今回は次の対決への準備です。一触即発ムード漂う、有砂と桃子ですが、桃子はだいぶ
成長したので、これくらいのことも、なんのその!
向かった社長室では、ちょっとした悲劇が、彼女を襲います。
このところなかった、笑ムードも漂う第94話です☆
第94話いま移動させられるわけにはいかないのだ。
いったんはそう思い、阿東に対して丁寧な対応をしてみたが、次の瞬間には嫌気がさしていた。
まず第一に、樹里のことを思い出したら、無性に腹が立った。第二に、桃子は社長に認められて
この会社に入り、社長秘書となった。阿東が桃子のことを嫌ったところで、簡単にクビにできる
はずがない。
あ…でも。
副社長が樹里のことを高く評価していたにもかかわらず、樹里を営業へ追いやったということは、
役員の意思意向は関係ないということか。
急に睨み付けるような顔をしたり、媚びるように笑ってみせる。
有砂は、それに気付いていたのだろう。クスクスと小声で笑っている。
阿東は、苦虫を噛み潰したような顔だ。きっと笑いたいに違いない。笑わせてやろうか。
笑え、笑え。
「…さん、…子さん」
何やら遠くから呼ぶ声がして、振り向いた瞬間、
「桃子さん」
大きな声が耳元で響く。
いつの間にか、有砂が桃子の背後に立ち、書類を脇に挟んで腕を組んでいる。
「いつまでも妄想でニヤニヤしていないで。社長室に向かいますよ」
有砂が、秘書室全体に聞こえるような大きな声で言う。
これしきのこと、むかしは恥ずかしくもなく、何か言い返していたものだが、いま、この秘書室
という中では、何一つ気の利いた返しができない。
桃子は、一言謝った。
その後の秘書室の雰囲気は、いつもと違った。この前までなら、ここで全員が軽く失笑すると
ころだろう。それが、誰も笑い声を立てなかったし、見た限りでは、笑みさえ浮かべていなかった。
俯き加減の秘書たちを尻目に、笑ったのは、有砂だけだった。
「皆さん、今日はお葬式みたいね」
そして、身を翻すと、秘書室を出て行った。
スッ。
右側に風を感じた。一瞬だけ、スッとしている間に、阿東が無言で風を切るように歩いていく。
そして、有砂の後を追うように、秘書室を出て行った。
秘書室のメンバーにとって、阿東と有砂は、いつも緊張して接しなければならない相手だろう。
二人が部屋を出て行ってしまうと、部屋のあちこちから、ため息が漏れる。
桃子は、二人の後を追いかけようと、早足で廊下に出た。
廊下に出て、左に歩いていけば、エレベーターホール。
そこには誰もいなかった。
右に歩いていっても、隠れるような場所はない。
もう社長室へ行ってしまったのだろうか。エレベーターがこの階へ戻ってくるのももどかしく、桃子は
非常階段を上った。
社長室の前に立つと、大きく深呼吸をしてから、二度ノックをする。
「誰だ」
中からすぐ返事があった。
「花木です」
厚いドアの壁に声が吸収されないように、これでもかというほど大きな声を出す。
「入れ」
入室の許可を得てから、もう一度深呼吸をしてみる。むせた。蛙の鳴き声のような声を上げたり、
咳き込んだりする。最後には涙が出てきた。
その間、多分、数十秒。
ドアノブに手をかけたままの桃子は、急に内側から開いたドアに引きずられるように、社長室
の中へ入ることになった。
うわっ。
「いったい何をしているんだ?ノックしたらすぐ入ってくるものだと思っていたら、急にむせ始めた。
わたしはきみが、発作でも起こしたのかと思って、心配したんだ」
見上げると、社長が薄ら笑いを浮かべている。それもそうだろう。
いい年頃の女が、ピシッとしたスーツを着ているのに、ドアに引きずられた上に、ドアノブを掴
んでいた手が離れて、ようやくその場にとどまったこと。そして、巨体を床の上に、寝そべらせ
ていること。例えどんな状況でそうなったとしても、薄ら笑いという反応は正しいだろう。
そのような状況の中でも、桃子は、部屋の中をさっと見渡した。まるで、自分が優秀な刑事に
でもなったような気になっていた。探すは、有砂と阿東の姿。
社長室とて、何人もが住んでもいいくらい広いわけではない。だから、さっと見渡した範囲にい
なければ、その部屋にはいないと判断しても間違いない。
だから、いないのだ。
「社長、あの、相談が。いや、話が」
副社長が駄目なら、社長になんとかしてもらうしかない。
-第95話へ続く-
テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
2007/11/28(水) 12:00:00|
笑@会社
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