何をたくらんでいるのかよく分からない秘書室の頭脳派二人。
樹里は、自分が利用されていただけと知り、大きくショックを受けます。
完全に心を閉ざすことになる?!
樹里の切ない過去がまだまだ続く第65話です。
第65話「どうなの?あの子、簡単だったでしょ」
樹里には、有砂が鼻で笑ったように聞こえた。
相手が、「まぁね」と気のないような返事をする。
「みんな単純すぎるのよ。平然と人を信じるんだから」
有砂は、勝ち誇ったかのような強気な声を出す。
しばらく沈黙が続いた。
樹里は、ハイヒールを脱いで、手に持った。少しでも動けば、ほんの小さなため息すら部屋の
中の二人に聞こえそうな気がしてならなかった。
息をひそめる。
「社長も単純。ちょっと色気使えば、会社の機密情報なんかあっという間に手に入るの。副社長
関係のほうは、あなたが樹里を使って調べてくれればいいし。あぁ、楽しい。ね、阿東さん」
やっぱり。
樹里は、早まる鼓動を抑えることができなかった。
いろいろな思いが駆け巡る。
有砂と阿東が関係を持っていること。
有砂が色仕掛けで社長から機密情報を聞き出していること。
自分も阿東に利用されていること。
そのすべてが、樹里を押しつぶしそうになっていた。
部屋の中から、会話が聞こえなくなっていた。言葉の代わりに、吐息が漏れてくる。
樹里は立ち上がった。足がもつれそうになりながら、壁にしっかりと手をそえ、ゆっくりと歩き出す。
エレベーターを呼ぶのがもどかしかった。
樹里は、あることを思いついた。非常階段で降りよう。防火扉のように重いそのドアを開け、階段を
駆け下りる。
一階分降りたところで、ガーーンという激しい音を立てて、ドアが閉まった。樹里は、そのまま
五階分ほど階段を降りて、何食わぬ顔で、エレベーターを呼んだ。
今頃、秘書室のフロアでは、阿東と有砂がパニックになっていることだろう。
誰かが、自分たちの秘密の話を聞いていたかもしれない、と。
階段を必死に駆け下りて、その誰かを探しているかもしれない。
「慌てればいい、裏切り者」
樹里は、はき捨てるようにつぶやいた。慌てふためく二人の様子を想像すると、おかしくなって、
つい笑ってしまう。
三基あるエレベーターのうち、二基は、夜八時を過ぎると停止してしまう。省エネを考えて、遅くまで
全部を稼動させないようにしているためだ。
一階まで降りてくると、エレベーターがすぐに上にあがっていく。
それは、どんどん上がっていき、秘書室フロアの階で止まった。
それを見届けて、樹里は、あわてる様子もなく、出口へ向かう。
「ご苦労様です」
薄暗くなったエントランスに一人立っている女性警備員が声を掛けてきた。
「お先に失礼します」
樹里は、知っていた。彼女がいつも礼儀正しいこと。そして、いつも気持ちの良い言葉を掛けて
くれること。
でも、思っていた。自分とは一生交わることはないだろうと。
通りすがりにネームプレートを確認する。
「花木」と書かれていた。
樹里は、これまでの事実をかいつまんで説明した。
「阿東の野郎。あいつも許せないけど、一番許せないのは有砂だ。あいつが黒幕だな」
桃子は、怒りに肩を震わせた。
「おい、落ち着けって」
理子が桃子の肩を二、三度叩いてなだめる。そして、大きなため息をつく。
「その二人、いったい何がしたいんだ?」
三人がそれぞれ考えていた。誰の視線も定まることはなかった。
桃子のお腹が、ものすごい爆音を立てた。
理子の白い目。鋭い視線が突き刺さる。
「あんたは、本当に緊張感がないねぇ」
フッと笑った。つられて樹里も笑う。
桃子だけは、恥らうように顔を赤くして俯き、「すみません」と小声で言った。
珍しいことだった。
理子は、樹里と桃子を交互に眺める。この二人はお互いにないものを吸収している。桃子が
恥らうなど、理子はこれまで一度も見たことがなかった。
辛い過去など忘れてしまい、ここから明るく歩いていけば良い。樹里にはそう言ってやりたかった。
そして、理子が口を開こうとした瞬間。
「打倒、阿東。打倒、有砂。おい、一緒にあの二人のたくらみを暴こうぜ」
桃子が威勢よく言って立ち上がる。
目の前に置かれていた水割りのグラスを掲げ、一気に飲み干した。
樹里が、ゆっくりとうなづいたのを確認したのは、理子だった。
-第66話へ続く-
テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
2007/10/01(月) 12:00:00|
笑@会社
| トラックバック:0
-
| コメント:4