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女園秘書室-第92話-


久しぶりの会社。そして、戦いの火蓋がきって落とされる第92話!
(今回ちょっぴり長めです^^;)


第92話

運命の一日が始まる。とは、大げさだろうか。
週明けの月曜日。朝から青空が広がり、それだけでも気分は高揚する。
気持ちよく、果てしなく広がる青色を見ていると、自分がどんなことでもやってのけられるような
気がして、胸が高鳴る。
笑っている自分がいることに驚く。会社から離れた数日間。暗いことがたくさんありすぎた。
そのどれもが解決などしていないまま、仕事に就かなければならない。それなのに、笑みを浮
かべている理由は、空が青いからだけではなかった。
この数日間で、桃子は痩せていた。
ぴったりしていたスーツに、若干の余裕ができたのだ。
昨晩、背中に見えていたものは、それまでは脂肪に覆われていた骨だということに、この時点で
初めて気付く。
樹里の豪邸で、豪華な食事にありついたり、先輩である理子と飲みにいってたらふく食べたと
いうのに、痩せていた。
「悩み事のせいかい?」
桃子は、鏡の中の自分に問いかける。
それまでの生活で、悩みが一切なかったわけではない。
しかし、ここ最近では他人のことでこれほど考えさせられたことはなかったし、思い苦しんだこと
もなかった。
悩みは人を一回り成長させる。
とは言うが、桃子はもう一人の自分に言い聞かせた。
「悩みは人をきれいにさせるのさ」
自分に向かってブイサインを出す。
とりあえず、何からどうしようか。
玄関の鍵が、桃子の手のひらの上で小刻みに小さく飛ぶ。
軽快でいる証のように、それは軽やかだった。

会社の最寄り駅に到着し、売店に駆け寄る。
狙いはただ一つ。栄養ドリンクだ。
腰に手をあて、ドリンク剤を持ったまま右腕を高らかとあげる。
それは、中世の絵画に描かれている馬に乗った将軍が、剣を持って敵に向かう様によく似ていた。
「戦士だ」
そうつぶやいてから、桃子は、小さな瓶に入った液体を一気に体の中に流し込んだ。
美味いとも不味いとも言いがたい不思議な味が、喉を通ると、それだけで力を得たような気持ち
になった。

いつもより早めの出社にもかかわらず、秘書室には多くの秘書が集まっていた。
そして、いつもならそれぞれの役員室へ向かって雑用をこなす彼女たちが、秘書室の中で息を
殺していた。
「おぁぁっす」
いままでのうっぷんを晴らすべく、桃子が威勢よく、男勝りに挨拶をして入っていっても、誰も
咎めないし、笑いもしなかった。一度は桃子の顔を見た彼女たちだったが、次の瞬間には、隣
同士顔を見合わせて、その後はうつむいた。
ちぇっ、なんだよ。この葬式みたいな雰囲気。
桃子は、入り口付近で立ち止まったまま、舌打ちをした。何かおかしい。ある者は俯いたまま。
ある者は、隣とひそひそ話し。
休暇を取っている間に、何かあったのだろうか。

秘書室入り口付近の席で、桃子に背を向けた状態で座っていた榛原未来が、突然振り返った。
「あの、あの。花木さん、皆さんにお茶でも」
立ち上がって、自分の倍以上の体格であろう桃子を、廊下へ押し出す。
何とかバランスを保ちながら、廊下へ出て、桃子は突発的に押しやられたこと対する怒りよりも、
この小さな未来の力に感心させられた。
やっぱり秘書ってのは、どれだけ痩せているように見えても、体力があるのだなと。
未来は、桃子を給湯室へと導いた。
トレーを二つ出し、その上にテンポ良くマグカップを乗せていく。
キャラクター物もあれば、陶芸家が作ったようなシックなものまで様々だ。
未来は、黙り込んだままお茶を淹れる。
そして、一つのトレーのお茶淹れが終わったころ、初めて口を開いた。
「樹里さん、どうなってしまったのでしょう」
未来の目は、心配をしているように見えたが、少し微笑んでいるようにも見えた。
その表情に、背筋が寒くなって震える。
「どうなってって、何かあったのか?」
「見てないんですか?告示のボード」
桃子は、首を傾げた。

全員にお茶を配った後、未来は告示版がある場所へ連れて行ってくれた。一階のエレベーター前
にそれはあった。いつも使用している場所なのに、そんなものがあったことに気付かなかった。
そこには、何枚か紙が貼られていて、そのうち一つに「福井樹里」という名前を見つけた。

「人事異動。秘書室・副社長秘書福井樹里を本日より営業部海外事業課へ転属とする。秘書室・
榛原未来を本日より副社長秘書とする」
と書かれていた。
嫌がらせだ。もう樹里はお払い箱ということだろう。用がなくなったとでもいうのだろうか。
未来がほくそ笑んだ理由も良く分かった。自分が副社長秘書へ抜擢されたのだ。嬉しいに決
まっている。
桃子と未来は黙ったまま秘書室に戻った。
そこには、すでにパソコンを打ち鳴らす有砂の姿があった。無表情だった。目の前に立ち、有砂を
見下ろした。目は怒りに燃えていた。心臓は早鐘のように打ち、握り締めた手からは汗が
滲んでいた。
「席に着いたらどうですか?」
顔も上げずに、有砂から言われると、怒りが爆発しそうになった。
何とかそれを治めたのは、いまここで感情のままに怒りをぶつけても、自分が有利に立てるとは
思えないという理性的な判断からだった。
無言のまま席に着く。二人の間に挟まれたパソコンで顔が隠れる直前に、もう一度桃子は有砂の
顔を見た。
笑っていた。
悔しさがこみ上げる。
どうしてやろう。

樹里はこのことを知っているのだろうか。
休みの連絡を入れた時点で、聞いているのだろうか。
副社長はどう思っているのだろう。
社長は。

桃子は立ち上がって、秘書室を出た。
行き先は、決まっていた。

-第93話へ続く-

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

    2007/11/24(土) 08:00:00| 笑@会社 | トラックバック:0
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