青っ白い顔して、風に吹き飛ばされそうなあんたたちに、
社長が守れるかい?
花木桃子、33歳にして人生の春を迎えるところ。
大きな会社に勤務するどころか、その会社の社長秘書に抜擢。
でも、その理由って?
力任せが得意な桃子にできることはなに?
桃子秘書の物語、始まります。第2話人間、誰しも万能ではない。
しかし、世界の白旗といわれるようになったこの大企業の社長は、自分
の秘書は、何事にも長けていなければいけないと考えていた。
社長は、秀才秘書の後釜を、すぐに探すように秘書室長の阿東に託し、
阿東はあらゆる部署を奔走した。しかし、白旗には、社長の身を守ると
いう意味では、優秀な人材がいなかったのだった。
桃子、白旗本社行きが確実となった出来事が起こる日は、すぐにやって
きた。
運命の日。
その朝、桃子はエントランス付近で、挙動不審な一人の男を発見した。
白旗では、会社に入るときに、必ず社員証を首から提げておかなければ
ならない。それ以外で入ってくる者、例えば、他社の営業マンや業者は、
受付を済ませ、来客用のバッチを胸につけることが規則となっている。
その男は、受付を避けるように歩いていた。
桃子の目が光る。カバンを胸の前に抱えていて、社員証を提げているか
どうか分からなかった。
挙動不審で、泳ぐように周囲を見渡す目は血走っていた。明らかに様子
がおかしかった。
「怪しい」という勘を働かせて、桃子は彼に歩み寄った。
「すみませんが、社員証を。お客様でしたら、受付を済ませてください」
桃子は、普段からは想像できないくらい丁寧な言葉で話しかけた。
不審者だろうが、一度は丁寧に扱うべきだと決めていた。
その男は、桃子が話しかけた瞬間、一度だけ肩をビクッと震わせた。
そして、エレベーターのほうへ駆け出した。
「コノヤロウ、走れるおデブと言われたわたしを舐めるなよ」
桃子は、小声で言ってから、全速力で男を追いかけた。見るからに体力
がなさそうな男は、肩を掴まれて、床にしゃがみこむ。
「どうして逃げた?」
男の右腕をひねりあげる。
桃子の質問に、男は何も答えず、必死に腕を振り払おうとした。できる
わけがない。
「そんな青っ白い顔して、あたしから逃げられると思ってんのか」
ガードマン専用の休憩室へ男を連行し、問い詰めた。
「いったい、何をしに来たんだ」
男は、一ヶ月前までこの白旗の社員だった。三年勤めたが、営業成績が
上がらず、あっさりとクビになったという。妻と子供二人を抱え、クビだけ
は撤回してもらおうと懇願したが、答えは非常にも、「イラナイ」の一言
だったという。
そこで、社長に直接会って、何とかもう一度雇って欲しいとお願いをし
に行きたかったのだといった。
「言いたいことは分かるけどな」
そう言って、男のカバンのチャックを開け、逆さにすると、その穏やか
な雰囲気とは裏腹に、カバンの中からは、出刃包丁が一本出てきた。
包丁を挟んで、二人は向かい合った。何分か無言だった。
男は突然それを掴むと、休憩室を飛び出した。包丁を振りかざして、エン
トランスホールを駆け抜けていったのだ。
女子社員たちが悲鳴を上げて逃げ回る。男性社員も、誰一人近づけない。
頭は恐ろしく優秀だろうが、こういう危険な人物に立ち向かう勇気を持
ち合わせているものはいなかった。
そこにいる誰しもが、桃子の出番を待っているようだ。全員の視線が、
桃子に注がれる。
「やってやろうじゃないか」
桃子が、その男に向かって悠然と詰め寄ったそのとき、エレベーターが
一階に着いた。
普段、人目に姿を現すことは珍しいのに、こういうときに限って、社長が
降りてきた。
男が社長に駆け寄る。包丁は振りかざしたままだ。
秘書室長の阿東がエレベーターの閉じるのボタンを押すのと、男がエレ
ベーターに身体を入れるのと、桃子が男を捕まえたのがほぼ同時だった。
そして、全員が乗り込んだところで、エレベーターの扉がゆっくりとしまった。
-第3話へ続く-
2007/04/04(水) 12:10:11|
笑@会社
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