桃子には珍しく、落ち込んでいますが、
会社へ行けば、もっとたくさんの難関があるはず…。
秘書室で一緒に働く女性たちも次々と登場してきます。
どんな人と働くのだろう…。うまくやっていけるだろうか…。
そんな悩みより、いまはパソコンの悩みが優先的です。
桃子、しっかり!!
桃子秘書いよいよ出陣です。
第9話笑みを浮かべているのに、目は笑っていない。
そんな有砂の顔を見て、桃子の中で彼女は「要注意人物」として認識さ
れた。
「そうそう、わたし、五反田有砂。有る無しの有に、砂丘の砂で、あり
さ。宜しくお願いします」
「あたしは、花木桃子」
宜しくと言いかけて、有砂が目を吊り上げているのを見た。
「あたし…ですか…くれぐれも、社長や顧客の前であたしなんて言わな
いでくださいね」
だったら、何て言えばいいんだ。あたしは、いつだって「あたし」だ。
「わたくし」などと言ったら舌を噛みそうだし、背筋がぞくぞくしてし
まう。
ただし、秘書という仕事をする以上は、警備員の時に使っていた以上
に、言葉に気を付けなければならないことは、桃子にも分かっている。
「まだ室長は来ていませんから、わたしが席まで案内します」
有砂に続いて秘書室に入った。
部屋は思ったより殺風景だった。女が多い職場は、机の上に何かのキャ
ラクター商品が並べられていたり、花などが飾られていたりするものか
と思っていた。
この部屋は、色がなかった。モノトーン。無機質、機械的。
そんな言葉が似合いそうな部屋だ。
部屋の机の配列。二つの島があり、それぞれに八つずつデスクが向かい
合うように置かれている。
「花木さんはここですから」
指差した席の向かいに、有砂が座る。
桃子の席は、彼女と向かい合わせの席のようだ。
席につくと、彼女の顔はパソコンで見えなくなった。
ただ、キーボードをパチパチと叩いている白く細い指だけが見えていた。
きれいだった。という感想の次に、桃子は頭を抱える。
有砂のキーボードを打つスピードがハンパではなく速いからだ。
カチカチ、カチカチ、何かに追われるように次から次へと音が鳴る。時
計の秒針が一つ動くより早そうだった。
両手の指が、何かに操られているかのように、スムーズに動いている。
これが当たり前なのか?
桃子は身を震わせた。背筋がぞくぞくする。
桃子は、人差し指で、一つ一つ文字を探しながら打たなければならない
状態だ。
しかも、wordとやらで文章を打ってみようとして諦めたのは、いくらキ
ーボードを押してみても、平仮名が出てこなかったからだ。
例えば、自分の名前を打つのに、「は」を押しても、「F」が出てくるだ
けだった。
何度やってもそんな調子で、桃子は塞ぎこんでしまった。
帰りに、パソコン関係の本を買うことを決意していた。
時々は耳にする、「word」や「excel」というものを勉強しようと思って
いた。やるしかないのだ。
桃子は、有砂の滑らかな指の動きに目を奪われながらも、パソコンを習
得するという野心を胸に抱いた。
次々にやってくる秘書室の従業員は、どこか冷たい雰囲気の女ばかりだ
った。
有砂が、一通り紹介してくれるものの、笑顔の奥には、何か人を詮索す
るような雰囲気があった。
隣の席に座った、福井樹里という女は、席に着いたとたん、どこかへ電
話し始めたと思ったら、桃子のニガテな英語をペラペラと話し始める。
「英語すごいっすね」
電話のあと、話しかけると、周囲が一瞬だけザワッとした。
そして、樹里は桃子の方を見向きもしないで、
「フランス語です」
と冷たく言い放った。
隣の島から、忍び笑いが漏れる。
有砂のパソコンを打つ手が一瞬止まった。
秘書室長の阿東が入ってくる。
「おはようございます」
有砂が立ち上がると、他の女たちも一斉に立ち上がる。桃子も遅れて、
立ち上がった。
「花木さん、こっちへ」
阿東の隣に立ち、桃子は全員と向かい合った。
緊張とはおよそ無縁な生活をしていたのに、今日の桃子は、自分でも不
思議なほどおかしな気分になっていた。足は震えて、全員の顔を見るこ
とができない。
「昨日話しておいたが、今日から社長の第二秘書になる花木桃子さんだ」
ん……、第二秘書?秘書はあたしだけじゃないってことか?
「皆には話してなかったが、今日から社長の秘書には二人についてもら
う。第一秘書は、五反田さんだ」
五反田さんと社長について回るのか。大変なことになったものだ。
有砂と視線がぶつかって、桃子はたまらず目をそらしたのだった。
-第10話へ続く-
2007/04/20(金) 12:10:54|
笑@会社
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