青っ白い顔して、風に吹き飛ばされそうなあんたたちに、
社長が守れるかい?
花木桃子、33歳にして人生の春を迎えるところ。
大きな会社に勤務するどころか、その会社の社長秘書に抜擢。
でも、その理由って?
力任せが得意な桃子にできることはなに?
桃子秘書の物語、始まります。第7話パソコンを購入する前の、秘書への情熱は、この時点でかなり薄れてき
ていた。パソコンを立ち上げただけで、これほど頭を使うことになると
は思っていなかったのだ。
秘書の仕事は、ただ社長の少し斜め後ろを歩いて、社長の身を守ればいいだけだと簡単に考えていた。
「桃子ちゃん、大丈夫?」
母の問いかけの意味も判らずに、桃子は、
「あぁ、大丈夫さ。日本一の秘書になってやる」
などと言ってしまった。
「秘書?何のこと?」
不思議そうにしている顔が目に浮かぶ。
「それよりさ」
母がそのことについて深く考えないように、桃子は話題をパソコンのことに切り替えた。
「フリーズってなったら、どうしたらいいんだ?」
「そうねぇ、そうなったら、最初は、デルとオルトと……」
???
おふくろは、いったい何語を話しているんだ。
「ねぇ。聞いてる?」
「出る」「通る」「ト」どこで区切るのかさえ分からない。
桃子の数少ないボキャブラリーの中には、「でるとおると」は、どこで区切っても、使用できる言葉に分解されなかった。
その言葉だけが、頭の中を駆け巡り、桃子はまたも大きなため息をついた。
「じゃあ、最終手段よ。電源を切りなさい」
母は、なぜか勝ち誇ったような言い方をした。
「電源のボタンをずーっと押してなさい。そうすれば、自動的に切れるから」
言われたとおりに、電源ボタンを押してみた。しばらくすると、画面が真っ黒になり、少しうざったかったブーンという音も消えてなくなった。
もう一度電源を押すと、機械が動き出す。何もしなかったときの最初の画面が現れた。先ほど広げてしまったウインドウとやらは消えてなくなっている。
「なくなった」
「そうでしょ?画面が固まったときは、そうすればいいのよ」
母は、得意気に言った。
最後に母は、言っていた。
「フリーズしちゃって、電源を強制的に切る場合、それまでやっていた
作業が台無しにならないように、データを必ず保存しておくのよ」
その言葉は、桃子の頭には残らなかった。今のところは、データを保存するなどという高度な技をおこなうまでに至っていないからだ。
電話を切ったあと、マニュアル本を片手に、一つずつ操作してみる。
本に書いてある通りにやってみれば、何とかなるものだ。
母が言っていた「フリーズ」とやらにもならない。
ただ、どうしても開いたウインドウとやらを閉じることができなかった。
右上にある赤い×印を強く指で押さえても、自分の手が痛くなるだけだ。
「おいおい、これ、不良品じゃねぇのか」
一人の部屋でつぶやいてみる。
「所詮、機械は機械。人間よりは賢くできちゃいないようだ」
桃子は、スウェットのパンツから財布を取り出して、札入れから一枚の
名刺を取り出した。パソコンを購入する際に、心底丁寧に説明してくれ
た店員が、帰り際に渡してくれたものだった。
「等々力さん、頼んだよ」
電気屋の店員、等々力は、すぐに電話に出てた。
電話番に呼ばれて、ぴょんぴょんとやってくる様が想像できて、桃子は
ニヤついた。
「さっき買ったパソコン、不良品みたいなんだけどね」
少し自信がないので、丁寧な態度で接してみる。
「えっと……動かないですか?」
「いや、そうじゃなくて、パソコンの画面に出てきたウインドウとやら
を開くことはできても、閉じることができないんだ」
等々力の独り言が聞こえてくる。
「開くことはできても、閉じることができないってことは、マウスがお
かしいってわけではないなぁ」
おい、早く解決してくれよ。こっちが電話かけてるんだぞ。電話代はあ
たし払いなんだ。
客の対応は、迅速さが一番重要なんだよ、等々力さん。
桃子の心の声がそう言っている。
「お客様、マウスは動きますか?」
マウスは動くさ。桃子は、手の中にすっぽりと納まるマウスを縦横に動
かしてみた。
画面の上では、やじるしが「グルグル」と動き回っている。
「あっ」
マズイ。桃子は、一瞬凍りついたように身動きできなくなった。
-第8話へ続く-
2007/04/16(月) 12:10:37|
笑@会社
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