社長と阿東と有砂と樹里。
複雑に絡み合う関係と、交錯する思い。
これをどう決着していくのか…。
桃子はどう関わっていくつもりなのか。
エンディングに向かっていく予感の第109話です。
第109話「多分、阿東くんは、わたしを社長の座から引き摺り下ろして、自分が実権を握ろうとしている」
「どうして分かるんだい?」
桃子は、完全に目の前のこの人を、社長として見ていなかった。
そして、社長もその桃子の態度に、何を思うでもなく、返答をしていた。
「阿東くんは、わたしに直接働きかけるのではなく、有砂に近寄った。わたしたちの周りを始終
嗅ぎまわっていたから、関係に気付いたのかもしれないね。有砂は、次第にわたしの身の回
りを探るようになった。他の女の匂いにも敏感になった。最初は、まったく気付かなかったけれど」
社長は、言葉を濁した。
阿東と有砂は埃を叩いて、何か大きな事柄が出てくるのを待っていたのだろう。
「わたしは、気付かない振りをした。態度を変えることなく、こちらからも彼らの様子を探らなけ
ればいけないと思った。そのため、彼女を巻き込んでしまった」
太陽の光に照らされたグラス。
黒色の珈琲の中に沈んだいくつかの氷は、その形を小さくしていく。その代わりに、グラスの
外側は、大量の汗をかいたかのように、水滴がたくさんついていた。
それを撫でては落としていく。石のテーブル上に、小さな水溜りが出来て、それを指で広げて
いく。社長は、その一連の動作を、何度も繰り返していた。
目はどこかうつろげで、歪んでいた。
社長の言う彼女とは、いったい誰なのだろうか。桃子は、社長の指を視線で追っていた。
そして、その指が何かの文字を書いていることに気付いた。
桃子は、テーブルに肘をつき、片方の手を額に当て、視線を遮った。どこを見ているか、社長
に気付かれないようにするためだった。
「福井」
社長の指は、確かにそうなぞっていた。
巻き込んだ?社長が樹里を?
そうすると、阿東と樹里が付き合っていたのは、社長の差し金なのか。
いや、ただの差し金なら、樹里は子供まで産もうとしなかっただろう。刺客として送られておき
ながら、好きになってしまったのだろうか。
樹里の顔を思い出すと、涙が出そうになる。桃子は、額を押さえた手で、目の辺りを拭った。
涙が出ていたわけではなかったけれど、ついそういう行動に出てしまった。
社長の指が止まる。顔を上げた。
「いい目をしている」
社長が微笑む。桃子は、笑っていなかった。むしろ、目に力を込めて、社長をにらみつけてい
た。その目を褒めたのだろうか。
「樹里さんに何をしたんだ?」
聞くまでもないことだったかもしれない。社長の口から出た言葉は、情報収集のために、樹里
を阿東の元へ送ったということだった。
樹里が以前言っていた言葉を思い出す。
「最初は、心を許さなかった阿東に対して、次第に何でも話せるようになっていった」
最初は、社長の命令に従順にしていたのだろう。そのうち、情が沸いたのか、阿東のほうが
一枚上手だったのか、樹里が心惹かれていった。それは、樹里の複雑な家庭環境も影響した
だろう。
もし、普通に愛情を注がれて育った者ならば、阿東に心惹かれることなく、社長の命に従うこ
とができたかもしれない。樹里のように、人からの愛情に飢えていた者にとって、少しでも自
分の話を聞いてくれる人は、有難い存在なのだ。
「バカヤロウ」
自然と言葉が出た。
それは、多数の者に向けられた言葉だった。
阿東に樹里を差し向けた社長。
自己保身のために動く阿東。
どちらにもいい顔をして、何を企んでいるのか分からない有砂。
そして、行き場を失くした樹里。
桃子は、すくっと立ち上がった。
「どうするんだ、これから」
社長を見下ろす。
グラスに手を添えて、親指を上下に動かし、水滴を弾いていた。
それが、何とももどかしくて、桃子はテーブルをノックする。
社長が顔を上げた。
「もう、いいと思っているんだ」
その真意が分からず、桃子は首を傾げる。
「阿東くんに会社を渡してもいいかと思ってるんだ」
突然の弱気な発言に、桃子は握り締めたこぶしを力なく下におろしたのだった。
-第110話へ続く-
テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
2008/01/11(金) 12:00:00|
笑@会社
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