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女園秘書室-第123話-


いつもなら、困っている人を放っておけないのが桃子で、放っておこうと思うのが樹里
なのに…なぜかこの日は、2人の性格が正反対に出ています。屋上には、奈々も駆け
つけ、ちょっと勘違い。そして、奈々がそれほどまでに恐怖におののいているのは何故?


第123話

樹里は、女の真後ろまで歩いていって止まった。
人差し指で、女の背中をつつくと、女は金切り声を上げた。それは空高く突き抜けるような大
声で、何歩も離れている桃子でさえ、耳を覆った。
「さ、触らないでよ。何よ、あんたなんか。わたしのことバカにしてるんでしょ」
女は、肩越しに振り返って、樹里を睨むように見つめている。髪を振り乱している様は、まるで
昔話に出てくる柳の下の幽霊のように見えた。
樹里は首をかしげた。
「誰も、そんなこと思っていないわ」
いつもの落ち着いた声だった。
「思ってるわよ。皆そう思ってるのよ。わたしなんて、死んだほうがいいんだわ」
フェンスをさらに高くよじ登ろうとする。
誰もそれを引き止めなかった。すると、女の手も足も止まる。振り向いた顔は、憎しみに溢れ
ていた。
桃子には、
「どうして、誰も止めてくれないの?」
と言っているように見えた。
状況は緊迫しているはずなのに、笑いがこみ上げてきた。舌を軽く噛んで、笑い出すのをこら
えてみる。が、我慢すればするほど、おかしくなってくるもので、桃子は一度吹き出すと、腹を
抱えて大声で笑った。

「あんたー」
桃子は、フェンスにしがみついている女に向かって叫んだ。そして、近寄って
「死ぬ気もないくせに、簡単にそういうことするんじゃないよ」
蝉やカブトムシを網戸から引き剥がすように、女をつまんでフェンスから下ろした。
女は子供のようにわんわん泣いていた。顔を隠すことなく、上を向いて、涙を流している。
「行くぞ」
桃子は、樹里の腕を取った。
「こんなやつに構ってる暇ねぇよ」
女の脇をすり抜けたとき、桃子は何かにつまづいたのか、転びそうになった。
「おわっ」
地面に足が縛り付けられたように動かない。
よく見れば、女が桃子の足を両手でギュッとつかんでいる。
「行かないでください」
涙やら鼻水やらで、もうぐしゃぐしゃになった女の顔を、桃子はたいして関心なさそうに眺めた。

あたし、嫌いなんだな。こういうタイプ。ずるいんだ。自分が悪いってことが分かっていない。責
任転嫁する。責められれば、自傷行為に走る。普段は皆のことを見捨てるくせに、いざ自分が
見捨てられそうになるとしがみつくんだ。
こういうやつには、冷たくしておいたほうがいい。
桃子は、足を大きく振って、女の手を振り払った。
「痛い」
女は一度小さな声で言った。それでも、誰も見向きしないことが分かると、次には少し大きな
声で、
「いたーい」
と言う。

そうなんだ。こういうやつは、誰にも構ってもらえないとどんどんエスカレートするんだ。
今に見てろ。どんどん声が大きくなって、そしてまた涙を流すんだ。それでも足りなくなって、
またフェンスによじ登る。だけど、そこまで止まりなんだ。フェンスを越える確立は、ゼロだ。放
っておけばいい。

樹里を引っ張って、建物の中へ入った。
「ちょっと、いいんですか?彼女、放っておいて」
「いいんだよ。樹里さんだって、あんなやつどうでもいいだろ?」
樹里は、本当は「うん」と頷きたいのだろうが、そうしなかった。樹里は優しい女だ。特に、ここ
最近人に対する接し方も変わってきた。自分が誰かに優しくされることで、心が安らいで、ま
た他の誰かに優しくできる。
「樹里さん」
階下から声がした。階段を上ってきたのは、社用車管理部の大井奈々だった。
「下からじゃ誰だか分からなかったけど」
奈々は、桃子に一瞥くれると言った。
「あなただったのね」

いや、違うだろ。
桃子が慌てて訂正しようと、奈々を見る。
奈々は、目を大きく見開いて、首を横に振っていた。
そんなにあたしの顔が怖いのかい?それ、驚きすぎだと思うんだけどな。
あたしは、お腹を空かせた熊じゃないんだ。取って食ったりはしないけど。

-第124話へ続く-

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

    2008/02/09(土) 08:00:00| 笑@会社 | トラックバック:0
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