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No  632

女園秘書室-第88話-


樹里の気になる行方。
見守る桃子、亜樹、お父さん。
これまでは誰にも想われることなく過ごしてきた樹里に、頼もしい味方が
できました。
複雑な思いを抱えた4人が再び勢ぞろいの第88話!!


第88話

暗闇の中、どこかを彷徨っている。
それがどこなのか分からない。
風が強く、木々のサワサワした音が大きくて、微かな声も聞こえない。
そんな映像が頭の中に浮かんでくる。嫌な予感だ。
いや、予感なのかどうか。
ここ最近立て続けに起こっている、樹里の心境や過去がグッと頭の中に映し出される現象が、
またも桃子を襲っていた。

しばらくして、庭の背の低い木々に囲まれたちょっとした空間に倒れている樹里を見つけたのは、
桃子だった。
見つけても、あえて大きな声で叫ばず、ゆっくりと樹里に近づいた。
死んでいるわけはないと思う。
おなかを抱えてうずくまる姿勢。額に手を当ててみる。
少し熱かった。
風で飛ばされてきただろう葉を、頭から取り払う。頬についた土をそっと撫でて落とす。
顔は温かい。
「あたしは、あんたの王子かい」
ふっと微笑むと、樹里を抱き上げる。
「うーん」
小さい吐息が漏れる。
「甘えた声出して。あたしは阿東じゃねぇぞ」
桃子はつぶやくと、樹里を家の中へ連れて行った。

樹里の熱は見る間に上がっていった。父親の応急処置があって、自室のベッドに寝かしつけ
られている姿は、痛々しかった。
なぜあんなところにいたのだろう。
桃子は、部屋の片隅にある椅子に座って、遠くから樹里を眺めていた。
裸足で外を歩き回ったせいで、足首から下に何箇所か擦り傷があった。
いまは消毒され、白い足に、赤い線がにじんで見えている。もう血は止まっているはずだから、
にじんでいるように見えるのは、自分の目がじわじわと涙を溜めているからに違いなかった。
樹里の横たわるベッドの傍らに座り込み、手を取って必死に看病する父親。
責めることは簡単だが、責めたところで何もいいものは生まれてこない。
大柄なくせに、今は小さく見えるその後姿を眺めるのにも涙が必要だった。

父親の携帯が何度か鳴り響き、彼は申し訳なさそうな顔で、桃子を見る。
眉が八の字のように垂れ下がっている。
「樹里を任せても良いかな」
病院からの呼び出しなんだ。
彼は、桃子の返事を待たずして立ち上がる。
桃子は、軽くうなづいて、部屋のドアを開けた。音をたてないように、そっと、ゆっくりと樹里の
父親のために、そうしたのだ。
薄暗い廊下に出る。
彼は、桃子の肩に、その大きな手をどっしりと置いた。
大きなことを頼まれたような気がする。
「分かったよ」
ようやく返事をすることができた。

父親が去ったあとの椅子には、亜樹が腰掛けていた。
桃子は相変わらず、部屋の片隅で、何をするでもなく、ただジッと樹里に見入っている。
亜樹とも会話はなく、そのうちウトウトし始めた。
「もういいか。あいつも寝ちゃってるみたいだし、亜樹さんもいるし」
立ち上がって、一目様子を見ようとベッド脇に静かに歩み寄る。
スースーという寝息が、亜樹からも聞こえてきた。

まとめて面倒見てやるか。
樹里と亜樹のことを想ったのは、それほど前ではない。
また面倒を見るべき相手が増えた。

産んでもいいよ。

桃子はそっと樹里のお腹に手をやると、軽く上下に撫でた。
そして、樹里がまた起きだしたときに逃げないようにと、椅子を移動させ、ドアの前に陣取った
のだった。

-第89話へ続く-
別窓 | 女園秘書室@小説 | コメント:2 | トラックバック:0
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