温かい珈琲を挟んで、暖かい会話を?!
なわけはなく、これから社長の過去が明らかに。
そして、それを聞いた桃子はどうするのか?
社長に同情?それとも、渇?
第101話社長には、特別な魅力がある?
桃子は、少しずつ食べ物に手をつけながら、社長の顔を見、話に聞き入った。
「社長になんかなるとね、悪いことも悪いと思わなくなってしまうものだよ。人を人とも見れなく
なる。俺の言うことは絶対だなどと偉くなった気分になってしまう」
社長は、すっかり気落ちしたような顔をする。
「わたしが社長になったのはね、女房のお陰なんだ」
桃子は、首を傾げた。
「あれはわたしを救ってくれたのだと思っていた」
手についたクッキーのかすを、薄いナプキンでふき取る。あまり強くこすると、破けてしまいそ
うなほどそれは柔なものだった。
案の定、ナプキンは真ん中が裂け、社長は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「むかしから負けん気の強かったわたしは、いつも何事にも先頭に立たなければ気が済まな
かった。学生時代からビジネスを始めて、金を儲けるすべを学んで、人も使ってきた。それが
何よりの楽しみだった。会社はどんどん大きくなっていった。この白旗とも取引をしてもらうこと
になり、わたしは始終ここに出入りするようになった。そして、女房と出会ったんだよ」
自身の過去の記憶をたどっているときは、いつものように、険しい表情はなく、穏やかに見えた。
同じ人間なんだな。
偉い人にも、過去がある。それは当たり前のことだけれど、想像はつかない。
珈琲がぬるくなった。
近くを通りかかった店員に、声をかける。
桃子の開いたカップにも目を配っていたのか、社長は同じものを頼んでくれた。
「緊張すると、喉が渇くな」
額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「社長でも、緊張することがあるんですね」
桃子は、笑った。
社長も、それにつられるように、笑った。
「きみは、いいよ。まっすぐで、実にいい。女らしさには欠けるし、語学も堪能ではないがね」
そう言ってから、社長は続きを話し始めた。
「女房は、前社長の娘だ。前社長に紹介されて、付き合うようになり、結婚した。わたしには、
女房のことが好きという気持ちもあったが、うまくいけば社長の座につけるかもしれないという
期待もあった。自分の会社は、他へ譲って、わたしは白旗に入ったんだ」
自分の会社を他人に任せてまで、この会社は魅力があるということか。いったい、どこにそれ
ほど惹きつけられるのだろう。
「わたしは、身を粉にして働いた。社長になりたい一心だった。家庭など顧みなかった。社長も
それでいいと言ってくれた。ほとんど家に帰らないわたしを、女房は支えてくれた。そう思って
いた。ところがどうだ」
暖かい珈琲が運ばれてきて、話は一時中断した。
まだ暑い日が続くというのに、暖かい珈琲を飲む。
以前の桃子には考えられないことだった。暑い日は冷たいものを飲む。寒い日ですら、冷たい
もののほうがいいときがある。
暖かい珈琲が、心を暖めてくれる。そして、醜い感情が溢れたこの世界から、遥か彼方に連
れ出してくれるものだった。目を開ければ、それは実際の世界だが、空想に浸ることができ
る。それだけで幸せな気分を味わえるのだ。
「きみを今夜誘ったのは、きみの率直な意見を聞きたいと思って、全てを話そうと思ったからな
んだ」
「わたしには……」
桃子は、謙遜する。たいそう大掛かりな話になってきたと、不安になる。人一人どうにかなっ
てしまってもおかしくないくらい、スケールの大きな話だ。現に、樹里など魔の営業部に左遷さ
れてしまっている。
「社長が知ってのとおり、あたしは、頭も悪いしどうしようもない。だから、話を聞いたところで
アドバイスできないと思うんです。でも、話を聞くだけならできるし、協力できることがあれば、
何でもします」
タメ口と敬語が入り混じる。
社長を目の前にしても、この態度なのだ。きっと、どれだけ偉い人が目の前に現れても、桃子
の態度は変わることはないだろう。
そして、それをやっかむ人もいれば、裏表がないと好印象を持つ人もいる。相手によって、感
じ方は様々だ。
桃子の真剣な表情に、社長は何も口を挟むことはなかった。
「やっぱりきみは、頼りになる。その辺の男より、よほどね」
その言葉に、桃子は白い歯を見せながら、ニカッと笑ったのだった。
-第102話へ続く-
テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
2007/12/12(水) 12:00:00|
笑@会社
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