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女園秘書室-第122話-


屋上で喚く者一人。
その正体はいったい誰?
呆れながらも、突進する樹里。
久しぶりに登場、社用車管理部の大井奈々。
同期三人衆ですが、彼女は有砂の味方?それとも樹里の味方?


第122話

電話での会話は、短時間で終わった。こちら側としては、「うん」「あぁ」などという樹里の相槌
しか聞こえないために、誰からの電話なのか、何の話なのかさっぱり分からない。
電話を切ると、樹里は桃子に向き合った。
「桃子さん、来てください。皆さんは……」
樹里は、他の秘書を振り返る。
「待機しています」
樹里がそう言ってほしいと思っているだろう言葉を彼女たちは返したのだと思う。樹里は桃子
の腕を取り歩き出した。
医務室を出る。このあたりは、医務室のほかは物品の倉庫室しかないために、薄暗い。人通
りもないので、空気がひんやりとして、雰囲気も手伝ってか、夏場でも鳥肌が立つ。
「さっきの人。どうすると思いました?」
樹里は、真剣な顔つきでコツコツとヒールの音を響かせている。けっこうなスピードでも、息が
途切れることなく、話ができる。状況は、何か緊迫したものがあるのに、桃子は自分の運動不
足を嘆いていた。
「あ、はぁ、あのさ」
返す言葉は短く、息遣いが荒い。
「こんなときに、笑っている場合じゃないんですけど、笑っちゃいます。犬みたいで」
樹里は、口元に手をやりクスクスと笑い出す。
笑っている場合ではない。そうか。何か起こったのか?

樹里がエレベーターホールで立ち止まった。
上向きの矢印のボタンを押す。
秘書室に戻るのだろう。なかなか来ないエレベーターにいらだっているかのように、樹里はそ
の場で足踏みをしている。彼女がこれほどまでに落ち着かない様子を見たことがなかった。
よほどのことか。
「奈々さんからでした。屋上でわめいている人がいるって」
樹里は、何の話か分かるように、携帯電話を振って見せた。
どうやら先ほど電話をかけてきたのは、有砂と樹里とともに隙なし鉄壁女三人組として、桃子
が要注意人物として認識していた社用車管理部の大井奈々のようだ。
「誰だか分かりますよね」
「分かるさ。車の運転がうまい奈々さん」
桃子が言うと、樹里はまた笑った。
「ふふ。奈々さんのことは分からなきゃ、困りますよ。まだ老人じゃないのですから。わたしが
言っているのは、屋上でわめいている人のことです」
言い終わると同時に、ゆっくりとした調子であがってきたエレベーターの扉が開いた。
エレベーターに乗り込む。樹里は、秘書室を通り越し、一番上の階のボタンを押した。途中誰
にも邪魔されず、二人は最上階へスムーズに行くことができた。そこで降りると、今度は、非
常階段の扉を開ける。
目指すは屋上のようだ。つい先ほどまで自分たちがいた、のんびりとしたあの場所に、いった
い誰がいて、わめいているというのだろう。
阿東や有砂ではあるまい。あの二人は、何があってもあわてふためいたりしないだろう。自分
たちは非の打ち所がない人間だと思っている。あのような自信過剰なやつらは、取り乱したり
しない。
社長か?いや、彼もまた別の意味で、あわてるような人間ではない。冷静に物事を判断する
ことを桃子は知っている。
すると、カフェであった例の営業一筋男か?
その可能性は充分ありえた。
命を絶つという社長の想像が現実となって、屋上に立ち、そして最期に自分の思いをぶちまけ
る。ありそうなことだ。

屋上への扉を開ける。
外へ出ると、そこは人二人が立てば、いっぱいになるくらいの通路でしかない。大きな体の桃
子と痩せている樹里。二人が重なってちょうどいい広さのスペースだ。
通路は左右に分かれ、左側は広場のようになっている。先ほどまで桃子と樹里が寝転んでい
た場所だ。右側は、タンクなどがあって、落ち着ける場所ではない。
樹里は、迷いなく左に進んだ。
女の声が聞こえてくる。
「あいつだわ」
樹里が言った。それは、呆れているかのような声だった。
あいつ?誰だ?
桃子は、フェンスによじ登ろうとしているその女の後姿を確認した。
「なんだ、あいつかよ」
それは、つい先ほどまで皆で問い詰めていた相手、経理部の赤城という女だった。
「死んでやる、死んでやるぅぅ」
涙声である。フェンスをよじ登りそうで、登りきれないその後姿は、壁に張り付いているとかげ
のようで、なんとも滑稽だった。
「死ぬ気なんてないくせに」
ハァ。深々とため息をついて、樹里は躊躇なく彼女に近づいていった。

-第123話へ続く-

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

    2008/02/07(木) 17:30:30| 笑@会社 | トラックバック:0
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