだ。
「皆で食事でもしよう」
社長の一言に、全員が驚いて顔を上げる。
「ゆっくり話をしよう」
六時に、ダイニングへ集まるように言うと、社長はまた部屋を出て行った。その足取りは、先ほど部屋
を出て行ったときとは違い、軽いように見えた。

廊下に座ってずっと外を見ていたはずなのに、陽が暮れていくことに気付いていなかった。何かを深く
考えているときには、周りなど何も見えないのだ。桃子は、これまでにない経験だと笑った。何かを深
く考えるなど性に合わず、いつも楽しくて笑っている人生を送ることが一番だと思ってきた。そして、自
分の人生から笑いを奪うものは、近寄らせずにきた。この会社の面子はいかがなものだろう。怒りや
悩みといった、これまでに縁のないものをもたらした。それは、厄介なものだった。イライラが募って、
心も蝕まれていくような感覚。
神が与えた試練なのだろうか?いつも笑っていられることはいいことだ。けれど、世の中にはもっと闇
の部分があって、それを知る必要があったとでも言いたいのだろうか。誰かをその闇から救い、自分も
一つ成長する。自分の知らない世界に、決して足を踏み入れようとはしなかった桃子は、運命に導か
れるようにいまの状況にはまりこんでいた。
考えることは少なかったけれど、行動だけは起こしてきた。桃子はそう自負していた。

夕食の席につく頃には、空は赤く夕陽に染まり、鳥が鳴きながら巣へ戻る物悲しい雰囲気が漂い始
める。夏が終わりを告げようとしている。桃子にとっては、食欲の秋はこの上なく好きな季節であった
が、夏が終わるというのは、日が暮れるのが早くなるせいか、どことなく寂しい気持ちになっていく。
結局、あの部屋から誰も動けずにいた。
桃子のお腹の虫が、部屋いっぱい響き渡るように鳴ると、我慢の限界が来たかのように樹里が一番
に吹き出し、笑いが有砂、小夜子、阿東へと順に伝染していった。
その笑いが消えるのが怖くて、桃子は大きな声で、ずっと笑った。そうして体力を使ったために、ます
ますお腹が空いてしまったのである。
時は、社長が指定した六時になろうとしていた。
誰からともなく部屋を出て、いったん全員が廊下に並ぶ。
今日初めてここへやってきた、桃子、樹里、小夜子は、ダイニングへ行く方向が分からないために、誰
かが動き出すのを待った。桃子など、場所を知っていたら、駆け出したいくらいだった。お腹が鳴り止
まなかったのである。
阿東の妻の案内で、ようやくダイニングに入ったとき、桃子はニンマリと笑みを浮かべていた。
メンバー的には、あまり楽しくないことは確かだ。社長には気を遣うし、有砂や阿東はまだ敵だ。面白
いわけがない。
ただ、テーブルの上に所狭しと並べられた料理の数々は、桃子を満たしてくれそうだ。
「食べるしかない」
つぶやきでしかなかった桃子の言葉は、静かなダイニングでは丸聞こえだった。

-第143話へ続く-
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No  717

女園秘書室-第141話-


悪党3人のそれぞれの思い。これまでの出来事。
誰のせいにもできない辛い思いを引きずって、誰かに同じ思いをさせるのは、
間違っているとは分かっていても、人間、弱いからなかなか正しく行動できない。
この3人が改心することを願った141話です。


第141話

阿東は、会社を自分のものにするということだけに必死になっていた。自分が会社をコントロールする
ことには関心がなかった。そこで、有能な有砂に近づき、会社を手中に収めた後のことは有砂に任
せ、自分は気楽に暮らすつもりでいたのだ。
社長が社長の座から失墜するようなスキャンダル的なものがないか、いつも目を光らせていた。その
うち、自分の妻を、社長宅に送り込み、私生活も監視するように仕向けてきた。

阿東の妻は、あるとき、いつもは厳重に閉ざされている社長の書斎のドアが開いていることに気付く。
何気なしに入ってみる。壁一面に本棚がくくりつけられていて、タイトルは難しいものばかり。
「つまらない部屋だわ」
と思ったものの、初めて入る部屋に興味を奪われて、本棚にそっと近寄った。
部屋の奥には、ほんのりピンク色にも見える厚みがある天板の木の机がおいてある。
「桜の木かしら」
表面を撫でてみる。撫でたところで、分かるわけもないのだが、以前訪ねたことのある店で一目ぼれ
した桜の木のテーブルに似ているような気がして、笑みまでもらしていた。
そして、テーブルの端に置かれた、「遺言」という言葉が書かれた白い紙に気付く。
手にとって見る。ザワザワと心が乱れて、背筋が震えた。
手に取っただけならまだ許される。でも、これを開けて、中を見てしまったら?
犯罪になるだろうか?
いや、黙っておけば分かるまい。
しかも、遺言などをこんなに人目につくところに置きっぱなしにしているほうが悪いのだ。
阿東の妻は、長く書かれた遺言を注意深く読みふけった。そして、元通りに折りたたむ。手が震えて、
遺言書は一度テーブルから落ちてしまった。それをまた拾い上げて、元あっただろう場所へ正しく返却
する。
一度知ってしまったことを、知らなかったことにするのはとても難しいことだ。そして、その罪悪感を持っ
たとき、相手に何かあったことを察知させてしまう可能性がある。
「何も知らない。何も見なかった」
早く阿東に連絡を取り、いま見た遺言の内容をすべて話して、自分は忘れる。それが一番だ。
社長宅では、何事もなかったかのように振舞った。
でも、阿東の妻は知らなかった。この部屋には、隠れた監視カメラが設置されていたこと。そして、社
長はわざとこの部屋のドアを開けておき、わざと遺言を机の上に置いておいたこと。阿東の妻を怪しん
だ社長が、考えた罠だった。
帰宅した社長が、監視カメラのビデオを回して、ため息をついたことも、彼女はもちろん知らずに、その
後も何食わぬ顔で社長宅に居座り続けていた。

自分は苦労したくない。お金をラクに手に入れたい。阿東と阿東の妻は、その気持ちが強かった。
一方有砂は、お金は副産物として考えていた。とにかく、会社を支配するということに執着していて、
それ以外に求めるものは特になかった。
誰かに指図されたり、命令されて動くのは腹立たしく、逆に自分がそれをおこなうのは優越感に浸れ
て嬉しかった。
家庭は、裕福で何不自由ない暮らしをしてきたが、両親の仲は最悪に悪かった。世間体を気にして、
離婚はしなかったけれど、たまたま家にいる時間が一緒になると、喧嘩が耐えなかった。それでも、
まだ喧嘩をしているほうが良かったのかもしれない。季節が何度か巡ると、今度は声すらしなくなっ
た。それは、もう関係が冷え切ってしまったということだ。喧嘩をすることすらない。そして、どちらも家
にいない日も続く。家の中から声が聞こえるはずがなかった。
父は、自分の会社も、母も、有砂のことも、すべてを支配しようとしていた。いつも父の言うことを聞き、
聞かなければ機嫌を損ねる父を、忌み嫌い、またそういった父に服従して何でも言うことを聞いていた
母に対しては、可哀想というよりは、腹立たしい思いを感じていた。
そして、そういう人になりたくないという思いが強くなればなるほど、有砂はそういう人間に近づいてい
った。
途中、自分でも、このままでは父のようになってしまう、と不安を持っていた。しかし、人を支配するこ
との優越感に陶酔し、性格を直そうという気持ちを持つこと自体がバカらしくなっていた。

三人は、それぞれ思い思いに、話したのだという。
樹里が有砂の頬を叩き、「腐ってる」と言い放ったこと。
それが、有砂の気持ちや考えを変えたのだろうか。
だとしたら、もっと早くに近くにいた誰かが忠告すべきだっただろう。
「あいつは、変われるのかね?」
桃子は、大まかな話のあとに、ぽつんとつぶやいた。
樹里は、何も答えることなく、ただぼんやりと窓の向こうの空を眺めていた。

-第142話へ続く-
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No  715

女園秘書室-第140話-


ラスト10話!!だと思います。きっと。
決着つくか?社長+桃子+樹里VS阿東+有砂!!


第140話

「キミも通れた穴だったなら、掘るのはさぞ大変だったろうなぁ」
社長は、変なところで感心の声を上げて、目に涙を浮かべ笑っている。
それは、悲しくて流した涙を悟られないように、無理に笑ったとしか思えない笑いだった。
社長の書斎だろうか。重厚な扉の前に、桃子は立っていた。社長は、ポケットの中を探り、鍵の束を
取り出す。鍵がぶつかり合う音が、廊下に響いた。どの部屋にも鍵がかかっているわけではないだろ
うに、その量は異常だった。
中に入ると、案外と狭い部屋だ。
奥にはとても高価そうに見える木のデスクと、マッサージ器のような椅子が置いてある。
その後ろには、カーテンがついた大きな窓があった。いまは、分厚いカーテンがかかっていて外の景
色をうかがい知ることはできない。
ぴっちりと閉まっているため、光も漏れ入らない。
部屋の側面には、本棚が一面に取り付けられていて、隙間なく本が並べられている。

桃子は、部屋の入り口から中の様子を眺めて、自分には用事のなさそうな部屋だと笑った。本は、横
文字のものが多く、一生かかっても一冊も読めないだろうと思われた。日本語の背表紙の本でさえ、
書いてあることの意味すら分からない。社長は、奥に歩いていき、本棚から数冊本を抜き取った。そし
て、その奥に手を伸ばし、何かを取り出している。
「これが、彼らが探していたものだと思うよ」
それが何か興味があったので、桃子は奥に入ってみた。あまり空気の循環が良くなさそうな部屋なの
に、本は埃を被っていない。ということは、社長はこの部屋をよく使用しているのだろう。
社長が抜き取った本の棚を除いてみると、電話機の数字のボタンのようなものが見えた。「パスワード
と指紋認証でしか開かないんだよ。例えこのパスワードを見破られたとしても、指紋が合致しなけれ
ば開かないのだ」
「ふえぇ」
桃子は、感嘆の声を上げる。
指紋なんざ、怪我をしたときはどうしてくれるのか気になるところである。
が、あえてそんなことは言わずに、桃子は黙って社長の持っている紙を取り上げた。

遺言。
達筆な字で書かれている。
それは、和紙のようにざらざらしていて、厚めの紙に筆で書かれていた。古風な雰囲気が漂っていた。
桃子は、難しい字を飛ばしながら読んでいく。さらっと一通り読み終えたとき、桃子は、社長が何故、
いとも簡単に自分が社長を辞めようとしていたのかが分かった。
遺言には、自分が亡くなって五年の間に、現社長である夫には社長の職を退いてもらいたいと書かれ
ていた。そして、それと一緒に書かれていた社長宛の手紙には、その理由についても述べられていた。
「あなたは、わたしの父のわがままに付き合い、人生のほとんどを会社のために費やしてきました
ね。これ以上、会社に縛られることはないでしょう。遺産を残してあげる子供も孫もいないわたしたち。
わたしが残したお金は、それほどたくさんではないけれど、あなたが余生で楽しめるくらいはあると思
います。どうか使ってください」
そして、阿東に関しても書かれている。
「あの子は、わたしが勝手に産んだ子供です。あなたに迷惑はかけられません。ただ、あの子にも何
かを残してやりたいと。だから、会社をあの子に譲ってやってください。あなたも跡を引き継いでくれる
人がいるほうが、楽でしょう?」
と、そんな風に書かれていた。

「で、あんたは隠したんだな?この遺言を」
社長は、黙ってうなずいた。
「わたしは、彼女が残してくれたお金で悠々自適な暮らしをするよりも、まだ会社をまわしていたかっ
た。それに、ここまで大きくしてきた会社を、簡単に阿東くんに渡したくなかった。彼は、優秀だ。だ
が、会社を経営するということは、頭がいいだけでは勤まらない。わたしは、会社がつぶれてしまうの
ではないかと心配していたのだよ」
その遺言証をこの本棚の奥深くにしまい、阿東には自分がもらうはずだった金の半分を渡したのだと
いう。それで、全てが終わったかのように、きれいにしてしまった。
阿東も、けっこうな額を受け取ったからか、その場では満足していたのだと思う。
ところが、ずる賢い有砂が何かかぎまわり始める。阿東といい仲になって、社長との関係も問いただ
す。二人の間を行ったり来たりして、全ての情報を掴んだのだろうか。
最終的には、今後会社を動かすであろう阿東の味方についた。
阿東と関係を持っていれば、何か大きなものを手に入れられると思ったのだろうか。
今以上のお金、地位、名誉。
そんなくそ食らえのものばかりに目が眩んでいるのだ。

「もう、いいだろう。妻の血を受け継いでいるなら、社長の座を譲り渡しても。もともと妻はそう願ってい
たのだし。争いごとはたくさんだ」
社長は、マッサージチェアのような椅子にどっしりと腰掛け、体を委ねる。目を閉じて、体を椅子ごと左
右に揺らす。
そのうち、少しも動かなくなるまで、桃子は社長の顔に見入っていた。

-第141話へ続く-
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No  716

ルビー色。

誕生石がルビーだからか、赤色にものすごく惹かれる。
ピアスでもハンカチでも、必ず1つは赤い色を身につけるようにしているし、車や携帯も
赤色にしている。
赤の中でも、どちらかというとワインレッド系やパープル、ピンクに近い系が特に好き。
ちなみに、誕生日の宝石というのもあって、わたしの誕生日石は、レッドベリルという、
ユタ州でしか採れない貴重な石である。
それも、その名の通り、赤い石であり、わたしの好きなピンクパープル系の色をしている。
貴重な石だから、高いのは分かっていたのだけど、どうしても欲しかった。
とあるジュエリー店で水滴にも匹敵しないほど小さな欠片のような小さな原石を見つけて、
買ったのは4年ほど前。とても大切にしているものの1つである。

さて、ジュエリーの話はともかく…(いや、無理やり話を変えるけれど…)。
赤いもの(ちなみに黄緑色も)を見ると、スススと引き寄せられるわたし。
最近はスーパーに行くと、苺のコーナーに釘付けである。
(もう1つちなみに、黄緑色も好きだから、野菜コーナーを徘徊するのも好きである)
近所のスーパーでは常に4種類の苺が置いてあって、それぞれ甘みが強いのか、酸味が
あるのか、細かく表示されている。
苺を買ってはお菓子を作り。そして、薄着になるのに体重は増加傾向にある日々。
でも、お菓子作りってやめられないのよね…。

今回は、先日のシフォンケーキのデコで余ったブルーベリーを使い切るのに、ゼリーを作っ
てみた。
砂糖で煮ている最中の甘い匂いはたまらない。
苺ゼリーA

夜十時だというのに、お腹がグーグー。
煮ているときは、まだ苺の色がきれいだったけど、そのうちだんだん色落ちしてピンク色に。
その代わり、煮汁がキレイな赤色に染まる。
苺ゼリーB

ゼリーというと、ヘルシーな気もするけれど、これ、けっこう砂糖を使ったのでアン・ヘルシー
な一品。
もうこんな時間だというのに(この記事は、タイムリーでup)、次の苺を使ったお菓子は、何に
しようかすでに検討中。
恐るべし、作りたい病。
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No  714

女園秘書室-第139話-


最近暖かくなってきましたね。暖かくなると、ソワソワとどこかへ旅したくなってきます。
この小説もそろそろ終わりに近づいています。
桃子、最後のハードルを越えようと、一生懸命です。


第139話

「金をもらうなら出て行ってくれ」
阿東が言った瞬間、桃子は、勝ったと思った。
眉間にキュッと皺を寄せ、無理やり厳しい顔を作ってみせる。
「じゃ、金はいらないから出て行かないよ」
ここまで来たら、いったい何が起こっているのかを、桃子は最後まで見届けたかった。たいしたことじゃ
ないかもしれない。金持ちの単なる道楽かもしれない。自分が騙されたのなら、それでもかまわない。
けれど、ここまで関わっておいて、あとは何が起こったかわからないなんて、正直悔しいのである。

「僕は、騙されていたんだ」
阿東の精神が突然崩壊した。
足はガクガクとふるえ、有砂の肩にしがみついて、立っているのがやっとのように見える。有砂は、何
を言い出すのかというような怒った顔で、阿東を振り返る。
こわばった顔の阿東を見たとき、有砂は、肩に置かれた阿東の手を思い切り振り払っていた。
「なに、その顔?」
有砂は、阿東をにらみつける。
阿東は、もう駄目だ。そう思ったのか、彼女は阿東を突き放す。
「弱虫ね。それじゃ、いくら会社を乗っ取ったって、社長になんてなれないわ。でもね、いいの。あなた
はお飾りなんだから。実権を握るのは、このわたし。だからね、余計なことしないで」
先ほどとは打って変わって、穏やかな顔で慰めの言葉をかける。
「そうはさせない」
樹里が一歩前へ出た。
桃子はこの部屋に入ってきてから、樹里の存在をすっかり忘れていた。有砂の前には、樹里も霞む
か。いや、この二人を比べてはいけない。だいたい、いい人間は、霞んでいるのさ。悪いやつは、腹黒
くて真っ黒だから、霞むことができないってわけだ。

「あなたって、腐ってるわね」
樹里は、有砂に迫った。
よくぞ言ったと思う。今までこき使われてきたことに対し憂さを晴らすかのように、言葉遣いまで変わっ
ていく。
「何よ。あなたわたしに向かって、そんな口利けるわけ?」
有砂の声が微かに震える。
ピシッ。
空気が切れるような音がした。静まり返る部屋。有砂が頬を押さえている。樹里が呼吸を荒くして、目
に涙を浮かべていた。樹里が有砂をひっぱたいたのだろうが、それをやった本人が泣いている不思議
な光景だった。
そして、社長が口を開く。
「社長になどなるものではないな」
ポツリとつぶやいた言葉が、やけに大きく部屋に響き渡る。
「五反田さん、きみは優秀な人だ。きみの好きにするといいよ」
社長は、全員にここで待つように言い、部屋を出て行く。急激に年老いたかのように見えた。
髪は白く、歩く足はよろよろとしている。桃子は、社長のもとまで走って片側から支えた。
「きみは、本当にいいやつだな」
力なく笑う社長の顔が、痛々しくて、直視できない。桃子は、まっすぐと前を見て歩く。
「さっき、なんであたしを閉じ込めたんだい?」
社長が心配だったのもあったが、要はそれを聞きたかった。
理由によっては、少し小突くくらい許されるだろう?
なんといっても、暗い穴の中を這いつくばって、やっとの思いで地上に出てきたのだ。秘書室に入っ
て、体型が変わりつつあったから良かったものの、痩せていなかったら、穴にはまって抜け出せないと
ころだった。
「わたしが閉じ込めたと思うのか」
「いや、そうは思わないけど」
「疑ったな?」
雰囲気が一転する。言葉に力が込められ、背筋がぞくっとするような低い言葉。
「秘書失格だ」
桃子は、一気に奈落の底へと突き落とされたような気分になっていた。
自ら仕事を辞めようとするのと、失格のレッテルを貼られて会社を去るのとではわけがちがう。
「いや、あの、その」
しどろもどろになる桃子に、社長は肩を震わせ笑っている。
「どうせ、わたしが辞めたら、きみも辞めるだろう?それとも五反田さんの下で秘書として働くかい?」
ありえない話に、桃子は首を横に振る。
「だろ?ちなみに、閉じ込めたのはわたしではない。わたしは後ろからあの三人に殴られて、気を失っ
てしまったのだよ。その後、彼らがキミを閉じ込めたと思うのだ。しかし、彼らは用意周到だね。どうや
って出てきたのか聞いたら、いつか閉じ込められると思って、穴を掘っていたと言うじゃないか。まった
く用意周到な奴らだ。ま、仕事も抜かりはないから、嫌いにはなれないのだがね」
社長は、もう本当にすべてを諦めているのだろうか。

-第140話へ続く-
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No  712

女園秘書室-第138話-


お金は魅力的!でも、お金以上に大切なことはたくさんあるのです。
桃子は、それを有砂や阿東に伝えることはできるのでしょうか?
それとも、伝える前に諦めちゃう?!
社長はどっちの味方なの?樹里や小夜子は?!


第138話

そして、意外な光景を見た。
まるで幻でも見たかのように、桃子はドアの前で一瞬立ちすくんでいた。
いやらしい笑い顔。桃子は、その女を睨み付けた。
「けっ、秘書が聞いて呆れるな。そのきったない格好」
桃子は、正面で腕を組んで立っている女に対して、強気で言葉を放つ。
「プライドが高いから、その格好じゃ、外に出ていけなくて、仕方なく戻ってきたのかい?」
桃子はさらに続ける。
女は、何を言われようとおかまいなしという感じで、笑っているだけだった。
そして、言った一言は、桃子の胸を突き刺した。
「バカほど吠えるのよね」
ツンとした態度。足をより長く見せようとしているのか、右足が軽く前へ出ている。何とかコレクションと
やらで、細い通路を歩いてきて、最後に決めポーズを作るモデルのようだ。
これ以上、言い合いをする気持ちはなかった。
さきほど、桃子がまだ廊下を歩いていたときに、派手な音を立てたのは、小夜子だったようで、彼女は
ドア付近に倒れこんでいた。痛いのか、肩をしきりに撫でて、顔を歪ませている。

社長はふたたび阿東に捉えられていた。
「あんたたちって、なに?」
桃子は、思わず聞いていた。
本当に、こんなことをする理由が分からなかったのだ。
もしも。
桃子は、先ほどチラリと思ったことを、頭の中で想像した。
例えば、こいつら、皆がグルだとしたら?
あたし一人が、金持ちの道楽にもてあそばれていたとしたら?
だって、おかしいじゃないか。敵になったり、味方になったり、ぐるぐるした関係なんて。
だいたい社長だって、阿東に捕まっていても、嫌な顔一つしていない。
これは、なんだ?
あたしの頭の良さでも、確認しようとしているのか?
いったい何が起こっているのか、解決してみなさい。
そう問われているような感覚に陥った。

「あんたみたいな人には分からないでしょうね」
有砂は独り言のようにつぶやく。
「この世は結局、金なのよ。金さえあれば、何だってできる。金がすべてなの」
阿東が笑った。有砂の台詞にしきりに頷く。
「いくらあっても困らないわ」
有砂は、床においてある自分のバッグのファスナーをあけた。
さぞ高級なバッグなのだろうが、桃子にはその価値は分からない。きらびやかなそれは、少し派手
で、嫌味なほど赤い色をしている。
その中から、厚みのある封筒を一つ取り出し、有砂は立ち上がる。
「これ、あげるから、ここから出て行きなさい」
桃子の手に、その封筒を握らせる。
それが何か、中を見ずしても、桃子は分かっていた。金だ。
こういうやつらは、何でも金で解決しようとするんだ。
桃子も、お金が嫌いなわけではない。あればあるにこしたことはない。けれど、ないならないなりに、
やっていける。
お金が全てとは思えないし、いくらあっても困らないという考えには至らない。

桃子は、封筒の中身を見ずして、有砂につき返した。
「いらないね、こんなもの」
「中身を見てからのほうがいいんじゃないかしら?」
あざ笑う有砂。桃子は、金持ちに対して、憎しみがあるわけではないけれど、この女は勘弁だと思っ
た。肩を突き飛ばす。
「いらないって言ったんだ」
阿東が有砂に駆け寄り、彼女を支えた。一瞬、阿東の妻の顔が歪んだように見えた。
ふーん。
桃子は、それを冷静に見ていた。
案外脆いかもな。この三人の関係は。
阿東が有砂に優しくすれば、阿東の妻は嫉妬する。三人の共通の目的は、金ではあるが、その関係
はなかなか複雑なものだ。少し叩けば、埃がたくさんでそうだった。
埃に巻き込んでやる。そして、頭から冷や水をぶっかけて、さっぱりきれいにしてやるさ。
「金をやるから、もうこれ以上会社に関わるな」
阿東が、また封筒を桃子に突き出した。桃子は、それを丁寧に受け取る。樹里が、目を丸くしていた。
「受け取ってやるけど、ここからは出て行かないね」
桃子は、得意げに眉毛をピンとあげて、不敵な笑みを浮かべてみせる。

-第139話へ続く-
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No  713

バースデーケーキ

今月締め切りのある出版賞に応募する作品作りに没頭しすぎて、寝不足の日々が続いています。
他のことをする時間も取らずに、久し振りに燃えているところです。
新しいペンネームも決定したので、応募後に公表しようかと思っています。

ピアノの練習は、怠っていたのに、モーツァルトのソナタは快調に進み、第1楽章は終了。ただ今
第2楽章に突入しました。
第1楽章が8分音符の連続で走り回るような楽しい曲調に対し、第2楽章は緩やかなきれいなメロ
ディー。
弾いていて、自分でうっとりです(笑)

今日は、いったん小説から離れて、母の誕生日が近いので、ケーキを作りました。
友人が美味しかったと教えてくれたレシピで、チーズケーキを作ろうとしたら…。

シフォンケーキがいい!と言われて、方向転換。
主役が食べたいものを作らなければ!
シフォン焼きたて

初シフォンは、手作業でメレンゲを作ったために、あまり膨らんでくれませんでしたが、
今回の2回目シフォンは、まぁまぁ膨らんでくれて、
シフォン型抜き

デコして完成しました
シフォンデコ

デコが、きれいじゃない〜
でも、今回はこれで我慢していただきます。
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No  711

女園秘書室-第137話-


さて、桃子一人になってしまうのか?
それとも今までどおり、味方を増やすことができるのか?
社長宅でバトル再燃?!


第137話

桃子が持ち上げた蓋は、案外と軽いものでできていた。遠心力で回っているときは、グワングワンと
音がしていたが、倒れるときはさほど賑やかではなかった。蓋の開け閉めを普段からすることを想定し
ていたのだろうか。
目の前には、午前中、桃子が社長と話した庭の中のテーブルがある。そして、その奥には、社長の邸
宅。あいつら、逃げたんだな。桃子は、自分より細い三人なら、意図も簡単に逃げ出せただろうと、舌
打ちした。
桃子は、素足のまま社長の家へ再び向かう。玄関は鍵が閉まっていて、開かなかった。足の裏が泥
だらけになるのもかまわずに、桃子は庭へ回り、どこか開いていないか、窓という窓に手をかけてみる。
ところが、どこも開かなかった。
正々堂々と、チャイムを鳴らして入るしか、道はなさそうだ。
桃子は、悩んでいた。自分をあの部屋に閉じ込めたのが、社長だとしたら、社長はわたしの敵だ。
正々堂々とインターフォンを鳴らしたところで、すんなりと開けてくれるだろうか。
樹里や小夜子は大丈夫なのだろうか。
桃子は、いてもたってもいられない気分になっていた。
社長があたしを敵だと思うなら、樹里や小夜子も同じだ。あの二人が、あたしじゃなく、社長の仲間と
いうことはありえない。小夜子は、正直なところ分からないけれど、樹里は絶対に自分とは敵対しな
い。桃子は自信を持っていた。

家を半周し、裏の勝手口に来た。
冗談のつもりで、ドアノブを回す。開かないことを想定して、ノブを回した直後に思い切り引っ張ったの
で、ドアが軽く外側へ開いた瞬間、桃子はしりもちをつきそうなほど、後ろによろけた。
心臓が、今までにないくらい高鳴る。
笑わせるぜ。
辺りを見渡した。静かにしていると、ジーっという音が微かに聞こえる。
ドアの上を見ると、監視カメラが、微妙なずれもなく、まっすぐと桃子に向いている。
これでは、桃子の行動は逐一分かってしまう。
「えぇい、知るものか」
誰でも向かって来い。
倒してやるぜ。
桃子は、監視カメラを睨みつけ、指を一本一本、ポキポキと鳴らしてみせた。
覚悟しておけよ、敵。
最後に、不適な笑みを浮かべて、桃子は家の中に突入した。

相変わらず、静かな家だ。
広い家なのに、ここに実際に住んでいるのは社長だけで、昼に使用人として働いている人数も、家の
割には少ない。
いまいるのは、樹里と小夜子、社長、桃子、むかし小夜子の家にいたという家政婦の五人だろうか。
阿東や有砂は、どこへ行方をくらましたのやら分からない。あの暗く細い通路を通って、外に出て、と
っくにどこかへ逃げてしまったか。
でもなぁ。
桃子は、自分の体をしげしげと眺めた。
服は、ところどころ土がつき、汚い。
汚くなった格好でどこへ行くと言うのだろう。
有砂など、プライドが高い。汚れた服でどこかへ行けるほど自分を捨てられないのではないだろうか。

桃子は、広い家の中で、うろうろしていた。
裏の勝手口から入ったせいか、自分がどこを歩いているのかさっぱり分からない。玄関から入ったな
ら、まだ樹里たちがいるであろうリビングには、すぐにたどり着けたかもしれない。
桃子は、口笛を吹きながら、信じられないくらい長い廊下を歩いていた。
のん気なものだ。自分でも呆れていた。
社長に裏切られていたのかもしれないというのに、案外さっぱりしていられる。
悔しいとか、悲しいと言う気持ちはわいてこなかった。それは、心のどこかで社長のことを信頼してい
るからだった。
あいつは、あたしの同士。あの部屋に閉じ込めたのは、何か理由があるのさ。
突然、ガシャーンと音がして、桃子が歩く廊下の少し先の、ドアが開いた。
何かが起こっている。家の中にいるのは、あたしの仲間だけじゃないのかい?
あぁ、あの清香って女がいたね。五十キロ痩せたとかいう。桃子は、この状況なのに、自分が痩せた
姿を想像して、ニヤつく。
あの女が暴れたか?
桃子は、そのドアに向かって走っていた。

-第138話へ続く-
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No  710

女園秘書室-第136話-


相棒だったはずなのに?!まさか…社長は桃子の敵?!
悪党3人の行方を、桃子一人が追う羽目に!!


第136話

「ちぇっ」
桃子は舌打ちをしていた。社長の目の前で堂々としたので、もしこの場所に樹里がいたら、たしなめら
れていたことだろう。
あたしは、損な役回り。でも、仕方ないさ。社長の秘書なんだから。そう思って行動する自分がちょっと
だけカッコいいと思ってしまう。
守られるより、守る。桃子は、いつもそういう立場だった。頼られて、張り切るタイプの人間だ。
舌打ちしたのは、形だけで、本当は頼られていることに、妙な快感を覚えている。
じゃ、行くか。
意を決して、鍵を開け、ドアを開ける。
すぐに中に入るのは、危険だ。ドアの横に立ち尽くして、様子を伺ってみる。どこかで息をひそめてい
るのか、声は聞こえてこない。それどころか、人の動く気配がないのだ。どうしたことか。
誰かが入るのを、じっと待っていて、部屋に入ったとたんにどこからか襲ってくるのではないか。そう考
えると、なかなか足を踏み入れられずにいる。

いったんどこかへ引き上げていた社長が戻ってくる。
「逃げたかと思った」
いくら強気な桃子でも、やはり、一人より二人のほうが心強い。
社長は、懐中電灯を持ってきてくれていた。蛍光灯も、日が差す窓もないこの部屋は、本当に真っ暗
なのだ。
意を決して、一歩前へ踏み出して、部屋と廊下の境目に立った。それほど広い部屋ではない。ぐるっ
と一周光を当ててみたが、人は見当たらない。もしや。
桃子は、ハイスピードで、天井へライトを当てる。忍者ではあるまいし、天井にくっついているなんてこ
とはありえないと思ってはいたが、念のためである。
社長も首をかしげて、部屋の中を覗きこんだ。
「おい、この部屋はどこか開いてるぞ」
桃子は、一歩中へ足を踏み入れた。どこからか、スーッと足を撫でるように風が吹いてくる。
桃子は、床を踏みしめるように、部屋中を歩き回った。一ヶ所だけ、床がミシッと音を立てる場所があ
る。ここだな。
膝をついた瞬間、ドアが派手な音を立ててしまった。反応が遅れて、鍵がかけられる前にドアにたどり
着くことができなかった。
「おい」
自分の大声が、部屋中に響き渡って、耳が痛い。桃子は、顔をしかめて目を瞑る。

おかしいじゃないか?社長があたしを閉じ込めた?いったい、何のために?
そんな素振り少しも見せなかったのに。桃子は、微妙に風が吹き込むその場所を、足でコンコンと鳴ら
してみた。空洞であるかのように、軽い音。
ライトで照らしてみると、その部分だけ、人一人の幅くらいに、床に切れ込みが入っていた。それを持
ち上げたら、床の下に三人が隠れている?
桃子は、その切れ込みの隙間に手を入れようとしたが、とてもじゃない。人の手などはいるほど大きな
隙間ではない。手に持っていた鍵がちょうど入るくらいだが、鍵のような短いものでは、とうてい床を持
ち上げられやしない。
部屋の中を歩き回り、部屋の片隅にスコップがあるのを見つけた。
なぜに、スコップ?
スコップの先を、床の隙間に差し込んでみる。ぐいっと板をあげると、床の下は空洞だった。
ライトを照らしてみる。
あたしでも入れるか。
桃子は、穴の中に入ってみた。

穴は、樹里と小夜子なら二人で入れそうな大きさだった。つまりは、桃子では一人分というわけだ。そ
の穴は、ただの穴ではなかった。ハイハイをして通るのがやっとの道が掘られている。桃子は、穴を進
んでいった。
誰かが、手作業で掘ったのだろう。その穴はいびつで、時折、お尻がひっかかりもしたが、順調おおむ
ね順調だ。
「おい、後戻りできないから、どこかにつながっていてくれよ」
祈りが通じたのか、行き止まりになった場所は、また、人が一人座っていられるくらいのぽっかりと開
いた空間があった。
頭上が、何で蓋が閉められていて、どこにでるのか不安だったが、桃子は力を込めて一気に頭の上
の蓋を持ち上げた。
そこは、蒸れたような草の緑の匂いがした。

-第137話へ続く-
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No  709

女園秘書室-第135話-


意外な接点、小夜子と社長宅の使用人。
そこでも小さなバトル勃発。
そして、社長と桃子は仲間割れの危機に?!
本当に一人で戦うのか、桃子?!


第135話

かつては小夜子の邸宅で使用人として働き、金をくすねたのが明るみに出て解雇された女、清香。
桃子がかつて会ったときは、穏やかで優しそうな顔をしていたのに、いまは表情を一変させている。
それでも、こう四人もの人間に囲まれては、大人しくしておくのが賢明だろう。ピストルやナイフなどを
持っているならまた違ってくるけれど。
「吠えちゃいけないよ」
桃子は、脅すような低い声を出し、清香に迫る。
「あんた、オンナ阿東に何か言われていたんだろ?」
清香が歯をギシギシさせて、苛立っている様子が分かる。それは、何かあったことを認めた証拠だ。
フン。鼻息を荒くしただけで、清香は何も言わない。
桃子は、次第に疲れてきていた。面倒なやつらばかりだ。騙したり、騙されたり。傷ついたり、傷つけ
たり。世の中、金が絡むとろくなことはない。生活ができる金と、ちょっとの余裕があれば、それでいい
んだな。桃子は改めて感じていた。
かつて、警備員だった頃の給料の倍はもらうようになり、確かに生活は潤うだろう。でも、心はどうなん
だ?争いごとに巻き込まれ、始終金持ちのバカヤロウに振り回されている。心穏やかな日々を過ごし
ていない自分にうんざりしてきている。

何が一番大事なのか。自分は人生で何を成し遂げたくて、何を目標に生きるのか。
最近考えるテーマは重い。
金はあればあるだけいいと思っていた。金に困らないと言うことは、人の生活を潤わせてくれると思っ
ていたからだ。でも…。
こいつらを見ていると、普通が一番だと思えてくる。
争いのない穏やかな日々。馬鹿笑いをして、酒を酌み交わす。もちろん仕事はキチンと真面目にが前
提だ。

無駄な時間を過ごしているなぁと思う。
こんなことばかりしていて、給料をもらえるなんて、ちょっと間違っているだろ?
まだ四人で清香を囲う。そして、清香もうんともすんとも言わず黙りこくっている。
「えぇい、もう面倒くさい」
桃子は、社長に向かって言った。
「その鍵をちょっと拝借したいんだけど。あたしが入ったら、外から鍵を閉めて」
何をしようというのか。そういった目で全員が見る。
社長は何も言わずに、桃子に鍵を手渡す。信頼している証拠だろう。
「きみたち、意外に力持ちだからね。彼女がどこにもいかないように見張っていてくれよ」
樹里と小夜子に言い残して、社長は桃子の後ろをついていく。
「どっちが偉いんだか分からないわね」
樹里が笑う。
「でも、社長のおっしゃるとおり、桃子さんはいい相棒なんでしょうね」
小夜子の顔は、引きつった笑いだった。
それはそうだろう。笑いたいけど、笑えない事情。なんといっても、自分の屋敷で泥棒を働いて逃げて
しまった女が、目と鼻の先にいるのだから。
小夜子は、いらいらしていた。
樹里にもそれは伝わって、ピリッとした空気が流れる。
「おりゃっ」
急に構えたと思ったら、小夜子は阿東の妻を倒したときと同じように、清香に向かってチョップをくりだ
していた。白目をむいて、ソファに倒れこむ清香。
「それ、ものすごい武器ね。小夜子さん」
見た目は、ガリガリで貧弱にすら見える小夜子を、あいつなら大丈夫だと襲う人は、予想もしないほど
手痛い仕返しをされることになるのだ。

一方、桃子と社長は、例の部屋の前に立った。
「この部屋には、電気がない」
社長は手を腰に当てて、何か得意げだ。
「閉じ込められた人間は恐怖を味わうのだ」
そうか、そうか。
桃子は、三人が、特に有砂が恐怖に震えるのを想像して、笑った。
あの女だけは、どうしても好きになれないのだ。
暗闇ねぇ。あたしは好きじゃないね。黒か白かっていったら、白が好きさ。
などと、いったんは関係のないことを考えて、そして、
「うぉっ」
と、奇妙な声を発した。
「社長、バッカだなぁ」
バカといわれて、さすがに社長もムッとしている。
「だって、相手はずっと暗闇の中にいて、目が慣れているだろ?あたしたち、いまここで部屋の中に入
ったって、急に暗いところに入ったら、誰がどこにいるか分からないぜ。明らかに、あたしたちって不利
だろ?」
桃子は、どうだ?と言わんばかりに、説明をしてみせる。
「そうか」
いまさらながら気付いたと言いたげな社長。だが、次の瞬間に、
「あたしたちが入るんじゃなくて、あたしが入るんだろ?不利なのは花木さんだけであって、わたしは
なんのことやら」
と、逃げ腰になってしまっていた。

-第136話へ続く-
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No  708

女園秘書室-第134話-


さて、また新しい女との戦いが?!
ラストまで失速しないで進めるか?
桃子、また暴れる134話です。


第134話

桃子は、大きな窓を開け放ち、庭に飛び出した。
まだ残暑が厳しくて、クーラーに浸っていた体は、急にじりじりと焼きつく日差しに悲鳴をあげそうだ。
桃子は、靴もはかずに、靴下のまま庭を走り抜ける。地面は、砂利道で本当なら痛いはずなのに、そ
れを感じないほど、桃子は使命感に燃えていた。
そう、あたしは、社長の同士なのだ。
女が走る後姿が見える。
あいつは、女忍者みたいだな。この屋敷や庭を知り尽くしている。障害物を直前でかわす姿は、格好
よく見えた。
負けちゃいないぜ。
桃子は、避けきれない溶岩もどきの岩の上に登ったり、池をジャンプして通過するなど、運動神経の
いいところをみせた。
と言っても、誰が見ているわけでもない。ただ、自分に酔いしれて気持ちを高めているだけなのだ。

そらよっと。
桃子は、屋敷の門の外へ出て行こうとした女に、後ろから抱きついた。
女は、誰かがついてきていることを感じ取っていたのか、あまり驚きもせず、桃子の手を振り払おうと
する。そして、お尻を後ろに出して、桃子を担ぎ上げ、柔道で言うなら背負い投げをしようと構えた。
「あんた、知らないくせに、ワザを使うんじゃないよ。怪我するよ」
桃子は、耳元ですごんで言った。
女がビクンと一瞬震えて、力が抜けた。ヘナヘナとその場に座り込んでしまう。

桃子は、肩をつかんで立ち上がらせ、お腹に一発パンチをおみまいした。そして、阿東たちのように担
ぎ上げると、正式な玄関へ回った。靴下は、土がついたり、穴が開いて汚れていた。切れたような跡
もあり、いまになって痛みを感じる。玄関の扉が開いて、樹里と小夜子が駆けつけてきた。
「桃子さん、すごい」
と、頬に手を当て驚いた顔をしてみせたのは小夜子。
当然だわという顔をした樹里。
苦笑い気味の社長。
「花木さん、本当に彼女は、阿東派なのかね」
桃子は言葉に詰まった。その確証はどこにもなかった。
「ただの野生の勘だ」
ぷっ。小夜子が吹き出した。
「それを言うなら、女の勘ですよ」
「いえ、いいんです。桃子さんの場合は、野生の勘なのです」
と言い切る樹里。
そして、ずっと困った顔のままの社長。
この女が敵か味方か分からなかったのか、それとも、そこまで考えるほど危険な存在に思えていなか
ったか。いずれにしても、ノーマークだったことは言うまでもない。
玄関先で、一度女を床におろし、自分は汚れた靴下を脱ぎ捨てる。それはまるで靴であるかのように