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女園秘書室-第70話-


樹里の寂しく憂鬱な日々は、桃子を一段と悩ませます。
亜樹が見た切ない樹里。
まるで、出口のない迷路に立ち尽くしてしまったかのように、長い週末を過ごす桃子。
自分が体調が優れなかったことで、ここに来たということを忘れてしまいそうです。
もうしばらく過去の話にお付き合いください♪


第70話

亜樹は、おとなしそうな外見からは想像つかないほどよく喋った。
その中にはまだ桃子の知らない樹里が、たくさんいた。
一番驚いたのが、樹里が夜中に発狂していたということだった。
亜樹は、敷地内に建てられた物置小屋をきれいにして、そこに住み込んでいる。それは、樹里の
部屋から見下ろす位置に建っているのだそうだ。
「樹里さんに何かあったらいけないという思いで、わたしにそこに住むように、旦那様は言った
のです」
物置小屋とは言っても、一般家庭にあるような人一人入るのに精一杯という場所ではない。
キッチンもついているし、バス、トイレもある。
実際に見ていないので、なんとも言えないが、桃子から見れば、平屋建ての一軒家と同じくらいの
設備とスペースが備わっていて、なんとも羨ましい話だった。

ある日の夜。
風が吹き荒れ、邸宅の周囲に伸びた木々の葉が、とても大きなザワザワとした音を立てていた。
背筋をスーッと撫でられたような感覚になって、亜樹は大きく身震いした。
音は一向になりやまず、そのうち窓ガラスまで、カタカタと音を立てるまで風はひどく唸ってきた。
その風のうねりの隙間で、なにやら高い音が聞こえてきた。それは、女性の悲鳴のようにも聞
こえる。
「気味の悪い夜だわ」
亜樹は、その音を掻き消すように、バスタブにお湯を流しいれた。あっという間に蒸気に満たされた
浴室で、亜樹は、腕を伸ばし背伸びをする。
肩のあたりで、グッと音が鳴る。この音が鳴ると、体が急に楽になってくる。首を数回ぐるぐると
回し、体を前後に倒す。
これで、ほぼ一日の疲れが取れるのだ。
浴槽に浸るころには、もうすっかり癒されていて、翌日のご飯のメニューなどを考えている。
亜樹にとって、料理をすることは何よりも楽しい時間だった。頭の中で食材を並べ、切ってから
調理をしていく。味付けまでしていくと、本当に料理をしているわけではないのに、匂いが充満
してくる。
「明日の夜は、舌平目のムニエルかな」
犬のように鼻をくんくんさせる。目の前に、真っ白なお皿に乗せられたムニエルがあるかのような
気分になる。
音楽は、ジャズ。
お気に入りのメロディを口ずさむと、その空間だけは、もはや日本ではなくなっていた。
「ウォォォー」
風に混じって、獣が叫ぶような声が聞こえてきた。その直後に、今度は耳をつんざくような悲鳴。
それは、風の隙間を縫って亜樹の耳に届いた。
お風呂のブラインドを上げる。少しだけ窓を開けると、冷たい風が容赦なく亜樹におそいかかる。
体は熱いくらいのお湯に浸かっているのに、寒さに震えそうになった。
格子状の窓枠なので、身を乗り出すことはできない。肩まで湯に浸かると、もう一度耳を澄ます。
それは、屋敷の方から聞こえてきた。
そして、あの屋敷には、樹里しかいない。
彼女の身に何かあったのか。
亜樹は浴槽から飛び出すと、バスタオルで大雑把に体を拭いた。少し残った水滴に構うことなく
服を着る。そして、今度は部屋の窓を開けて、樹里の部屋へ視線を投げた。
電気はついていない。

誰かが忍び込んだのだろうか。
亜樹は、武器になるようなものを探したが、何も見つからなかった。
包丁など持っていっても、刺す勇気はないし、仕方なく掃除機の柄の部分を分解して、屋敷へ
入った。
玄関で電気をつける。
パッ、パッ、パッ。
手前から奥へ順々に電気がついていく。
音を立てないように、静かに上がり、階段にたどり着くと上を見上げた。
「樹里さん、いま行きます。もう少し辛抱していてくださいね」
心の中でそうつぶやいて、亜樹は一歩ずつ階段を上り、樹里へと近づいていった。

-第71話へ続く-

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

    2007/10/11(木) 12:00:00| 笑@会社 | トラックバック:0
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