樹里が会社を辞める…。
仲良しの友人が会社を辞めるとなると、なんとなく寂しいもの。
でも、前を向いて歩いていこうとしているから、止められない。
きっと、大丈夫。会社を離れても、友達なんだ。
っと、その前に打倒阿東が課題ですが…。
第118話「やっぱりか」
理子の第一声は、樹里と同じ感覚を持ったことを意味していた。
「会ったときに、なんとなくあんたには縁を感じたんだ。会うことが決まっていたんだな」
男っぽい理子が、照れて笑う姿は、女だった。
樹里の父親だけが、首を傾げている。
「お前たちは、どうやって知り合ったんだい?」
二人は、顔を見合わせて笑った。
三人は、リビングで意気投合した。
樹里と樹里の父親は、ワインを飲み、理子は焼酎をあおっている。
リビングは酒の匂いが充満して、つまみを作っている家政婦の亜樹は、自分が飲んでいない
のに酔っ払いそうだと笑った。
理子と樹里の父親の出会いは、病院だった。
まだ警備員をしていた頃、突然のめまいと吐き気に襲われて、運ばれた病院の急患担当が
樹里の父親だったのだ。数週間入院している間に、理子は自分の生い立ちまで話すほど彼に
信頼をおいていた。理子の話を聞いている途中、樹里の父親は、むかし訪ねたボロボロのア
パートを思い出していた。境遇が似ているような気がした。藍子がかつて愛した男と、樹里を
生む前に生んだ女の子。彼女ではないだろうか。
最初は、黙って何度か食事に誘った。
「変な意味で誘っているわけじゃないんだよ」
恋愛感情を抱いていると勘違いされないように、樹里の父は理子に言っておいた。
「当たり前だろ。変なことしたら股間蹴り上げるから」
二人はときどき会って、樹里の父親は、なんとか母親の名前を聞き出すことに成功した。
「わたしにはあまり記憶にないけどね。父ちゃんが酔っ払うと、いつも藍子って言うんだ。だか
ら、藍子っていう女だったんだろうよ」
かつて住んでいた場所も、一緒だった。
間違いない。彼女は、藍子の子供なのだ。
確信を持った彼は、理子に全てを打ち明けた。
「うちで一緒に暮らさないか」
とも誘った。
「うちに一人娘がいるんだ。彼女は、誰にも心を開かない。扱いにくい年頃だし、きみが一緒
に住んでくれれば助かるんだけど」
そう言われて、理子は嬉しくないわけではなかった。何年も一人でがんばってきたのだ。誰か
に支えてもらいたいという気持ちは、いつも持っていた。
それでも、願うものは手に入らず、一人でやってきた結果、強い女が出来上がっていた。
ただ、何も知らない他人と生活することのほうが、理子を不安にさせた。そして、心を閉ざして
しまっているという女の子のことを、どう扱っていいのかも分からない。
父は違えど、突然「姉だ」と言って住み着いて、これまでの生活を変えてはいけないのではな
いだろうか。
悩んだ挙句、理子は、一緒に暮らすことを断った。
それでも、そうして誘ってもらったことに感謝し、年に三、四回は病院に顔を出すようになって
いた。
「なるほどね」
樹里は、過去の二人の知り合ったいきさつを聞いて、うなづいた。
「そのとき理子さんが来てくれていれば、わたしの青春時代はもっと楽しかったかもしれなか
った」
頼もしい姉の存在があれば。
でも、それはいまだから言えることなのかもしれないとも思う。
外も中も荒れていた時期に、母親が同じというだけで見も知らない女が一緒に暮らし始めるの
を、当時の自分が許せたかどうかは分からない。
「でもな、人は出会うタイミングで、相手への愛情も違ってくるもんだ」
理子は、焼酎を片手に持ち、口元でゆっくりグラスを傾ける。
理子の言葉に耳を傾けて、樹里はそっと昔を思い返す。もし、あの頃理子がいたら。
「いまは、むかしのことなんか考えるんじゃないよ。出てくるのは、恨み辛みばかりだろう?そ
れは、いまあんたが充実していない証拠でもあるんだよ」
理子の声が次第に大きくなる。
「いまが楽しくて、充実していれば、例えばむかしのことを思い出したとしても、それほど苦痛
じゃないのさ。分かるかい?あたしが言っていることが」
「わたしがいまの生活に満足していれば、過去の辛いことを思い出しても、笑い飛ばせるはず
だっていうの」
「くぅぅ、いいこと言うなぁ。理子さんは」
桃子は、両手で頬を挟み、唇を尖らせている。
樹里が、こらえきれずに笑い出した。それは、数秒続いた。あまりにも大きなその笑い声は、
空に舞って、遠く彼方に吸い込まれていった。
「こんなふうに笑って生きていきたいんです。だから、この会社を辞めたいのです」
-第119話へ続く-
テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
2008/01/29(火) 12:00:00|
笑@会社
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