笑@会社

日々面白いことを求めて爆走中!!
No  646

女園秘書室-第95話-


社長室では、まさかの展開?
そして、そこをあとにすると、さらに驚きが?!
人生は思いもしない方向に進んでいくことがほとんどである。
それでは95話です♪


第95話

社長は桃子を奥の部屋へと案内してくれた。
そこにベッドなどが置いてあったらどうしようと、変な想像を頭の中に繰り返していたが、想像
だけで終わった。
三人ほどが腰掛けられるゆったりしたソファが、二つ向かい合って横たわっていた。
いや、ベッドじゃなくても、このソファで。
桃子は、瞬きを繰り返したり、首を左右に振って、何とかいらぬ想像を払拭しようとした。
「どうだ。秘書の仕事は」
社長は座ろうとしなかった。後ろに手を組み、ガラス張りの大きな窓の向こうの景色を眺めている。
社長から十歩ほど離れたところに立ち、桃子は薄ら笑いを浮かべていた。
どうだ?だって?
社長が一番よく分かっているのではないかと思った。
聞いてくれるな。仲が良ければ、そう言ってやるところだが、社長相手にそんなわけにもいかない。
「社長の判断にお任せします」
ふいに口をついた言葉だった。
怒られるかもしれない。そう思った桃子の顔は、緊張で強張っていた。ちょっとしたことでも、
誰でもクビにしかねない。
手に汗が滲んできた。
「では、まだまだだね」
社長が、窓の外から部屋の内側へ視線を移した。
その顔は怒ってはいない。むしろ面白がっているようにさえ見えた。

桃子はそれ以降何も聞いてこない社長に対して、どう話を切り出したらいいものか考え込んでいた。
樹里が突然副社長秘書を辞めさせられたこと。それ以外は、聞いてはみたいけれど、勇気が
出ない。有砂と不倫中だろ?などと問うてみたい願望はあるが、それは願望だけで抑えてお
いたほうが良いだろう。
社長も、何を言うでもなく、桃子を眺めていた。
二人は長いこと見つめあった。
視線をそらしたほうが負け。動物界がそうであるかのように、二人は次第に息遣いも荒くなり、
目つきも険しくなってきていた。
「何やってんだ、あたしは」
そうは思っていたけれど、本能が引き下がることを要求しないのだから仕方ない。
このままいったら、いつかどちらかが、吠えそうな空気になってくる。
社長は、それほど大きな体ではないが、鍛えているのであろう。少し腕などをまくると、筋肉
が美しかった。
「きみは、なんだ?」
とうとう社長が声を出した。
桃子は、なぜだか勝ったような気がしてならなかった。
「おもしろい奴だ。おい、今夜付き合え」
社長が、右手の親指と人差し指でわっかを作り、それを口元に寄せて、首を後ろに倒した。
「飲む」
ということだろう。
そのあとは…そのあとはないよな。
ない。そう願いたいはずなのに、桃子の頭の中には、先ほど見た逞しい腕が浮かんでは消えていた。

へなへなと部屋を出る。
社長室を出た桃子は、脱力感でいっぱいだった。
いったい何をしにいったのかも忘れたし、変な想像も掻き立てられてしまった。
何の深い意味もないかもしれないけれど、男女の関係になることを想像してしまう。
いや、ごめんだ。飲むくらいはいいとして、そのあとの付き合いは、断るべきだ。
誘われてもいないのに、桃子はどのように断ろうと必死になって考えた。

エレベーターの前でしばらく立ち止まっていると、非常扉の向こう側から、カツーン、カツーンと
響く足音がする。
あいつだ。有砂だ。ちょうどエレベーターがあがってきた。ドアが開く。桃子は、そそくさとその
ボックス型の不安定な乗り物に飛び乗った。
「閉」のボタンを連打する。
いま社長のところへ来ていたことを知られたくなかった。
思い通りにドアは閉じてくれない。焦れば焦るほど、指先がすべる。
指先をそっと眺めると、桃子が押していたのは、「開」のボタンだった。
それを連打していたわけだから、扉が閉まるはずはなかった。
ようやく、ゆっくりと閉まりかけたとき、空気が止まった。
目線を下に向けていた桃子が目にしたのは、黒の磨かれた靴。閉じかけた扉は、障害物を感じて、
再び左右へ分かれていく。
「あ…」
それは、予想もしない人物だった。

-第96話へ続く-
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No  641

女園秘書室-第94話-


今回は次の対決への準備です。一触即発ムード漂う、有砂と桃子ですが、桃子はだいぶ
成長したので、これくらいのことも、なんのその!
向かった社長室では、ちょっとした悲劇が、彼女を襲います。
このところなかった、笑ムードも漂う第94話です☆


第94話

いま移動させられるわけにはいかないのだ。
いったんはそう思い、阿東に対して丁寧な対応をしてみたが、次の瞬間には嫌気がさしていた。
まず第一に、樹里のことを思い出したら、無性に腹が立った。第二に、桃子は社長に認められて
この会社に入り、社長秘書となった。阿東が桃子のことを嫌ったところで、簡単にクビにできる
はずがない。
あ…でも。
副社長が樹里のことを高く評価していたにもかかわらず、樹里を営業へ追いやったということは、
役員の意思意向は関係ないということか。
急に睨み付けるような顔をしたり、媚びるように笑ってみせる。
有砂は、それに気付いていたのだろう。クスクスと小声で笑っている。
阿東は、苦虫を噛み潰したような顔だ。きっと笑いたいに違いない。笑わせてやろうか。
笑え、笑え。
「…さん、…子さん」
何やら遠くから呼ぶ声がして、振り向いた瞬間、
「桃子さん」
大きな声が耳元で響く。
いつの間にか、有砂が桃子の背後に立ち、書類を脇に挟んで腕を組んでいる。
「いつまでも妄想でニヤニヤしていないで。社長室に向かいますよ」
有砂が、秘書室全体に聞こえるような大きな声で言う。
これしきのこと、むかしは恥ずかしくもなく、何か言い返していたものだが、いま、この秘書室
という中では、何一つ気の利いた返しができない。
桃子は、一言謝った。

その後の秘書室の雰囲気は、いつもと違った。この前までなら、ここで全員が軽く失笑すると
ころだろう。それが、誰も笑い声を立てなかったし、見た限りでは、笑みさえ浮かべていなかった。
俯き加減の秘書たちを尻目に、笑ったのは、有砂だけだった。
「皆さん、今日はお葬式みたいね」
そして、身を翻すと、秘書室を出て行った。

スッ。
右側に風を感じた。一瞬だけ、スッとしている間に、阿東が無言で風を切るように歩いていく。
そして、有砂の後を追うように、秘書室を出て行った。
秘書室のメンバーにとって、阿東と有砂は、いつも緊張して接しなければならない相手だろう。
二人が部屋を出て行ってしまうと、部屋のあちこちから、ため息が漏れる。
桃子は、二人の後を追いかけようと、早足で廊下に出た。
廊下に出て、左に歩いていけば、エレベーターホール。
そこには誰もいなかった。
右に歩いていっても、隠れるような場所はない。
もう社長室へ行ってしまったのだろうか。エレベーターがこの階へ戻ってくるのももどかしく、桃子は
非常階段を上った。
社長室の前に立つと、大きく深呼吸をしてから、二度ノックをする。
「誰だ」
中からすぐ返事があった。
「花木です」
厚いドアの壁に声が吸収されないように、これでもかというほど大きな声を出す。
「入れ」
入室の許可を得てから、もう一度深呼吸をしてみる。むせた。蛙の鳴き声のような声を上げたり、
咳き込んだりする。最後には涙が出てきた。
その間、多分、数十秒。
ドアノブに手をかけたままの桃子は、急に内側から開いたドアに引きずられるように、社長室
の中へ入ることになった。
うわっ。
「いったい何をしているんだ?ノックしたらすぐ入ってくるものだと思っていたら、急にむせ始めた。
わたしはきみが、発作でも起こしたのかと思って、心配したんだ」
見上げると、社長が薄ら笑いを浮かべている。それもそうだろう。
いい年頃の女が、ピシッとしたスーツを着ているのに、ドアに引きずられた上に、ドアノブを掴
んでいた手が離れて、ようやくその場にとどまったこと。そして、巨体を床の上に、寝そべらせ
ていること。例えどんな状況でそうなったとしても、薄ら笑いという反応は正しいだろう。

そのような状況の中でも、桃子は、部屋の中をさっと見渡した。まるで、自分が優秀な刑事に
でもなったような気になっていた。探すは、有砂と阿東の姿。
社長室とて、何人もが住んでもいいくらい広いわけではない。だから、さっと見渡した範囲にい
なければ、その部屋にはいないと判断しても間違いない。
だから、いないのだ。
「社長、あの、相談が。いや、話が」
副社長が駄目なら、社長になんとかしてもらうしかない。

-第95話へ続く-
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No  645

水に流しておこう

「週に2回は必ず来てくださいね!!」
エクスクラメーションマークがたっぷりつきそうなほど、念を押された耳の病院通いであるが、
とうとう3週間目にして、サボる日がやってきた。
その日は、世間では3連休だが、わたしにとっては旗日と日曜日に挟まった土曜日が赤く
ないため、出勤した日。
午前中仕事を終え、しばらくしてから医者に向かう。
方向は確かに向かっていた。
長い信号待ちをして国道を縦断し、医院に近づいていく。
急に襲われるあの恐怖な感覚。
痛いのと、麻酔のあとの虚脱+虚ろな感覚。
いまはこんなに元気なのに、あの処置を終えたら、3時間ほどはまったく使い物にならない
人間と化してしまうのだ。

せっかくの土曜日の午後。天気は晴れ。夕方にちょっと予定が入っていた。
えぇい、週2回がなんだ?!来週3回通えばえぇじゃないか。(そういう問題じゃなかろうし、
あの治療を週3回もしに行くわけがないけれど^^;)
途中右折するはずの信号を直進し、グルンと大変な大回りをして帰宅。
大丈夫でしょ。1日行かないくらいで、すぐにどうにかなってしまうとは思えない。

小さいころから家族で唯一、常に怪我をしては、手術やら、麻酔なしの20針の縫合など痛い
思いをしてきても、わりに動じなかったわたしだったが、これはマックスで嫌&痛い治療である。

それでも、思う。
逃げた。というのは、かなり恥ずかしい行為…。
1度逃げると後が辛いとも思う。そう、なんとなく逃げ続けてしまいそうな気がするのだ。

そこで考えたのが、ご褒美大作戦
週2回もご褒美として何かを買っていたらキリがないわけだが、何でもいい。
とにかく、あの治療を終えた後には、一瞬でも贅沢を味わおう。と決めたのだった。
年を取るにつれて、自分に甘くなってくるのは、怖いものである。

かくてわたしは…
治療をサボったくせに、早くもご褒美大作戦記念すべき第1回目を開催した。
それ以外にも、元気になりたい理由はあったので、後付けだが、書いておくことにしよう。
ヴァンフォーレ甲府がJ2に降格してしまった残念な気持ちを晴らすため、そして相方さんの
酷かった風邪が治った回復記念ということを。

わたしは、食べ物はなんでも好きだ。
多少の好き嫌いはあるけれど、外食するならなんでもよろしの人間である。
でも、先日は突如として肉が食べたくなり、もう脂肪分などが体によろしくない年齢に来て
いるというのに、ときどき「にくーーっ」と叫びたい衝動に駆られる。
肉の中では、鶏系が好きなのだが、焼肉となると話は別。牛だろうが、豚だろうが、何でも
いいから内蔵派である(いわゆるホルモン系)。

ほぼホルモン専門といっていい訪問したお店は、まだ開いておらず、寒さもあったため、店舗
前でエンジンかけっぱなしの車の中で待機。
すると店長さんらしき人が、気付いてくれて、通常の開店時間より早めにお店を開けてくれた。
暖かい店内。
車を降りて、店内に入るまで、多分7〜8歩くらいだろうに、体の芯がスーッと凍るような寒さ
を感じていたので、心までホンワカした。

まだこのお店2回目のわたしたちに、「美味しいものがあるんですよ〜」と説明してくれる店員
さん。お勧めで、珍しいという丸い小腸をいただいた(写真の一番左)。
どん内蔵A

手前真ん中は、牛のレバーで、右は豚のレバー。
牛のレバーは初めて食べたけど、とろけるようで、造語で表すと、「激美味」だったことを記して
おこう。

それに、お店の好意で珍しいものもいただいた。
蜂の巣。
これ、もう火を通してあるので、七輪で軽くあぶるだけで食べれるものだった。
コリコリとしていて美味しい。
どん蜂の巣

どんぶりに大盛りのご飯をもらい(半分は相方さんに譲ったけれど)、食べる、また食べる、どん
どん食べる。

1時間で6皿のホルモンを平らげ、会計をしていると、シュークリームまでいただいてしまった。
開店前から待っていたからだろうか。
よく分からないけど。
わたしは、どれだけ満腹にご飯を食べても、甘いものはサックリと食べれる。
いわゆる、甘いものは別腹。
相方さんの車に乗り込んで、「食べる〜」というと、本気にしなかった彼は、「おぉ、食べろ、食べ
ろ」と笑っている。
「食べる〜」
もう一度言って、バクバクと食べ、店を出てから1つ目の信号を曲がるまでに完食すると、驚愕の
顔でわたしを見ていた。
まるで、見てはいけなかったものを、見た。
というような顔だった。

とにもかくにも大満足。
耳の治療を怠ったことも、ヴァンフォーレがJ2に降格したことも、全て水に流れた一瞬だった。
そう、一瞬だけ、ね。
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No  640

女園秘書室-第93話-


対決する必要のない相手と、桃子ガチンコ?!
意味がないと思われるやり取りの中にも、何か発見があるはず!!
THE対決第1弾の第93話☆


第93話

ドアを二回ノックする。
中から無感情な低い声で、「はい」と返事がある。
ドアを開け、「失礼します」と頭を下げてから部屋に入る。
相手は、桃子を見て驚いた様子もなく、一瞥をくれると書類に目を戻した。
ゆっくりとした足取りで部屋の奥のデスクまで歩いていく。
優雅さをアピールするつもりでもなんでもない。ただ、何か良いアイディアが浮かばないかとまだ
考えている最中だった。
「副社長」
桃子が呼びかけても、副社長は顔を上げない。
「きみが言いたいのは、多分」
自分が声を出すときになって、ようやく顔を上げる。
「福井さんのことか?」
初めて目が合った。

「わたしには、どうなっているか分からないよ。だからここへ理由を聞きに来ても無駄だ。福井
さんは優秀だった。わたしに言えるのは、それだけだ。なぜ突然営業部になど行かせたのか。
会社を辞めろと言っているようなものだ」
「どういうことですか?」
副社長は、ゆったりとしたやわらかそうな椅子を横に向け、デスクに肩肘をついた。背後に広
がる都会のビル群は、排気ガスの充満した汚い空気で満たされてはっきりと見えていない。
空は青いというのに、外は霞んで見えた。
「いくら男女平等が謳われていても、あの部署で女性がやっていくのは大変だ。朝も昼も夜も
時間などおかまいなしに働かなければ、海外とのやりとりはできないだろ?出張も頻繁だし、
時には一人で赴くには危険な場所にも行かなければならない」
それはどこなのだろう。
桃子は、紛争が多発する地域や、治安が良くない地域を頭に描いた。
それは、最近はテレビで始終放映され、この場所から何千キロも離れているというのに、すぐ
に思い描ける場所になっていた。
「いま、あの部署に女性はいない。みんな辞めていったからね」
「どうして、そんなことに」
副社長が知らないと言っていたのをすっかり忘れて、桃子は確認する。
「だから、知らないものは知らないと言っているんだ。わたしも困っているんだよ。福井さんの
ような優秀な秘書が離れてしまってね」
副社長は、最後に疲れたような顔を見せた。
椅子を正面に戻し、一度桃子と向き合う。そして、また資料に目を通し始めた。

秘書室に戻る。
「勝手に出て行かれては困りますよ。社長室へ行ったのならともかく」
有砂は、桃子が席に着いたとたん、ぴしゃりと言った。
「はい」
いまのところは、下手に出ておくしかない。

コイツ、いったい何を企んでいるんだ?

「それと、桃子さん。いままでわたしがしていたことですが、朝社長が来る前に、社長室の掃
除やスケジュールの確認。今度から、あなたにしてもらいますから、朝早く出勤してくださいね」
静かな秘書室の中に、有砂の冷たい声が響き渡る。それは、まるで洞窟の中で、ワンワンと
鳴り響く音のように、暗かった。そして、言葉の一つ一つが、重くのしかかってくる。
ただ、このことに関しては、休み中に樹里からも聞かされた話だった。
桃子が出社するより他の秘書たちは早く会社へ来ていて、各役員室を掃除したり、お茶を淹
れたり、新聞に目を通したりしているのだということ。
「本当の秘書になりたいのなら、それをすべきだ」
と、樹里に諭されたこと。
そして、それをやってみると誓ったこと。
何にしても、樹里のことを思い出してしまう。
桃子は首を横に振った。それを見た有砂が、
「嫌ということですか?」
と聞く。
そういうときばかり、様子を伺っているんだな。いつもは顔一つあげないくせに。
「いえ、あの、そうじゃなくて。はい、やります」
これで、社長に近づくことができる。それも、有砂抜きで、一対一だ。何かをつかめるかもしれない。
阿東が秘書室に入ってきた。
みんなが一斉に立ち上がって、挨拶をする。
それこそ礼儀正しく、頭を下げている。

秘書室の人事権は阿東にある?
桃子も、すくっと立ち上がり、他の秘書たちと同じように頭を下げた。

-第94話へ続く-
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No  644

いまさらブーム

とある場所に、一日一組限定のお宿がある。
そのとある場所付近は、縁あって何度も通った場所なので、いつも前を通るたびに、
「いいなぁ。心の贅沢」
と、何度もため息をついてみたものだ。

先日母の友人がそのお宿に宿泊したらしい。
「ねぇ、ユミちゃん、知ってる?○○○に一日一組限定の宿があるんだって。古民家でね…」
ひなびたところ大好き我が家にとって、「古民家」などの「和」的要素が強い単語は、話題の
頂点を極める。
「あぁ、知ってるよ。○○に向かっていく道沿いにあるよね。いつもいいなぁと思っていたよ」
わたしは、簡単に道を説明する。
「へぇ、いいなぁ」
「うん、いいよねぇ」
その後しばらく沈黙がある。
その沈黙の間、お互いにその古民家を想像し、見ぬ宿主や料理や満天の星空に想いを
馳せていた。そのときの顔といったら、二人ともやけにニヤついていたと思う。

「えぇと、確かねぇ、名前は、チッチキチーだったかな」

古びた民家。
生い茂る草花。育てられている野菜。
頭を雪に覆われた、3000メートル級の山々。
人通りの少ない道路。
人生の酸いも甘いも知り尽くした宿の亭主(いや、こればっかりは想像ですが)。

そんな雰囲気の宿に、あーた、誰が「チッチキチー」などという名前をつける??
チッチキチーは、チッチキチーで面白く、わたしも一時期面白がっていたことはあるが、いくら
なんでも…ねぇ。

「はい、まいど。一日一組限定の宿チッチキチーへようこそ。」
と、親指出されたりしたらどうしよう…である。

その後、最近衰退してきた脳をフル活用させて思い出したその宿の名前は、チッチキチー
とは程遠い、どこか昭和を思い起こさせる名前であり、チの字も入っていなかった。

その話を、噂話ではなく、直接自分の耳で聞き、聞いたその日に話題にしたというのに、
わたしに話すまでに、いったいどの回路を通ってきたら、チッチキチーになるのか知りたい
ものである。

つい最近も、母の口から「チッチキチー」という言葉が出た。
世間からはだいぶ遅れて、いま彼女の中ではマイブームと化しているのだと思う。
しばらくの間は、何の因果もないところで、使われそうな予感ナンバーワンの言葉であろう。
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No  639

女園秘書室-第92話-


久しぶりの会社。そして、戦いの火蓋がきって落とされる第92話!
(今回ちょっぴり長めです^^;)


第92話

運命の一日が始まる。とは、大げさだろうか。
週明けの月曜日。朝から青空が広がり、それだけでも気分は高揚する。
気持ちよく、果てしなく広がる青色を見ていると、自分がどんなことでもやってのけられるような
気がして、胸が高鳴る。
笑っている自分がいることに驚く。会社から離れた数日間。暗いことがたくさんありすぎた。
そのどれもが解決などしていないまま、仕事に就かなければならない。それなのに、笑みを浮
かべている理由は、空が青いからだけではなかった。
この数日間で、桃子は痩せていた。
ぴったりしていたスーツに、若干の余裕ができたのだ。
昨晩、背中に見えていたものは、それまでは脂肪に覆われていた骨だということに、この時点で
初めて気付く。
樹里の豪邸で、豪華な食事にありついたり、先輩である理子と飲みにいってたらふく食べたと
いうのに、痩せていた。
「悩み事のせいかい?」
桃子は、鏡の中の自分に問いかける。
それまでの生活で、悩みが一切なかったわけではない。
しかし、ここ最近では他人のことでこれほど考えさせられたことはなかったし、思い苦しんだこと
もなかった。
悩みは人を一回り成長させる。
とは言うが、桃子はもう一人の自分に言い聞かせた。
「悩みは人をきれいにさせるのさ」
自分に向かってブイサインを出す。
とりあえず、何からどうしようか。
玄関の鍵が、桃子の手のひらの上で小刻みに小さく飛ぶ。
軽快でいる証のように、それは軽やかだった。

会社の最寄り駅に到着し、売店に駆け寄る。
狙いはただ一つ。栄養ドリンクだ。
腰に手をあて、ドリンク剤を持ったまま右腕を高らかとあげる。
それは、中世の絵画に描かれている馬に乗った将軍が、剣を持って敵に向かう様によく似ていた。
「戦士だ」
そうつぶやいてから、桃子は、小さな瓶に入った液体を一気に体の中に流し込んだ。
美味いとも不味いとも言いがたい不思議な味が、喉を通ると、それだけで力を得たような気持ち
になった。

いつもより早めの出社にもかかわらず、秘書室には多くの秘書が集まっていた。
そして、いつもならそれぞれの役員室へ向かって雑用をこなす彼女たちが、秘書室の中で息を
殺していた。
「おぁぁっす」
いままでのうっぷんを晴らすべく、桃子が威勢よく、男勝りに挨拶をして入っていっても、誰も
咎めないし、笑いもしなかった。一度は桃子の顔を見た彼女たちだったが、次の瞬間には、隣
同士顔を見合わせて、その後はうつむいた。
ちぇっ、なんだよ。この葬式みたいな雰囲気。
桃子は、入り口付近で立ち止まったまま、舌打ちをした。何かおかしい。ある者は俯いたまま。
ある者は、隣とひそひそ話し。
休暇を取っている間に、何かあったのだろうか。

秘書室入り口付近の席で、桃子に背を向けた状態で座っていた榛原未来が、突然振り返った。
「あの、あの。花木さん、皆さんにお茶でも」
立ち上がって、自分の倍以上の体格であろう桃子を、廊下へ押し出す。
何とかバランスを保ちながら、廊下へ出て、桃子は突発的に押しやられたこと対する怒りよりも、
この小さな未来の力に感心させられた。
やっぱり秘書ってのは、どれだけ痩せているように見えても、体力があるのだなと。
未来は、桃子を給湯室へと導いた。
トレーを二つ出し、その上にテンポ良くマグカップを乗せていく。
キャラクター物もあれば、陶芸家が作ったようなシックなものまで様々だ。
未来は、黙り込んだままお茶を淹れる。
そして、一つのトレーのお茶淹れが終わったころ、初めて口を開いた。
「樹里さん、どうなってしまったのでしょう」
未来の目は、心配をしているように見えたが、少し微笑んでいるようにも見えた。
その表情に、背筋が寒くなって震える。
「どうなってって、何かあったのか?」
「見てないんですか?告示のボード」
桃子は、首を傾げた。

全員にお茶を配った後、未来は告示版がある場所へ連れて行ってくれた。一階のエレベーター前
にそれはあった。いつも使用している場所なのに、そんなものがあったことに気付かなかった。
そこには、何枚か紙が貼られていて、そのうち一つに「福井樹里」という名前を見つけた。

「人事異動。秘書室・副社長秘書福井樹里を本日より営業部海外事業課へ転属とする。秘書室・
榛原未来を本日より副社長秘書とする」
と書かれていた。
嫌がらせだ。もう樹里はお払い箱ということだろう。用がなくなったとでもいうのだろうか。
未来がほくそ笑んだ理由も良く分かった。自分が副社長秘書へ抜擢されたのだ。嬉しいに決
まっている。
桃子と未来は黙ったまま秘書室に戻った。
そこには、すでにパソコンを打ち鳴らす有砂の姿があった。無表情だった。目の前に立ち、有砂を
見下ろした。目は怒りに燃えていた。心臓は早鐘のように打ち、握り締めた手からは汗が
滲んでいた。
「席に着いたらどうですか?」
顔も上げずに、有砂から言われると、怒りが爆発しそうになった。
何とかそれを治めたのは、いまここで感情のままに怒りをぶつけても、自分が有利に立てるとは
思えないという理性的な判断からだった。
無言のまま席に着く。二人の間に挟まれたパソコンで顔が隠れる直前に、もう一度桃子は有砂の
顔を見た。
笑っていた。
悔しさがこみ上げる。
どうしてやろう。

樹里はこのことを知っているのだろうか。
休みの連絡を入れた時点で、聞いているのだろうか。
副社長はどう思っているのだろう。
社長は。

桃子は立ち上がって、秘書室を出た。
行き先は、決まっていた。

-第93話へ続く-
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No  642

また一つ意味を知る

高級食材というものが口に合わない。
「食べた店が悪かったんじゃない?」
と言う友人もいるけれど…フォアグラもキャビアも、フカヒレもトリュフも、決してまたお金を
払っても食べたいわ〜♪と思ったことがない。
それより、家で作ったホクホクのコロッケやクリーミーなシチューが食べたいと思ったりする。

わたしは随分お財布に優しい食事が好みだったりする。

むかしから、春は山菜を取りに行き、夏は川に沢蟹を取りに行き、釣りに行き、秋はキノコを
取りに行き…と常に自然と共に暮らしてきたうちの一家。
(さすがに、猟はしませんが^^;)
だから、食べなれていない高級なものには、普段から触れないために、知らないものも多い
のも事実である。

先日テレビを観ていたときのこと。
ブルガリで「トリュフ」を販売しているというニュースが流れた。
1粒1000円くらいする(正確な値段は忘れてしまった)トリュフ。
さぞ、美味しいのだろうが、別に食べたいとは思わない。
きっとわたしには、200円ほどで何粒も楽しめるアーモンドチョコレートのほうが口に合うと
思うからだ。
「すごいね〜」
それだけの感想を述べたわたし。
「あれが、1個1000円もするのけ?」
その正体が何かも分からず、値段の高さだけに甲州弁全開で驚く祖母。
そして…

「何も、チョコにトリュフ入れなくてもねぇ…。美味しいのかなぁ?そんなの入れるから高く
なるんだよ」

これ、母の言葉。

何のこと??

「トリュフってあれでしょ?ユミちゃんがアルバイトしてたペンションの裏庭から突然生えて
きたアレ」

実は6年ほど前、とある高原のペンションでアルバイトをしていたときに、突如裏庭にトリュフ
が生えてきたことがあったのだ。
あの世界3大珍味と言われるトリュフがだ。
なぜあのようなところに、突然生えてきたかは、今でも謎なのだが、母の言っているトリュフ
は、まさにその3大珍味のトリュフのことを言っているのだということがわかった。

わたし「え?あのトリュフをチョコに入れたと思ってるの?」
母「だから高いんでしょ?」

違うよ、あれはね、トリュフっていうチョコなの。
あの3大珍味のトリュフに形が似ているから、「トリュフ」って名前がついたチョコなの。
ガナッシュをね、ココアパウダーで包んでね……。

1分ほどでわたしの説明は終わり、母もすぐに納得してくれた。
隣で黙々とご飯を食べながら、わたしの話を聞いていた祖母。
最後にたった一言。
「チョコが1個1000円け?てっ、高いねぇ」
とつぶやいたのだった。


***甲州弁について***
会話の最後につく、「け」は、疑問系の台詞につく。
「行く?」→「行くけ?」
という風に使う。ときどき、
「行くの?」→「行くだけ?」
などと、変形する。

「てっ」
は、いまや若者の間では死語的存在。
60代以上の人から良く聞かれる言葉。
でも、わたしたちの年代なら理解できる言葉。
これを、標準語に直すのは、ちょっと難しい。
しいていうなら、
「へぇ」とか「ふーん」
という感嘆の意味。
驚いたとき(かなり驚きが強いとき)に使われている。
いまどきなら、
「げっ?!」とか「え゛っ?」という感じだろうか。
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No  637

女園秘書室-第91話-


久しぶりの我が家。
えぇ、現実的にはたったの数日なのですが、小説上ではだいぶご無沙汰の場所です。
そして、いよいよ明日から仕事再開!の桃子の体に異変が??
看病疲れ?それとも…?な、第91話です♪


第91話

一日は入院したほうがいいと言われたにもかかわらず、樹里は帰るという意思を曲げなかった。
進行流産。
桃子も救急車の中で聴いた言葉。
樹里は自宅にいた時点で、もうすでに流産の状態になっていた。そうなると、わずか数分のう
ちには、赤ちゃんが流れ出てしまうということだった。それを食い止める術はないのだという。
そして、診察の結果、完全流産といい、赤ちゃんの組織などがすべて子宮内から流れ出てし
まった。
組織が体内に残っている場合は、手術をするようだったが、完全流産と診断されたので処置
をする必要はなかった。それは、つい何時間前までは確かにあった樹里の体の中にいた命が、
失われたということだった。
薬だけが投与される結果となった。

樹里は自宅に帰ってから、ベッドに横になっていた。
「何日か、休ませてください。必ず痛みを消化して戻りますから。有砂さんには自分で連絡し
ておきます」
樹里に会社を休まれると、桃子としては気が気ではなかったが、今の状態で出て来いなどと
いうことはできない。
「ゆっくりしてな」
そう言ったあと、もぞもぞと口を動かした。
変なこと考えるんじゃねーぞ。

桃子は、ようやく自分のアパートに戻ってきた。
日曜日の夕方は、寂しい気持ちが募る瞬間だ。
それは、また一週間がやってきて、仕事に追われるという現実が迫っているという理由だけで
はない。
幼いころ、日曜日の夕方になると、決まって家族で近所のスーパーへ出かけた。
西の方角に夕陽が落ちていき、雲が赤く染め上げられている。その色は、グラデーションになって
いて、桃子の頭上あたりの雲は、いつもほんのりピンク色をしていた。
まるでお祭りで売っているわたがしのようで、気分が高揚したのを覚えている。
そんな風にして、子供のころの記憶が瞬時によみがえると、懐かしい気持ちが湧き上がると
同時に、あのころの無邪気だった自分にはもう二度と戻れないのだと、悲しい気持ちが胸を支
配する。

「年を取ったものだ」
ガス台にヤカンをかける。
ジジジジ、ボッ。
桃子の古いアパートでは、何か一つ行動を起こすたびに大げさに音が鳴る。
長い間世話になっているこのアパートも、だいぶ傷み始めていた。
お湯を沸かしている間、桃子は近くの柱をそっと撫でた。
樹里の豪邸に憧れないわけがない。
けれど、分相応という言葉は分かっているつもりだ。
そして、
「あたしには、高級なんて似合わないさ」
やがて、ヤカンがけたたましい音を立てるまで、桃子は部屋のあちこちを撫でて歩いた。

ふかふかしない布団。
薄っぺらな割りに痛くないのは、自分の身に付いた脂肪が厚いからだろう。
桃子はいつもそうするように、一気に頭を後ろに倒し、枕の上に着地させる。
「いたっ」
背骨を挟んで両側に痛みを感じて、起き上がる。
なんだっていうんだ?
背中を触る。ん?
いままでにないものが張り出している感触。布団の上で上半身裸になると、鏡の前に立つ。背中を向ける。特に変わった様子はない。
もう一度、鏡の中をのぞいたまま、先ほど触った部分に手を添える。
骨?間違いなく、骨が出っ張っていた。
何の病気だ?おそるおそる、手で撫でる。
あの秘書室に勤務してから、ロクなことがない。
樹里も、あの秘書室に勤務しなければ、今日のようなことにはならなかった。

「これが漫画なら、今頃あたしの額には、何本も縦線が入っているんだろうな」
桃子は、額に冷や汗を浮かべて、何度も自分の大きな背中を眺めていた。

その出っ張った骨。
それが、肩甲骨であること。
そして、最近の過労働で体が引き締まり、いままで脂肪に覆われていたそれが、突然出てき
た異物だと感じたこと。普通の体系であれば、肩甲骨は普通に見えること。
そのどれもを彼女はまだ知る由もなかった。

-第92話へ続く-
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No  635

女園秘書室-第90話-


桃子&樹里が絆を確かめ合いました。
きっと阿東なんかより、強く分かり合えるでしょう。
負けるな、樹里!な第90話です♪


第90話

とても正常な状態でいられない。
体を痛めていない桃子でも、そう感じていた。

樹里は数分の間、歯を食いしばり、その後下唇をギュッと噛んでいた。
そして、次の瞬間には、ベッドから体を起こした。
「帰りますよ、桃子さん」
それは、とても簡単に言ったように聞こえた。
「樹里さん、まだ動かないほうが」
亜樹の制止も聞かず、樹里はベッドの上から降りる。
苦痛に顔を歪めたのは一瞬で、一度お腹に手をやると、帰り支度を始めた。
きっと、お腹に手を当てるのは、妊娠してからは習慣になっていたに違いない。
もういなくなったと分かっていても、何かを確かめるように手が自然と動く。
悲しい光景だった。

「あーあ」
亜樹が、支払い処理のために部屋を出て行くと、樹里はベッドの上に寝転んだ。
何かを失敗したときに子供がつぶやくような言葉で、さして重みがないように聞こえた。
あーあってなんだよ。
口に出して言うことはしなかった。
思ったことや考えたこと、口にしないほうがいいこともあるということを、最近桃子は覚えた。
それは、言いたいことを我慢するということではない。
自分の主観だけで発言してもいいことはない。相手にもいろんな感情が渦巻いていて、それ
ぞれの環境があって、想うことがあって、動いているのだ。それを知らないままに、何かを言う
ということが、軽率な行為だと思うようになってきていた。
何から話していいか、桃子は戸惑っていた。

「やっぱり駄目なものは駄目。なんですね、桃子さん」
頭の下で腕を組み、天井の一点を見つめている。
膝までベッドの上に乗せ、膝から下は、ブランブランとベッドからぶら下げている。
はたから見れば、何の悩みもなく、のん気な雰囲気だろう。

駄目なことは駄目。
樹里は、頭では分かっているのだ。
自分がいけない恋愛をしているということ。
好きになってしまったら仕方ない。そう分かっていても、止まらない。
そんなことは誰にでも起こりうることだ。
その感情を、理性で抑えることができなかったのは、樹里の心が弱っていたからではないだろうか。

普通の家庭。
普通というのが、誰から見て普通かと言われれば、上手く説明できないが、両親がいて、家族が
仲良し。そういう家庭に生まれていれば、樹里も不倫などしなかったかもしれない。小さいころ
から満たされなかった思いを、今になって阿東に解消してもらっているのだろう。

女には男。男には女が必要だ。
でも、それは本当に必要とする異性でなければ意味がない。
阿東は、何かあったとき、今回のように女の想いに応えることはできない。
同姓同士のほうがよほど力になれることもあるのだ。

桃子は、樹里の横に寝転んだ。
「なぁ、上手く言えないけど」
樹里と同じように、足をプラプラさせる。
ベッドがきしんで揺れた。
「ベッドが壊れますよ」
樹里が、秘書室にいるときと同じような調子で、嫌味っぽく笑う。
「うるせ」
桃子は一言返した。
そして、樹里が頭の後ろで組んでいる右手を無理やり引っ張り、自分の左手で包むように握る。
「あたしが守ってやる」
樹里が頭を持ち上げ、左手をゆっくり顔の上に乗せるのが目に入った。
「何にも言うな」
泣いているのだろう。肩が揺れて、振動が伝わってくる。つないだ手が熱かった。それでも、
何かを確認するように、二人はいっそう強く手を握ったのだった。

-第91話へ続く-
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No  634

女園秘書室-第89話-


まだ見ぬわが子に、強い愛情を示している樹里。
その子供に危機が?!
想像できなかった展開に、桃子も亜樹もどうすることもできません。
桃子は樹里を救えるのか?第89話です♪


第89話

翌朝、悲痛なうめき声で目が覚めた。
一瞬夢だったかと思う。目覚めは悪く、桃子は目を閉じたまま、何度もあくびを繰り返した。
手足を何度か、限界まで伸ばしてみて、ようやく頭の回線がつながってくる。
そして、目を開けてみると、そこには想像がつかないような光景が広がっていた。

樹里がベッドの上で、苦しみにもだえていた。
腰をかがめて丸まり、天井に背を向けうずくまっている。
「桃子さん」
亜樹が呼ぶ。
現実に起こったことだと思えずに、桃子は一歩出遅れて椅子から立ち上がった。
白いシーツは血で染まっていた。
何が起こったのだ。
自殺?
いや、ありえない。
子供を産もうと決意している女が、一晩のうちに自ら死を選ぶとは思えなかった。
「桃子さん、ご主人様に電話してください」
「だめです」
亜樹と樹里の想いが交錯する。
樹里は、父親にお腹の中の子供の存在を隠したいのだろう。
そこで、ふと気付いた。
この痛みよう。この出血。
「おい、もしかして」
亜樹はうなづいた。
迷っている暇はなかった。
桃子は、救急車を呼んだ。亜樹が運転して、樹里の父親の病院に運ぶことも出来たが、救急車の
方が断然早いと思ったのだ。
遠くからサイレンが聞こえてきて、桃子は家の前へ飛び出した。
すぐそこまで来ている赤色燈の明かりが近づくのは、待っている人間にとってはスローモーション
のように見えて、もどかしかった。
大きく手を振ると、やがて救急車はサイレンを止めて家の前までやってきた。

桃子は、状況を説明しながら、救急隊員を家の中に案内する。
倒れている女性のこと。
その女性のお腹に宿っているだろう命のこと。
そして、彼女がなにかをしたわけではないだろうこと。
彼女が優秀でいい人だということ。
病状とは関係ないことまで、桃子は一生懸命に救急隊員に話す。
手で制止するように求められても、男の腕にしがみついて話さなかった。

やがて樹里は、救急車に運ばれた。
受け入れてくれる病院は、樹里の父が働く病院ではなかった。
それだけでも樹里はホッとしていることだろう。
なにより、安静に、そして安心できるようにしておきたかった。
「腹痛と大量出血」
そして、樹里と一緒に救急車に乗り込んだ桃子が耳にした言葉は、「進行流産」という言葉だった。
それは、当然、樹里の耳にも入っただろう。
心臓が止まるような感覚に襲われた。
よく耳にする流産と、進行流産というものがどのように違うのか、桃子には分からなかった。
ただ、いままさに、生命が一つ絶たれようとしているということだけは感じていた。

樹里は、その処置が終わったあとも、長い間ベッドに横たわっていた。
精神的に被ったダメージは、他人からは計り知れないものだろう。
桃子も亜樹も、ただ病室の片隅で樹里を眺めているだけだった。
それ以外に、できることが何一つなかったのだ。
樹里は目を大きく見開いたまま、長いこと天井の一点を見つめていた。
怒りも、悲しみも、悔しさも、何の感情もそこから読み取ることはできなかった。
静まり返る病室。
ドアも窓もきっちりと閉まっているのに、外の騒々しい音が、どこからともなく入ってくる。
救急車のけたたましいサイレンの音。
看護士たちがせわしなく動き回るスリッパの音。
誰かの話し声。
朝のすがすがしい鳥のさえずり。

その中に一つ、赤ちゃんの鳴き声が混じった。
樹里は咄嗟に耳をふさぐ仕草を見せた。見開かれた目からは、大粒の涙がこぼれ落ちていた。

-第90話へ続く-
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No  636

心配いっぱい

昨日のオシム監督脳梗塞ニュースに、心配で心配で眠れなかったわたし。
なぜ、そこまで?いや、なんか好きなんですよ、オシム監督が。
うちの父が似ていて、親しみも沸くというか…。
代表監督に戻らなくてもいいから、まずは良くなって欲しいものです。

そして、別の次元の話ですが、心配なのが、地元ヴァンフォーレ甲府がJ1に残留できるか
ということ。
明日はいよいよ大宮戦です。
もはや、なんにでもすがりたい気分。

今日の新聞に、「オレンジ色のものを食べる(大宮のカラーがオレンジ色だから?!)」なんて
記事が載っていたので、今日作ったケーキは、みかんケーキ
ヨーグルトや果汁も入って、あっさりジューシー系。
みかんケーキホール

みかんケーキカット

見た目悪っですが、さっぱりしていてついつい手が伸び…ん?こんな深夜に…?
寝ます!!明日の応援のために☆

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No  632

女園秘書室-第88話-


樹里の気になる行方。
見守る桃子、亜樹、お父さん。
これまでは誰にも想われることなく過ごしてきた樹里に、頼もしい味方が
できました。
複雑な思いを抱えた4人が再び勢ぞろいの第88話!!


第88話

暗闇の中、どこかを彷徨っている。
それがどこなのか分からない。
風が強く、木々のサワサワした音が大きくて、微かな声も聞こえない。
そんな映像が頭の中に浮かんでくる。嫌な予感だ。
いや、予感なのかどうか。
ここ最近立て続けに起こっている、樹里の心境や過去がグッと頭の中に映し出される現象が、
またも桃子を襲っていた。

しばらくして、庭の背の低い木々に囲まれたちょっとした空間に倒れている樹里を見つけたのは、
桃子だった。
見つけても、あえて大きな声で叫ばず、ゆっくりと樹里に近づいた。
死んでいるわけはないと思う。
おなかを抱えてうずくまる姿勢。額に手を当ててみる。
少し熱かった。
風で飛ばされてきただろう葉を、頭から取り払う。頬についた土をそっと撫でて落とす。
顔は温かい。
「あたしは、あんたの王子かい」
ふっと微笑むと、樹里を抱き上げる。
「うーん」
小さい吐息が漏れる。
「甘えた声出して。あたしは阿東じゃねぇぞ」
桃子はつぶやくと、樹里を家の中へ連れて行った。

樹里の熱は見る間に上がっていった。父親の応急処置があって、自室のベッドに寝かしつけ
られている姿は、痛々しかった。
なぜあんなところにいたのだろう。
桃子は、部屋の片隅にある椅子に座って、遠くから樹里を眺めていた。
裸足で外を歩き回ったせいで、足首から下に何箇所か擦り傷があった。
いまは消毒され、白い足に、赤い線がにじんで見えている。もう血は止まっているはずだから、
にじんでいるように見えるのは、自分の目がじわじわと涙を溜めているからに違いなかった。
樹里の横たわるベッドの傍らに座り込み、手を取って必死に看病する父親。
責めることは簡単だが、責めたところで何もいいものは生まれてこない。
大柄なくせに、今は小さく見えるその後姿を眺めるのにも涙が必要だった。

父親の携帯が何度か鳴り響き、彼は申し訳なさそうな顔で、桃子を見る。
眉が八の字のように垂れ下がっている。
「樹里を任せても良いかな」
病院からの呼び出しなんだ。
彼は、桃子の返事を待たずして立ち上がる。
桃子は、軽くうなづいて、部屋のドアを開けた。音をたてないように、そっと、ゆっくりと樹里の
父親のために、そうしたのだ。
薄暗い廊下に出る。
彼は、桃子の肩に、その大きな手をどっしりと置いた。
大きなことを頼まれたような気がする。
「分かったよ」
ようやく返事をすることができた。

父親が去ったあとの椅子には、亜樹が腰掛けていた。
桃子は相変わらず、部屋の片隅で、何をするでもなく、ただジッと樹里に見入っている。
亜樹とも会話はなく、そのうちウトウトし始めた。
「もういいか。あいつも寝ちゃってるみたいだし、亜樹さんもいるし」
立ち上がって、一目様子を見ようとベッド脇に静かに歩み寄る。
スースーという寝息が、亜樹からも聞こえてきた。

まとめて面倒見てやるか。
樹里と亜樹のことを想ったのは、それほど前ではない。
また面倒を見るべき相手が増えた。

産んでもいいよ。

桃子はそっと樹里のお腹に手をやると、軽く上下に撫でた。
そして、樹里がまた起きだしたときに逃げないようにと、椅子を移動させ、ドアの前に陣取った
のだった。

-第89話へ続く-
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No  633

自己紹介文

いま流行り?の自己紹介工場にて作成された、自己紹介文です♪

本名では…
真夜中にサングラスをかける○○です。よろしく。

ペンネームでは…
字だけ上手い真壁ユミです。よろしく

新たに考えているペンネームでは…
マネキンが着てる洋服を一式買う○○です。よろしく

となりました。
ちょこちょこっと作ってくれるので、暇つぶしにどうぞ^^

ちなみに、新しいペンネームは、来年小説の賞に応募する際に使用する予定です…☆


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No  630

女園秘書室-第87話-


真実はいったいどこにあるのでしょう。
桃子、悩みに悩みます。
そして…さよなら、樹里?!なのでしょうか?!
第87話です。


第87話

時間は、ゆっくりと流れているように思えて、実際は、ものすごいスピードで過ぎ去っていた
というときと、その逆の場合がある。
いまの桃子には、実際にかなりのスピードで過ぎ去っていた。
めまぐるしく変化する状況に対応するのは、若いころのように簡単にはいかない。
次々に明かされる秘書室の人間関係や樹里自身のこと。桃子は、何から考えたら良いか分
からなくなっていた。

「わたしは産むつもりでいます」
樹里は、自分の話を最後にそう締めくくった。
それほど強い決意を持っているのに、どうして口を挟むことができようか。
肯定も否定もせずに、ただ黙ることしかできなかった。
しばらく、会話がない状態が続く。
樹里がそのまま黙って部屋を出て行って、もう一時間ほど経とうとしている。
お風呂に入ったのか、部屋で寝てしまったのか分からない。

お腹に赤ちゃんがいる。
産もうと思っている。
その割には、体を鍛えるなどとハードなトレーニングをしたり、昨晩など浴びるように酒を呑んだ。
自分は妊婦になったことはないが、樹里のそれらの行動は、決してお腹をいたわる行動では
ないように思えた。
あいつの言っていることは、本当なのだろうか。
ふとそんな疑問が持ち上がり、頭が混乱する。
真っ向から信じていないわけではない。自分がパソコン変換事件の犯人であることを明かした
こともあり、嘘をついているとはいいがたい。
嘘をつくものは、次から次に嘘を重ね、次第にはどこかでちぐはぐな話になっていくことが多いが、
樹里にそれは見られなかった。

桃子は、樹里の精神状態を危惧していた。
もう一度ベランダに出ると、手すりにつかまり、隣の部屋の様子を外から伺う。
これが、ワンルームのマンションであれば、気付かれれば隣の住人に通報されていることだろう。

お腹の子供は産ませたくない。
桃子はそう考えていた。
せっかく授かった命といえば、その通りだが、子供を産むことで、樹里の精神状態が今より
酷くなることを恐れていた。
樹里が、突然笑ったり、涙を流したり、感情の起伏が激しいところが、気がかりだった。
秘書室で自分を殺しすぎている分、そうやって自分を解放しているのだろうが、子供が生ま
れたら、もっと自分を殺さなければならなくなる。
阿東が面倒を見てくれるとも思えない。仕事中に病院へ連れて行き、子供を堕ろすように言った
男だ。
樹里の父親。
彼はどう思うだろう。
樹里との仲は復縁したとはいえ、医者という身。忙しさは変わらないだろうし、面倒を見てくれる
時間もないかもしれない。
樹里は仕事を辞めざる終えないだろう。
それに、産むと決断し、それを阿東が知れば、樹里に対して何らかの悪影響を与えるアクション
を起こしてこないとも限らない。
そう、あの有砂と共に。

トントン。
風か?
一体何時なんだ?
ベッドの脇のテーブルランプのスイッチを入れる。
時計は、日付が変わったばかりの0時だった。
ずいぶん早く寝てしまったものだ。
桃子は、ベッドから起き上がる。
考え事をしている間に、眠りについてしまったようだが、自分がいつ電気を消したかも記憶に
なかった。
「はい」
目をこすって、顔を平手で二、三度叩く。
スッキリというわけにはいかないが、目が覚めてくる。
扉の向こうから返事はない。
風邪のいたずらか。
もう一度、
「はい」
返事をして、扉をゆっくり開ける。

熊?
いや、熊のように体の大きい男。
樹里の父親だった。
「樹里がどこへ行ったか知りませんか?」

-第88話へ続く-
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No  629

女園秘書室-第86話-


樹里の複雑な胸中告白は、まだまだ続きます。
桃子も真剣に受け止めています♪
筋肉バカ事件は、このままどこかへ消えちゃいそう?!
樹里の告白まだまだ続く第86話です。


第86話

「先日わたしは、阿東さんを呼び出しました」
樹里は、お腹に当てた手を離すことなく、何度も撫でながら話を進めた。
「わたしは全てを捨てる覚悟でいました。捨てたくないほど大事なものは、わたしにはありま
せんでしたから。この家も、家族も、わたしにとっては何の意味もないものなので」
樹里の手が止まる。お腹をギュッとわしづかみにするような仕草に、桃子は思わず手を添えて
お腹から引き離した。
「あたしが秘書室に駆け込んだ、あの日だろ?」
桃子は、パソコンの変換事件の犯人を樹里と断定し、途中会社に引き返した日のことを思い
出していた。
先ほどより少し強い風が吹いて、樹里は肩を震わせた。
「中に」
言葉短に、部屋の中に入る。
お腹の子を心配してのことだろう。

「あの日、桃子さんが秘書室に入ってくる前、わたしたちは、揉めていました。子供を生む、生
まないということ。これからどうするかということ。わたしたちは真っ向から意見が対立しました」
「樹里さんは生みたくて、阿東は生ませたくない。そういうことか?」
桃子のストレートな問いかけに、樹里は顔を紅潮させた。
「あの日の話は、桃子さんの飛び入り参加のため、中断になりました。わたしは、不安に押し
つぶされそうでした。だって、ここで阿東さんを失ったら、わたしはまた一人になってしまう。家
では一人ぼっち。会社では何を考えているか分からない人たちに囲まれて……わたしの気持
ち、分かる?桃子さん」
ごめんな。分からないよ、あたしには。
心の中の声は、そう言っていた。
冷たい言い方かもしれないけれど、そういう状況に陥ったことがなかったし、そもそもの始まり
が不倫だというところも、納得をしていなかった。

桃子のだんまりを肯定的な返事だと受け止めた樹里は、話を続けた。
「翌朝、駅のホームで呼び止められました。今日、付き合って欲しいところがあると。それほど
時間はかからないからと言われました。ちょうど桃子さんとエレベーターの前で会いましたよ
ね。桃子さんが、外出先から戻られたとき、気まずそうにしていたのを覚えています」
そうだった。
その日の午前中は、外資系の企業で会議が行われ、英語しか話さないという状況に頭を痛め
ていた。その後、社長と有砂は二人で消え、自分は会社に戻ってきた。そのとき、偶然にも、
エレベーターから降りてきた、阿東と樹里と向き合ったのだ。
「あのとき、阿東さんが連れて行こうとしたのは、病院でした。わたしはお腹を抑えました。直
感だったと思います。阿東さんは、一言、予約したからおろしてこいと」
うわっと、樹里の目から涙が溢れてきた。
それは、土砂降りの雨の中を歩いてきたかのようにとめどなく流れてきて、樹里のほほを覆った。
桃子は、ゆっくりと樹里の背中を上下にさすった。
消え入りそうな声。それとともに、樹里も消えていってしまうのではないかと感じてしまう。
そして、お腹の中に、命はまだあるのだろうか。
「病院の前でわたしたちは揉めました。道行く人の視線を集めるように、わざわざ大きな声で
わめいたのです。驚いたでしょうね、阿東さん。わたしはいつも彼の言葉に従っていましたか
ら。あの日は、そのまま会社へ戻ってきました」
まだお腹の中に、命が生きている。桃子は深く深呼吸をした。子供の命がもう消えていたのだ
としたらと、息が詰まる思いだった。
お腹を大事にさする姿を見て、桃子はこれ以上何も口出しをすることは出来ないと思った。
本当なら、そんな男の子供など生むなと言いたい。
ところが、こんなことは、周囲がどれだけ反対しても、本人の気持ちが変わらなければ、何に
もならないのだ。
周りでできることは、黙って見守るということだけ。

「産みたいというわたしの考え、間違っていますか?」
ふいに問いかけられ、桃子はあわてふためいた。
「間違っている」
一度、そう返事をすると、樹里の目つきがグッとあがる。
「いや、間違っているっていうのは、子供を生むことじゃなくて、阿東と付き合ったことだ。奥さ
んも子供もいるような奴と、付き合ったことが全ての間違いだよ。子供のことは、あたしは否定
したくない」
これが、あたしの本心だとばかりに、桃子は大声で言った。

-第87話へ続く-
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No  631

ほうれん草パン

父の趣味の畑から…毎日採れる無農薬+新鮮な野菜たち。
今の時期は、小松菜とほうれん草が大量です。
(写真はほうれん草)
ほうれん草

そこで、ほうれん草パンを焼いてみました。

ほうれん草ペーストがとってもキレイな緑色。
緑色大好きなので、発酵前に1枚記念撮影です♪
ほうれん草パン生地

レシピの砂糖の分量が少なかった理由が分かりました。
ほうれん草の甘みがたっぷり感じられるパンに仕上がりました。
ほうれん草パン

今日は一人で2斤分作ったので、コネ+伸ばしがとっても大変でした。
ただ、今日は雨が降り湿気が多かったので、発酵はスムーズだったです☆
片方には、チーズを入れて焼いてます。

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No  628

女園秘書室-第85話-


樹里が解き明かす、秘書室の環境。取り巻く人々。
ある人への想い。
話がグンと重くなってきました第85話です。


第85話

桃子は、ベランダから部屋に戻ってきた。
夏の終わりの夜とはいえ、涼しい風が吹き、体が冷え始めるのを感じていた。
ベッドに寝転ぶと、先ほどまでの樹里とのやりとりの続きを思い出していた。

「阿東不倫中、樹里さんは才女、あたしは筋肉バカ。それは分かったよ。あたしに関しちゃ、
納得はしていないけどな」
桃子は、いったんは眉を吊り上げたものの、豪快に笑ってみせた。
「戸波がラフランスな訳は、この前会社で樹里さんが言った用なしで、言いたいことは分かっ
たよ。でも、何故用なしなんだ?仮にも社長じゃないか。それと、五反田さんのは、英語……
いやいや、ローマ字っての?意味の分からない変換になっていたけど、あれは何だったんだ?」
ローマ字が並んでいても、英語とは言わない。
これは、桃子の中では鉄則になりつつあった。
慌てて訂正してみたが、樹里はさほど気にしていない様子だった。
これから話すことに比べれば、桃子が慌てたことなど気にもならないことなのだろう。

「社長は……」
樹里は言葉に詰まった。
言いにくいことなのだろうか?
桃子は、樹里の横顔を見つめた。
暗い夜空の中、どこを見ているのか、樹里の視線は一点に集中している。
その方向を見やると、一つだけ星が輝いていた。空気が悪いのか、暗闇は時折白く霞んで、
視界をグレーに変える。その中に一つだけ弱々しく光を放つ星。
樹里は、瞬きをするのも忘れるほど、その星に見入っていた。
そして、静かに口を開く。まるで星から何らかのパワーをもらったかのように、堰を切って話し
始めた。
「有砂さんは、社長に気に入られていました。入社したときからずっとです。わたしたちが入社
したときに秘書をしていた女性は、すぐに違う部署に追いやられ、有砂さんが入社早々社長秘
書に抜擢されました。でも当然のことながら、仕事はまったく分かりませんから、表向きは、当
時副室長だった阿東さんが秘書となったのです。分かりますか?桃子さん」
そう言って、桃子の方を見た樹里の顔は、泣き出しそうなような、怒ったかのような複雑な表
情をしていた。
桃子は、困った顔を返してみせるだけだった。
「社長は、有砂さんを秘書という位置に置きながら、結局は仕事など何一つさせず、ただの愛
人にしたんです」

桃子の頭の中に、あるシーンが浮かんできた。
それは、桃子が秘書になってすぐのことだった。
社長に空白の時間ができたとき、有砂は、社長の休憩時間なので邪魔をしないでくれと、桃
子を社長室から遠ざけたことがあった。
その後、有砂がお茶を淹れて社長室に入っていったことは確認していた。
あれは、もしかすると、もしかしたのかもしれない。
会社で?まさか。
髪をばさばさと振り、掻き毟る。
「最初は黙ってみていた阿東さんでしたが、いつしか有砂さんに取り入るようになりました。わ
たしとお付き合いをしている最中でした。何も言いませんでしたが、薄々予感はありました。そ
れが決定的になったのは…」
軟らかい微笑みは、いつしか、苦しい表情に変わる。
夜遅くの秘書室での一件。忘れることのできない阿東と有砂の情事。
阿東が有砂を利用していたのではなく、自分が利用されていたのだという屈辱。
「それでも耐えていました。阿東さんは、有砂さんに恋愛感情を抱いているわけではないのだ
と。わたしは黙っていたのです」

樹里の目が曇ると、自分も苦しくなる。
桃子は樹里と同化した気分になっていた。
「桃子さん、ちょっと」
樹里は、桃子の手を掴んで、自分のお腹に持っていった。
それが意図すること。
桃子には何度かこんな場面の経験があった。
何の感触もなかったが、それは確かなのだろう。
新しい命がそこに宿っていることは。

-第86話へ続く-
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No  624

女園秘書室-第84話-


なぜ樹里は回りくどい方法で桃子に助けを求めたのか。
なぞだった樹里の行動が一つ一つつながっていきます。
樹里はスッキリ、桃子は混乱の第84話-


第84話

「分かっていると思いますが、わたしは友達と呼べる友達がいませんでした。だから、誰かに
気を許すとか、相談を持ちかけるということは出来なかったのです。でも、わたしは限界でした」
樹里は深く、それこそ部屋中を陰の気で覆ってしまうほど大きな黒いため息をついた。
「桃子さんのことは知っていました。いつもエントランスにいて、元気に声をかけてくださって。
あのエレベーターでの大捕り物のとき、わたしも同じエレベーターに乗っていました。勇気が
あって、真っ直ぐな方だと感じました。そんな方が、秘書室にいらっしゃると聞いて、わたしは
チャンスだと思ったのです」
あのときから全てが変わった。何もかもが新しくなった。生活。服装、言葉遣い。
それほど遠い昔のことではないのに、懐かしさに桃子は目を細めた。
そうか、こいつ、あのエレベーターの中にいたんだな。
当時の様子を頭に再現してみる。
「あぁ」
包丁を振りかざした男の肩越しに、隙のない鋭い目つきをした女が、確かに一人いたことを桃子は
思い出していた。

それから、二人はベッドの上から降りて、ベランダに出た。
ちょうど今、桃子が一人で立っている位置に、つい先ほどまで二人で立っていたのだ。
「わたしは救われたかった。あの通り、秘書室では私語は厳禁です。そんな状況の中、どうしたら
分かってもらえるか、そればかり考えていました」
磨かれた手すりは月明かりに照らされ、光沢が増して見える。このような豪華絢爛な暮らしとは
無縁な桃子は、手すりに触れることすらためらってしまう。
「あの一件があった日、社長は桃子さんのことをいたく気に入って、すぐ秘書室に迎えるよう、
阿東さんに言いました。桃子さんの病室を訪ねて帰ってきた阿東さんは、桃子さんが、あまり
パソコンが使えないようだと言いました」
それを聞いて、桃子はまるでテレビのお笑い芸人がわざわざ大げさに転ぶような仕草をして、
足首を捻ってしまった。
「アハハハ。あたしは阿東には、使えるって断言したのに、あいつ、見破っていたか」
恥ずかしさを隠すように、頭をかきながら豪快に笑う。
樹里は、口元に手を当て、くすりと小さく笑った。緩やかな風が吹いて、樹里の女らしい香りが、
漂ってくる。朝にまとっただろうその香水は、昼、夕方と時間を追うごとに、滑らかな甘い香りに
変化していった。ここが自分の住む同じ日本と思えない、遠い世界に飛んできたような雰囲気と
空気に満ちていた。
樹里は、微笑みを持続させながら、ベランダの手すりに手をかける。
「メールはどこで監視されているか分かりませんから、人に知られたくない内容を送るのはご法度
です。なので、他に考えられる手段は、あの変換しかなかったのです。わたしは隣の席でしたので、
桃子さんの使うパソコンの管理を任されました。なので、桃子さんが来る前にあのような登録が
できたのです」
話を聞きながら、桃子も樹里と同じように手すりに手をかけた。
つるつるした触り心地が気持ちよく、桃子は頬までこすりつけていた。
「んでも、自分で入力しておいて、福井イコール才女はないだろ。それに、あたしのことを筋肉
バカって」
それは、嫌味でもなんでもなく、さらっと口から出た言葉だった。
怒っているわけではない。桃子は、ただ事実を知りたかったのだ。どうして、そのような変換を
登録していたかを。

「誰が変換を登録したかということは、気付かれたくなかったのかもしれません。ただ、この秘
書室で何かが起こっているのだということは気付いて欲しかった。阿東さんは不倫している。
それは、わたしとということではなく、有砂さんとという意味で入力しました。
福井=才女の変換は……」
樹里はいったん言葉を詰まらせた。
「わたしがやったと思われる可能性と、有砂さんがやったと思われる可能性を両方残しておき
たかったのです。普通、自分のことを才女などと変換しませんから、有砂さんの行動に自然と
目を向けるのではないかと思ったわけです。もし、わたしが入力したと桃子さんが思って、わたしを
勘ぐるようであれば、わたしは、桃子さんに全貌が分かるように行動しようと思っていました」
奥深く、迷路へ迷い込みそうな話になってきた。
これまであった数々の出来事を一から思い出しながら、桃子は頭を左右に振る。
そうすれば、混乱している状況が一瞬でまとまるかのように、何度も繰り返した。
目を固くギュッと瞑る。有砂と阿東の顔が、黒い視界の先に見え隠れする。
目を開けた瞬間、やっぱりここは日本なのだ。せちがらい、狭い日本なのだと実感していた。

-第85話へ続く-
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No  627

愛しい音たち

音がなくなったら、どれだけ寂しい世界になるのだろう。
そんなこと、これまで考えもしなかった。
「ある」ことが当たり前で生活していて、日々は過ぎていく。

いま思えば、わたしは小さい頃から耳が悪かったと思う。
聞き間違えるなど日常茶飯事で、「どうやったら、そんな風に理解するのか?」と言われること
もシバシバだった。
名前を呼ばれても、気付かないこともトキドキある。

先日風邪をこじらせて、耳まで痛くなり、10数年ぶりに耳鼻科に行った。
先生は、わたしの耳の中を見るなり、
「難聴」
と、一言いった。
それは、まるで他人の診察結果を聞くかのように、わたしの耳を通り過ぎていった。
他の人に言うべき言葉じゃないのかしら?
そんなことまで思っていた。
でも、先生の目は、真っ直ぐにわたしを見ていた。

その後、聴力のテストをすると、自分でも驚くほど何も聞こえていないことが分かった。
右耳から始まったテスト。
高音から低音に何種類もの音が流れていく。
高音は聞き取れるものの、しばらくするとヘッドフォンからは無音が続く。
左耳のテストをしたときに驚いた。
たくさんの音が耳に飛び込んできたのだ。
右耳のときも、こんな風に低音が流れていたのだろうに、わたしには聞こえなかった。

テストは、わたしの右耳はほとんど音を聞き取れないということを教えてくれた。
左耳も、一般平均よりは弱いらしい。
あのテストでは、どれだけの音が鳴り響いていたのか。
普通の状態の人には、どんなに豊かに聞こえてくるものなのか、わたしに知る術はない。

このままでは、右耳が全ての音を遮断してしまう。
左も治療をしなければ、同じことになってしまう。

そういわれても、すぐに自分に起こった事実として受け入れることはできなかった。

そんなこと起こるはずがない。

自分で弾くピアノの音だって聞こえてる。
TVの音だって、あまり大きくしていない。
それでも、他人には聞こえている音が自分には聞こえていないのだなと考えると、ジワジワと
した気分になった。
帰宅して、ピアノに向かい、好きな曲を何曲か弾いてみる。
ちゃんと聞こえているのに。
こんなときにベートーベンの曲を弾くのはご法度だと分かっているのに、彼の曲を弾いてしまう
のは、単にわたしの弾ける曲の多くが、彼の曲だからに過ぎない。
ベートーベンは、ある日突然耳が聞こえなくなっている。
それでも、立ち直り名曲を作り出した。
そんなことを思い出すと、涙が出てくる。
あぁ、音のない世界ってどんなだろう。

東京の病院へ行くことを勧められたが、いまは地元の病院で治療に専念することにした。
治療と言っても、治すというのではなく、進行を食い止めるだけのものであるけれど。

無音の部屋で目を閉じてみる。
テレビもつけず、音楽も鳴らさない世界を、わたしは今まで無音だと思っていた。
けれど、そんなときでもいろんな音が聞こえてくる。
自宅前の細い路地を急ぎ足で歩くハイヒールのコツコツとした音。
国道を通り過ぎていくバイクの音。
遠くで犬が吠えている声。
家のどこかがキシむ音。

そのどれもが、普段はイラナイ音だと思っていたのに、なぜか愛しく思えてくる。
そして、いま聞こえたものとして、わたしの中に残ることだろう。


***あとがき?的なもの***
正直、まいりました。
病院を出て、車に乗り込んだとき、「ありえないー」と一言つぶやいてしまいました。
でも、何を言っても事実は事実。
数時間後には、何食わぬ顔して受け入れました。
これからどうなるかは分からないけれど、これ以上悪くならないように治療に専念しようと
決めました。
これをブログに書いたのは、自分を奮い立たせるため…。かな?

小説の主人公には辛い目にあわせておいて、自分が辛くなったらヘコタレテルようでは、
登場人物たちに申し訳がたたないので、これからはより一層、一生懸命前向きにいきたい
と思ってます。

「生きてるだけでまるもうけ」
誰が言ったか忘れてしまいましたが、ホントその通りだなぁと、名言だなぁとつくづく思う
今日この頃です。
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No  626

Artistになりたし

あまり時間に余裕のない生活をしていますが、少しでも余裕ができると、ハテ、何をしようと
ボーっとしてしまいがち。
そんなときは、何かを作るに限ります。

土曜には母と2人で、パン作り。
OBCパン071103-2

ベーコンとチーズを練りこんだ生地に、トッピングはタマネギのスライスととろけるチーズ。

日曜にはコレ
new芋ケーキ

コレとしか言いようがないのは、コレ、失敗作だからです(笑)
ふっくらサツマイモが手に入ったので、スイートポテトを作るつもりでした。
むかし良く作ったので、なんとなくレシピも頭の中に残っているし、大丈夫だ〜〜。
と、適当に作っていたのですが…
最後の最後に気付きました。
あ、とてもヤバイ。
卵は卵黄だけしか使わないのに、全卵を混ぜてしまったのです。
こんなもの焼けるかい!!
でも、生地はたくさん作ってしまったし、このまま捨てるのももったいない。

えぇい、焼いてまえ

焼いている途中で、さらに失敗していたことに気付きました。

生クリームが〜〜、入れてない。
せっかく中沢の生クリームを買ってきたというのに…><

全卵を使用したために、ドロンドロンになっていた生地は、オーブンで10分焼いても固まらず、
さらに15分焼き続けました。
その結果、コレになったわけです。

仕方ない、マドレーヌ風サツマイモケーキということにしておきましょう。

そして今日は、突然のベーグル作り。
しかも、初。
しかも、夜も9時過ぎから。
初ベーグル

成型がどうにも上手くいかず、形の悪いドーナツみたいに仕上がってきました。
発酵すると穴が小さくなるので、大きめに作っておくようにというレシピ通り、かなーり大きな
穴を開けておいたのに、小さくならず、およそベーグルとは言えない見た目です(笑)
生地はもっちりですが、納得いかず。

神田うのちゃんは、「料理はArtだ」と言っていました。
わたしは、「料理はストレス解消だ」と思っています。
そんなんだから、見栄えが美しくないのですねー。
わたしも、アーティスティックに料理を楽しみたいです☆
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