笑@会社

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女園秘書室-第72話-


これだけ長い間樹里邸でのお話が続くと、なんだか秘書室のことを忘れてしまいそうな
作者です。そろそろ会社へ行かんかいっ!!と思いつつ、どうしても樹里たんの過去を
清算させなければなりませんので、もうしばらくこちらでお付き合いくださいませ♪


第72話

そこに樹里はいなかった。
桃子は静かに音を立てないように、リビングのドアを細く開けて中の様子を伺った。
しかし、部屋の中に人の気配はなかった。
どこへ行ってしまったのだろう。またどこかで両膝を抱えて、今にも泣き出しそうになっているのでは
ないだろうか。
キッチンへ回る。誰もいない。部屋にはまだ微かに酒の匂いが漂っている。ということは、この部屋を
出たのはそれほど前ではないだろう。

リビングを出ると、どこからか微かな石鹸の匂いが漂ってくる。
風呂か?
浴びるように酒を呑んでいて、まだその酔いが冷めていないというのに風呂に入るのは危険な
行為だ。最悪の場合は、死に至ることもある。
桃子は、香りを頼りに、鼻を鳴らしながら廊下を歩く。
どうやら地下室から匂ってきているようだった。スイッチを押すと、地下へとくだる階段が目の前に
広がる。
間違えない。
明かりももれている。一段下るごとに、シャワーの音が大きく聞こえてくる。もわっとした空気。
きっと、浴室の扉がうっすらでも開いているのだろう。

「おーい。いるんだろ?」
桃子は、シャワーの音に負けないように大きな声を出してみる。
たとえば、髪の毛を洗ったりしているのであれば、大きい声でも聞こえないこともある。
顔を洗っていれば、返事ができないこともある。
しばらく、中からの返答を待ってみた。
「ねぇ。開けるよ?」
もともとあった数センチの隙間に手を入れて、桃子はゆっくりとドアを内側へ開けた。
そこに樹里はいた。
浴槽から腕がだらりと外側に落ちていて、両腕の間に頭が垂れ下がっている。入り口から表情は
見えない。
桃子は、シャワーの湯を止め、濡れるのも構わず樹里の元へ駆け寄った。
「おい、しっかりしろよ」
気分が悪くなったのか、それとも最悪の事態を引き起こそうとしたのか。
医者の娘でなくとも、酔って湯船に浸かれば、吐き気がしたり体調が悪くなることくらい分かる。
それは、経験者だからか?
桃子は、遠いむかし、酔っ払って湯船に浸かり、吐いた挙句に、ぐったりして溺死しそうになった
ことを思い出した。
おぞましい記憶。
桃子は、首を横にぶんぶんと振ると、樹里を浴槽から引きずり出した。

テレビなどの見真似で、手首を取って脈を診る。一瞬感じなかったほど弱々しく、脈打っている。
少し強く手を当てると、ようやくドクドクした振動が伝わってきた。
服が濡れるのも気にせず、樹里を脱衣所まで運ぶ。軽そうに見えた樹里も、濡れているせいか
重く感じた。
大量に水を飲んでやしないか、仰向けに寝かせて、胸のあたりを押さえてみる。
正確な救命方法を学んだことはない。確か、水におぼれた人を助けるのに、あばらの下の辺りを
押さえると、水が口からガボッとこぼれ落ちるのを見たことがある。
それを真似てみたが、何も起きなかった。
そもそも、樹里は意識がないわけではないのだ。
しかも、溺れていたわけではない。
顔はのぼせたせいか、真っ赤になっていたが、正常に呼吸をしている。
「裸、見ちまった」
桃子は、樹里を背にしてどっしりと床に座り込んだ。
細いけれど、どこか力強そうな体。それは、肉体的に鍛えていることもあるけれど、様々な困難を
乗り越えてきた精神の強さが、パワーとなって力がみなぎっているように見えるような気もした。

やわらかい感触が、ふわっと桃子の右手をさする。
「桃子さん、すみません。わたし」
そこで、桃子は目を覚ました。自分では寝ていたつもりなどなかったのに、自然と眠りについて
いたようだ。
樹里にかけてやったタオルが、ふわっと右手に乗ったのは、樹里が心配して桃子の顔を覗き込んだ
からだった。
「わたし、お酒臭いの取れました?」
樹里は、愛らしい目を大きく開き、首を少しだけ傾けてみせた。
お風呂場からは、もう湯気は消えていて、濡れた体が少し冷たいくらいだった。

-第73話へ続く-

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

    2007/10/15(月) 12:00:00| 笑@会社 | トラックバック:0
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