樹里の複雑な胸中告白は、まだまだ続きます。
桃子も真剣に受け止めています♪
筋肉バカ事件は、このままどこかへ消えちゃいそう?!
樹里の告白まだまだ続く第86話です。
第86話「先日わたしは、阿東さんを呼び出しました」
樹里は、お腹に当てた手を離すことなく、何度も撫でながら話を進めた。
「わたしは全てを捨てる覚悟でいました。捨てたくないほど大事なものは、わたしにはありま
せんでしたから。この家も、家族も、わたしにとっては何の意味もないものなので」
樹里の手が止まる。お腹をギュッとわしづかみにするような仕草に、桃子は思わず手を添えて
お腹から引き離した。
「あたしが秘書室に駆け込んだ、あの日だろ?」
桃子は、パソコンの変換事件の犯人を樹里と断定し、途中会社に引き返した日のことを思い
出していた。
先ほどより少し強い風が吹いて、樹里は肩を震わせた。
「中に」
言葉短に、部屋の中に入る。
お腹の子を心配してのことだろう。
「あの日、桃子さんが秘書室に入ってくる前、わたしたちは、揉めていました。子供を生む、生
まないということ。これからどうするかということ。わたしたちは真っ向から意見が対立しました」
「樹里さんは生みたくて、阿東は生ませたくない。そういうことか?」
桃子のストレートな問いかけに、樹里は顔を紅潮させた。
「あの日の話は、桃子さんの飛び入り参加のため、中断になりました。わたしは、不安に押し
つぶされそうでした。だって、ここで阿東さんを失ったら、わたしはまた一人になってしまう。家
では一人ぼっち。会社では何を考えているか分からない人たちに囲まれて……わたしの気持
ち、分かる?桃子さん」
ごめんな。分からないよ、あたしには。
心の中の声は、そう言っていた。
冷たい言い方かもしれないけれど、そういう状況に陥ったことがなかったし、そもそもの始まり
が不倫だというところも、納得をしていなかった。
桃子のだんまりを肯定的な返事だと受け止めた樹里は、話を続けた。
「翌朝、駅のホームで呼び止められました。今日、付き合って欲しいところがあると。それほど
時間はかからないからと言われました。ちょうど桃子さんとエレベーターの前で会いましたよ
ね。桃子さんが、外出先から戻られたとき、気まずそうにしていたのを覚えています」
そうだった。
その日の午前中は、外資系の企業で会議が行われ、英語しか話さないという状況に頭を痛め
ていた。その後、社長と有砂は二人で消え、自分は会社に戻ってきた。そのとき、偶然にも、
エレベーターから降りてきた、阿東と樹里と向き合ったのだ。
「あのとき、阿東さんが連れて行こうとしたのは、病院でした。わたしはお腹を抑えました。直
感だったと思います。阿東さんは、一言、予約したからおろしてこいと」
うわっと、樹里の目から涙が溢れてきた。
それは、土砂降りの雨の中を歩いてきたかのようにとめどなく流れてきて、樹里のほほを覆った。
桃子は、ゆっくりと樹里の背中を上下にさすった。
消え入りそうな声。それとともに、樹里も消えていってしまうのではないかと感じてしまう。
そして、お腹の中に、命はまだあるのだろうか。
「病院の前でわたしたちは揉めました。道行く人の視線を集めるように、わざわざ大きな声で
わめいたのです。驚いたでしょうね、阿東さん。わたしはいつも彼の言葉に従っていましたか
ら。あの日は、そのまま会社へ戻ってきました」
まだお腹の中に、命が生きている。桃子は深く深呼吸をした。子供の命がもう消えていたのだ
としたらと、息が詰まる思いだった。
お腹を大事にさする姿を見て、桃子はこれ以上何も口出しをすることは出来ないと思った。
本当なら、そんな男の子供など生むなと言いたい。
ところが、こんなことは、周囲がどれだけ反対しても、本人の気持ちが変わらなければ、何に
もならないのだ。
周りでできることは、黙って見守るということだけ。
「産みたいというわたしの考え、間違っていますか?」
ふいに問いかけられ、桃子はあわてふためいた。
「間違っている」
一度、そう返事をすると、樹里の目つきがグッとあがる。
「いや、間違っているっていうのは、子供を生むことじゃなくて、阿東と付き合ったことだ。奥さ
んも子供もいるような奴と、付き合ったことが全ての間違いだよ。子供のことは、あたしは否定
したくない」
これが、あたしの本心だとばかりに、桃子は大声で言った。
-第87話へ続く-
テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
2007/11/12(月) 12:00:00|
笑@会社
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