人間関係を語る渚。
何かを決心した樹里。
憤る桃子。
女性たちが熱くなっています^^
第115話医務室にいる秘書たちは、持っている情報をすべて出し合った。その中でも、桃子が提供した
情報は、他の秘書たちにとても衝撃を与えるものだったようだ。樹里は、ある程度のことを社
長から聞いていたものの、阿東の妻が社長宅に出入りしていることなど、まったく知らなかっ
たのだ。
桃子が驚いたのは、渚の話だった。
渚は、樹里と同じく副社長の秘書である。
「わたしが秘書をしている副社長は、わたしの実の父なのです」
桃子は、もともと丸い目をさらに丸くした。決して笑える話ではないのに、そこにいた他の秘書は、
桃子の驚愕の顔を見て笑った。
「父は、会社にすべてを注ぎ込みたいって、それだけの理由で、わたしが小学生の頃、母とわ
たしを捨てたのです。母は泣く泣く離婚を認めたのですが、父のことが気がかりで。それに、
心から愛しているんでしょうね。近くにいたいといって、会社の裏に喫茶店をオープンさせたの
です。そんなこと、父は気付いていないでしょうけどね。これだけ近くにいたって、わたしのこと
すら気付きやしないんだから」
渚はいつの間にか、涙目になっていて、丁寧な口調はどこかへ消えてしまっていた。話の内
容は、それだけ興奮するものだったのだ。
なぜそれほどまで、会社に執着する必要があるのだろう。この会社が、それだけ素晴らしい会
社なのか?それとも、会社のどこかに埋蔵金でもあって、それを狙っているのか?
社長になって会社を動かすって、大変だぞ。神経磨り減るぞ。それでも、社長になりたいのか…。
桃子は、腕を組んで悩んでいた。
「男の人には魅力的なんですよ。仕事に没頭するということ。会社を動かすということ。それ
が、大きい会社ならなおさらです。そして、その立場を手に入れられるほど近くの地位にいる
人ほど、そういった欲望はあるはずです」
樹里にはいつも考えていることが手に取るように読まれているような気がする。口に出さずとも、
樹里は明確に答えを出してくれるのだ。
頭の中に、阿東の顔がポッと浮かんだ。
樹里の遠い目が気になる。彼女もまた、阿東の顔を思い浮かべただろうか。
「それが、努力以外のことで達成させようとしたとき間違いが起こるのです。今回のように…」
樹里は、息苦しそうになっていた。悲しみをこらえているのだろうか。それとも流産したことで
どこかが痛むのだろうか。
「うちの副社長だって、隙あればって思っているもの」
樹里が言うと、渚も続く、
「あら、うちの副社長だってそうよ」
あっけらかんとして言うので、空気は少しだけ柔らかくなった。
「こんなところで、張り合っても仕方ないわ。わたしはもう秘書じゃないし」
「営業部なんて行くことないぞ」
桃子は、樹里の肩をがっちりと掴んだ。
「あたしが、あんたを秘書室に戻してみせる」
あ、あたしは何て勇敢な女なのだろう。一人酔いしれる桃子であった。
しかし、せっかくの勇気を、桃子は数秒と経たないうちに、打ち砕かれていた。
「もういいんです」
樹里は、まだ左腕にさげていたバッグから一枚の封筒を取り出した。
「朝、わたしが営業部へ異動させられていると、渚さんから連絡をもらいました。わたしは、秘
書でなければ嫌だというわけではないのです。ただ、このまま阿東さんの言いなりになるのだ
けは避けたかったのです。わたしだって、意志もあるし、感情もあるんだってわかって欲しい」
樹里は、ベッドの上に伏せてしまった。肩が大きく震えている。
ベッド脇に落ちた封筒。桃子は、近づいてそれを拾い上げた。
ゆっくりと裏を返す。
黒いしっかりとした字で、「退職願」と書かれていた。
渚をはじめ、そこにいたもう二人の秘書が、桃子の肩越しにそれを覗き込み、息を飲む。
「あとぅー」
桃子は、思い切り叫んだ。それは、轟音だった。地が響くほどの大声に、皆が耳をふさぐ。樹
里は泣くのを止め、耳に手を当てながら、桃子を振り返る。
「ぎょっ」
らしからぬ声を上げる。
下から見上げた桃子の顔は、鼻がピクピクと大きくなったり小さくなったりと激しく動き、眉は
釣りあがり、目玉が飛び出しそうなほど大きく目を開け、まるで秋田のナマハゲのように見えた。
「桃子さん、だめぇ。その顔は…」
樹里に抱きつかれた桃子は、鼻をフンと鳴らす。
「女じゃなくなっていましたから」
樹里は、エステのマッサージのように、正面から桃子の頬を伸ばしたり、縮めたりほぐすのだった。
-第116話へ続く-
テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
2008/01/23(水) 12:00:00|
笑@会社
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