樹里はいったい何者?
桃子に優しくしてくれる彼女ですが、何かあやしい雰囲気を感じます。
桃子は、例の変換事件のことを考えてばかり。仕事にも集中しないと!
秘書、クビなんてならないように…。
第27話何が楽しいのだろう。
桃子は、珈琲カップを口に運ぶことなく、樹里の言葉の続きを待った。
「だって」
樹里は、珈琲を半分くらい一気に飲んだ。彼女らしくない。桃子はそう
思った。
毎朝珈琲を飲むときは、秘書室のメンバー全員が、上品に一口一口かみ
しめながら珈琲を飲む。飲むというより、味わうという表現のほうが正
確かもしれないくらい、ゆっくりだ。
それを見て、桃子も、他の皆よりは早いけれど、味わうということを覚
えたのだった。
「あぁ、美味しい」
樹里は、後ろに一つに縛っていた髪をほどいて左右に振った。
もう夜も遅いというのに、たった今シャンプーをしたかのような甘い匂
いが漂う。
「桃子さん、あ、桃子さんって呼んでいいかしら?」
口調は相変わらず、上品だった。
桃子は、まだこんな風に喋ることはできない。それでも、丁寧に喋るこ
とは心がけている。
「はい」
いつもだったら、「あぁ」だったなぁ。
もう過去だ。桃子は、一人笑った。
「何かおかしいですか?」
「いえ、別に」
二人は、黙って珈琲を飲み干した。
一気に飲んで、カップを置く。また自然に笑みがこぼれた。
「桃子さんって、楽しい方ですね」
それだけ言うと、樹里はカップを丁寧に素早く洗う。
「帰りましょう」
樹里は、核心に触れなかった。
桃子は、そう思った。本当は何か違うことを言いたかったのではないだ
ろうか。それとも、それは深読みし過ぎだろうか。
桃子はまだ秘書室の鍵を持っていなかった。
樹里が帰るといえば、帰らなければならない。
さっさと片付けを始めた樹里を横目に眺めてみる。
済ました顔。
なんなんだ、この女は。
先ほど給湯室で感じた、ゾッとした感覚はもう消えていた。
「どうしたんですか?」
樹里が桃子のほうをちらっと見た。
目が合って、桃子は慌てて自分のパソコンに向かう。
今がチャンスのような気がした。
自分のパソコンに、変な変換が登録されている。
でも、話をそらされたり、かわされたりしたときに、どうしたらいいか
わからず、桃子は結局何もいえないままでいた。
会社の前で樹里と別れる。
同じ駅を利用しているはずなのに、樹里は何か用事があるのだと駅とは
逆方向に向かって歩き出した。
まさか?!
桃子は、数十メートル歩いたところで足を止めた。
用事があると言って、桃子を帰らせておいて、実は会社に戻っていたり
しないだろうか?
そして誰もいない間に、パソコンを操作する。
彼女なら簡単なことだ。
戻ろう。
会社の入り口には、警備員時代の仲間が立っている。
秘書室勤務となった桃子に遠慮しているのか、彼らは桃子が通っても声
をかけてくることはなかった。
「りゅう」
桃子は、一人欠伸をしている警備員に声をかけた。
後輩で、いつもふざけあっていた仲間の一人だ。
桃子に名前を呼ばれたりゅうは、背筋をピンと伸ばして、敬礼をする。
「桃子さん、お勤めご苦労様です。桃子さんもまた仕事ですか?」
りゅうの言葉に、桃子は頷いた。
それは、「仕事だよ」と、りゅうに返事をしたのではない。
「やっぱり」と思ったから頷いたのだ。
「さっき、あたしといた女、戻ってきたんだね?」
桃子は、りゅうに詰め寄った。
りゅうは、のけぞりながら、
「はい。遣り残した仕事があったって」
桃子は、エレベーターに向かって一気に駆け出した。
-第28話へ続く-
2007/07/17(火) 12:00:53|
笑@会社
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