いよいよ、これまで避けて、避けられてきた父親と真っ向から向き合うことに!
そこに樹里の幸せは残っているのか?
桃子がまたも樹里のためを思って、大驀進!!
言葉遣いも荒ぐ、第67話。
第67話桃子は感じていた。
自分の背後で樹里が静かにこちらの様子を伺っていること。
樹里の父親がそっと背を向けて、桃子は彼の腕をがっしりと掴む。
その桃子の腕を、誰かが掴む。それは、がっしりと強い力だった。
「桃子さん、いいの。父は忙しい人だから」
振り返ると、樹里が目を細めて言った。首を大きく横に振る。
それでも桃子は、手を離さなかった。三人は、ほぼ縦一列になって連なっている。
樹里が手を緩めたので、桃子も緩める。
樹里の父親が振り返った。
その目には、涙が光っていた。
間に立っている桃子には目もくれず、彼はそっと話しかける。
「悪かった。そう思ってる。駄目な父親だと……」
膝から崩れるように、床にしゃがみこんだ。
大きい体を地にこすりつけるように、ひれ伏すように、そして許しを請うようにこうべを垂らす。
先ほどまでの冷静な受け答えからは想像できないほど、目の前の男は弱くなっていた。
そして、間もなく、その大きな体全身をいっぱいに震わせ、号泣し始めたのだった。
三人はリビングのソファに腰を下ろしていた。
酒の匂いのこもっていた部屋は、今は窓が開け放たれ、涼しい風に満たされている。
しばらくしてやってきたお手伝いの女性が、三人分のコーヒーを淹れてくれて、そそくさと
リビングを後にする。
いまは二階から掃除機の音がする。
余計な口は挟まない。あまり関心を持ちすぎない。そういった姿勢がうかがえる人物だった。
普段めったに会うことのない雇い主を目の前にしても、驚く様子をひとつも見せず、爽やかな
笑みを浮かべただけだったのだ。
桃子はその様子を見て、樹里のようだと思った。
様々な感情を押し殺して生きる。仕事中は当たり前のことだ。
それが、樹里の場合は私生活の中でも変わらない。
楽しいこと、悲しいこと、苦しいこと、すべての感じることを自分で消化してきたのだ。
「お父様、顔を上げてください」
桃子と樹里は横並びに座り、テーブルを挟んで向かいに彼が座っていた。
うつむく父親に、樹里が言葉をかけ、テーブルの上に作られた握りこぶしの上に静かに手を
重ねる。
「お前の顔を見たくなかった」
彼は、うつむいたまま話を始めた。樹里の重ねた手が、ピクッと動く。
「だんだん母親に似てくるお前を見て、耐えられなくなっていたんだ」
樹里は、自分が母親に似ているとは思わなかった。似ているとは思いたくなかったし、そう
言われることを何よりも嫌っていた。
「僕は、彼女のことを本当に愛していたんだ。彼女のために、一生懸命働いたし、彼女の望む
ことは何だってしてあげた。それなのに、出て行った。近所のうわさでは、男を作ってね。
どうやら知らないのは僕たち家族だけだった」
その言葉に、桃子は首を横に振る。
樹里の顔がサッと紅潮し、体が硬くなったのが、ソファの上から伝わってくる。
「仕事に明け暮れた僕が間違っていたかのような樹里の目が怖かったよ。彼女にそう責め
立てられているような気がしてね」
弱いやつ。
桃子は、樹里の父親だということを考慮に入れても、彼の弱さを受け入れることはできなかった。
大人の自分でもそれだけ傷ついたのだから、子供はどれだけ傷ついたか想像できなかった
のだろうか。
うつむくと、コーヒーの香ばしい匂いが、いつも以上に鼻についた。
「さっき一瞬だけ、リビングのドアからこちらを見ている樹里と目が合った。大人になったなぁと
思ったよ。そして、彼女には似ていないと。そうしたら、突然申し訳ないという気持ちでいっ
ぱいになったんだ」
「樹里さんが、お母さん似だったら、どうしてたんだよ?お母さん似だったら、申し訳ないって
思わなかったのか?」
勝手なやつ。
いま、桃子は、この父親に対して、負のイメージしか持つことができなかった。
これから彼は、どうやってこの償いをしていくのだろう。
大人が生まれ変わるのは、簡単なことではない。
-第68話へ続く-
テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
2007/10/05(金) 12:00:00|
笑@会社
| トラックバック:0
-
| コメント:0