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No 727
Date 2008・03・30・Sun
女園秘書室-第150(最終)話-かくて皆の行く先は? 明るい旅立ちです。春ですから。 暖かい日差しに包まれて、良いことがあるように、願いましょう☆ 本日最終話を迎えることができました。 これまで読んでくださった皆様、どうもありがとうございました♪ 第150(最終)話 季節はすっかり秋の真っ只中に入っていた。 夏の終わりの、珍事件。 それに関わった人に、暗い影を落とすことなく、事態は収まった。 阿東は、社長になるべく、現社長の後をついてまわり、修行中だ。 真面目そうな顔をして、女に金を与え、自分の味方につけ、情報を得る。 それで、いったい何人の女が泣いただろうか。 ぜひ、心の中で反省し、罪を償って欲しいものである。 小夜子が会社の金を横領していたことは、現社長の計らいもあって表ざたになることはなかった。 そして、社長はその金を返さなくていいとも言った。 桃子なら、両手を挙げて万歳しそうな出来事だ。 小夜子は、金を返すといってきかなかった。経理部に合った細かい性格だと思う。きっちりしている のだ。 一ヶ月いくらになるか、桃子には知る由もないけれど、少しずつ返していくのだという。 その件については、阿東も関わっていたことなので、彼も何らかの協力をすると言っていた。 阿東の妻は、社長に謝罪をし、家政婦を辞めようとした。 もう一人の家政婦である清香も同じように辞めたいと申し出てきていた。 しかし、社長は、二人を引きとめた。 すべては自分がまいた種。 社長はそう思い込んでいて、自分以外は誰も悪くないのだと言って聞かなかった。 そして、たびたび体調を崩すようになり、自宅にいることが多くなっていった。 阿東の妻と清香は、社長への恩返しとして、休むことなく世話をした。 もう一人の副社長の秘書だった沢渡渚。 彼女は、実際に何があったわけではないけれど、有砂の存在に怯えていた。 いつも有砂の言いなりに動いてきて、疲れ果てていたようだった。 有砂が消えてからも、彼女の精神的な疲れは癒されず、樹里より先に会社を辞めた。 そして、母が営む会社裏の喫茶店で、のんびりと働いている。 桃子と樹里、未来の三人は、そこを昼休みのたまり場にしている。 樹里が会社を去る日は、真っ青な空が頭上に広がっていた。 十一月の終わり。ひんやりとした空気が、頬を刺す。 泣くものか。 一生会えなくなるわけではないのだ。 秘書室のメンバーともだいぶ打ち解けた。 今では、桃子は、姉貴分のような存在になっていて、年下の先輩からの相談に乗ったりしている。 その代わり、苦手なパソコン作業や外国語について、彼女たちから学ぶ。 マナーやしきたりも、だいぶ理解するようになってきて、社長に褒められたりもする。 「心配です」 樹里は、目に涙を浮かべながら、桃子に言った。 上半身が隠れてしまいそうになるくらいの大きな花束を手に、彼女は秘書室を後にした。 どんなに好きな相手でも、いつか別れはやってくる。 そのときに、その相手のことをどう思うか。 相手は自分のことをどう思うか。 次はいつ会えるのか。 もう二度と会えないのか。 後姿を眺めるとき、多々思う。 涙が出てこない別れをしよう。 別にそれほど強くはないけれど、希望がある別れをしよう。 桃子は、樹里の背中をいつまでも見送った。 ここから旅立ち、新たな道を進む彼女に、エールを送り続ける。 -THE END- |
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No 726
Date 2008・03・29・Sat
女園秘書室-第149話-悪は去って、明るい秘書室になりつつあります。 桃子は、のんびりしながらも、精力的に仕事をこなす日々。 新しい旅立ち、それぞれ頑張って欲しいものです。 第149話 阿東を許したとき、樹里の顔は穏やかになっていた。 樹里が言葉をかけても二人は立ち上がろうとせず、頭を下げっぱなしでいた。 テーブルをぐるりと半周し、樹里は後ろから二人の肩に手をかけた。 そしてようやく皆が同じようにテーブルについた。 「分かったよ、やってやるよ」 桃子は、そう言って、一人ひとりの顔を、順番に見ていった。 最後に阿東と目が合った。 情けない顔だ。 助けてやる義理はない。 それでも、困った顔をしていると、放っておけない。 それが、例えどんな人でもだ。 損な性格をしていると思う。 性格を変えられればいいと思うけど、思っているだけでできないものだ。 変えるということは、勇気と努力がいること。でも、変わった後は、清々しいものだろう。 とりあえず、桃子の職は、当面社長秘書ということで落ち着いた。 樹里は、一旦秘書室勤務に戻り、二ヶ月間で残務処理をして会社を去ることになった。 樹里がまだ会社にいる間、桃子はこれまで以上に秘書の仕事を覚えるように努力した。 パソコンは、努力の甲斐があり、ブラインドタッチまで習得した。 いまはそれが普通のことなのに、桃子は嬉しさを隠し切れずに、わざわざ大きな音でキーボードを叩く。 秘書室の皆は苦笑いだ。 正直なところ、英語は苦手だ。 これから先も、得意になることはないだろう。 パソコンがこれだけ上達したのだから、英語も触れているうちになれてくるさ。 気楽にマイペースにしていた。 有砂は、あの社長宅での一件以来、姿を見せなかった。 週明けに会社へ出勤すると、机の上がきれいに片付いていて、週末に彼女がこっそり会社に来て、 荷物をまとめて出て行ったことを知った。 デスクの上には、退職願が無造作に置かれていた。 その字は、丁寧できれいだった。有砂の律儀な性格が、よく表れていると思った。 その後、桃子は、自分のデスク周りを掃除しようと、キーボードを動かした。そのとき、一枚の紙切れ が出てきた。 「花木さん、ありがとう」 誰が書いたのか、名前は書いていないけれど、退職願と同じ字だった。 「ありがとう」でもいいけど、「すみませんでした」だろ? 逃げるように去っていったのは、自分に非があると認めたからだろう。 それだけでも、有砂にとっては、苦痛なことだったかもしれない。 「ま、いっか」 桃子は、その紙をデスクの一番大きな引き出しに無造作にしまった。 秘書室勤務の秘書たちの仕事は相変わらず忙しかったが、あの恐ろしいほど静かな朝の時間は、明 るくなり、同僚同士の会話も増えていた。 桃子は、以前と同じ席に座り、有砂がいた席には、榛原未来が座っている。 樹里の営業部への転部騒動があり、急遽、副社長秘書についた未来。 有砂と戦ったのが、あの日一日だけでよかったと桃子は思っていた。 そうでなければ、未来は、有砂色に染められていたかもしれなかった。 未来が素直な心を持っているからこそ、桃子は、あの日一日で事態が収拾されたことに満足していた。 隣に座る樹里も、穏やかだった。 ときどき、意味の分からない言語を操っているときは、やたらにテキパキしていて怖いが、 だいぶ穏やかになった。 -第150話(最終話)へ続く- |
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No 724
Date 2008・03・28・Fri
女園秘書室-第148話-人を許すということは、難しいこと。 でも、過ちを許すことで、何かから開放されることもあるでしょう。 新しい一歩を踏み出すため、樹里は、過去を清算させることが できるでしょうか。 第148話 「僕の秘書になってもらえないか?」 阿東の口から出た言葉は、桃子を驚かせた。 その台詞は衝撃的過ぎて、開いた口が塞がらないとはこのことだと、初めて身をもって知った。 「いや、ともに、頑張ろう」 ともに? どうしてあたしが、阿東と「ともに」頑張らなければならないのだろう。桃子は、ぼんやりと考えていた。 阿東に義理立てすることなど何もなかった。それより、樹里にしてきた裏切り行為の数々を思い起こす と、腹立たしいことこの上なかった。 それでも、桃子は、言っていた。 「樹里さんに、許してもらえるまで謝ることだな。彼女が許したら、考えてやらないこともない」 偉そうにしてみせたが、それは本心なので仕方ない。 これまでのことを思えば、いま一緒にこのリビングにいることさえ、嫌だった。 心の狭い人間にはなりたくないと思ってきた。 困っている人がいたら、率先して手助けをすること。 桃子は両親にいつもそう言い聞かされてきた。 それに、 「嫌な人の中にも、必ずいいところがあるから、それを見つけるようにしなさい」 と教えられてきた。 阿東のこれまでの行為は、その限界を超えていた。 それでも……。 阿東は、椅子を離れ、床に正座をした。 両手を前につき、頭を床すれすれまで下げる。 「福井さん、申し訳なかった」 阿東は、部屋中に響くほど大きな声で言った。 何度も、何度も。 見ているほうが痛々しくなるほど、それは繰り返された。 樹里は、涼しげな顔をして座っていた。 彼女からしてみれば、いくら謝られても、足りないだろう。それほど酷いことが起こったのだ。 一つの命をなくす。例え、まだこの世に誕生していなかった命であったとしても、彼女の中では確実に 生きていたのだ。 男はそれを忘れてしまうかもしれないが、女は一生心と体に傷を負ったままとなるのだ。 桃子はもう一度樹里を見た。 一見冷めた顔をしていて、何を考えているのか分からない。 阿東は、あと何度謝れば許しを得るのだろう。 樹里は、このまま阿東を許さないつもりだろうか。 社長も、小夜子も、お手伝いである清香も、どこを見てよいのやら分からず、視線は宙を彷徨っている。 「すみませんでした」 それは、どこから発せられたか分からないような、小さな震えた声だった。 「申し訳ありませんでした」 その声の主が誰だか分かったのは、彼女が阿東の横に、同じように正座をし、頭を低く下げたからだ った。 「阿東がこうなったのには、妻であるわたしにも責任があります」 阿東の妻は、長い間その姿勢を保ち続けた。 「もういいです」 樹里が、そう言うまで、二人は頭を下げ続けていた。 -第149話へ続く- |
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No 723
Date 2008・03・27・Thu
女園秘書室-第147話-もうすぐ終わりなので、毎日更新で3月終了とさせていただきます♪ 春ですね〜。なにか新しいことにチャレンジしたくなります^^ 第147話 「さて」 社長が、ようやく桃子と目を合わせる。 「きみは、どうするかな」 桃子には示す進路はないようだ。 自分で考えろということか? 行き場所は、どこかにあるのだろうか? 阿東が社長になる。秘書の席は、空席だ。飛び出していった有砂が、戻ってきて、 「秘書をやってもいい」 と言わない限り、誰もいない状態だった。 樹里は、理子の会社へ入社する。 桃子は、まだ秘書として一歩を踏み出した状態で、何も分からない赤ん坊と一緒だった。パソコンは 何とか、一般レベルに足を踏み入れた程度だし、外国語に関しては何一つ分かっていない。 これまでのように、難しい局面では有砂が仕事をこなしてくれるというなら、少しずつ覚えていくことが できる。でも、誰もいなくなったいま、責任を一手に引き受けるほどの自信はない。 度量はあっても、仕事ができなければ意味はないのだ。 桃子は、返事に迷った。 こんな会社、辞めてやる。 と思ってはいたが、いざそうなるとすると、行く場所に悩んでしまう。 警備員に返り咲くことくらいしか、思いつかない。 「でもなぁ」 一度決めたことを撤回するようなことは格好悪いと思っていた。 子会社の警備会社から、白旗本社に移動しただけでも栄誉あることだ。 そう言って、上司たちが涙を流しながら喜んでくれたのを思い出す。 「船出だ。門出だ」 と、盛り上がり、酒を酌み交わしたあの日。 あたしは、立派な社長秘書になってやると心に決めていたはずだった。 いまさら戻る場所はない。 「あたしは」 その後が、なかなか続かなかった。 何もやれるものがないんだ。言えることが、何一つない。自信があるのは、体力だけだ。 あの警備会社に戻れないのであれば、違う警備会社で働くか。 これまでの経験を買われて、雇ってもらえる可能性は高い。 テーブルを囲む全員の視線が注がれて、桃子は緊張していた。 「緊張」などとは縁遠かったはずだったのに。 「まぁ、いいじゃないか」 と言った声が、微かに震えていた。 社長は、腕を組みジッとしている。 誰も何も言わなくなって、何分か経ったとき、意外な人物が立ち上がる。 阿東だった。 「花木さん、いや」 一度桃子の名前を呼んだが、何を思ったか、先に樹里に向き直る。 「すまなかった」 「いまさら」 樹里は、胸の前で腕を組んで、口を真一文字に閉じた。 ツンとして、怒りを表しているのかと思っていたが、意外にもテーブルの下の足は、細かく震えていた。 これまで非を認めなかったのは、なぜだろう。 有砂が怖くて言えなかったか? 彼女が去ったいま、重いものから解き放たれて、心が穏やかになったのかもしれなかった。 それから、阿東は桃子に向き直った。 「花木さん」 なんだろう。阿東に謝られることなど、何も思い浮かばない。 ないだろ? 眠くなった目をこすりながら、彼女は目の前の阿東をただジッと眺める。 -第148話へ続く- |
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No 722
Date 2008・03・26・Wed
女園秘書室-第146話-阿東のやること、樹里の行き先が決まりました。 有砂は…? 桃子の行方も、未決状態です。 皆の進路を決定し、あと2話ほどで(←曖昧^^;)終了となります。 第146話 社長は、阿東のその言葉を受け取って、一年で身を引くと約束した。 その間に、阿東にすべてを引き継がせるつもりなのだろうか。 社長業でなくとも、一年で仕事をこなせるようになるのは、難しいことなのに、果たして阿東にできる だろうか心配になる。 進むべき方向が決まれば、話は早いもので、社長は部屋を出て行くと、両手に抱えきれないほどの 書類の山を持って戻ってきた。 社長が席を立っている間、苦虫を噛み潰したような顔の有砂。彼女は、完全に行き場を失っていた。 まだこの会社に残るのだろうか。もう、社長と言う地位にはつけないのに。 やるせないという思いが、表情によく表れていた。 「阿東くん、明日からわたしの秘書として働いてくれ」 社長が一番に出した指示に、桃子は、口をあんぐり開けた。 阿東が、社長の秘書だって? そしたら、現社長秘書のあたしは、どうするっていうんだい? リストラ、無職、フリーター、ニート。 様々な言葉が頭をかすめる。 先ほどまでは、自分からこの会社を去る決意をしていたのに、人に辞めさせられるとなると腹立たしく なる。不思議なものだった。 桃子は、何か口を挟んでやろうと、もごもごしていたが、それは結局何の言葉にもならなかった。 「五反田さん、きみは…」 社長が言いかけたときだった。 有砂は、音を立てずに椅子を引き、立ち上がる。 このあたりは、スマートだなと思う。育ちの良さが出ているような気がして、桃子は妙なところに感動し ていた。 「彼のサポートをしてくれないか?」 阿東の妻が、不服そうに顔を膨らます。 それに関しては、桃子は阿東の妻に同情した。 自分の夫と関係があった若い女が、これからも夫の片腕となって働くのだ。 耐えられないほうが正常だ。 有砂は、怒りも悲しみも、もちろん喜びも、出すことはなかった。 「今日限りで辞めます」 リビングを出て行く。 走り行く彼女を誰も止めなかったし、後を追わなかった。 「福井さん、きみはどこに行くのかな?」 自分にまったく質問が飛ばないことに、桃子は不服だった。 さっきから、堂々巡りなのだ。 ようやく自分の話題に触れてもらえると待ち構えていると、また阿東から順に進路が決められる。 桃子は、両足で交互に床を蹴っていた。 それは、まるで拗ねた子供のようだ。 樹里の冷ややかな視線を感じたが、それをやめようとはしなかった。 「わたしは」 柔らかい優しい声。 最初に出会った頃のように、常に神経を張り詰めているピリピリした雰囲気は、もうどこにもない。 「わたしには、姉がいます」 自らの生い立ちを、重要な部分だけかいつまんで説明する。 その顔は、穏やかだった。 樹里の行き先というのは、父親違いの姉、理子の会社だと言った。 家族というものの暖かみを知らずに育ち、自分はいつしか、心の冷たい人間になっていた。桃子や理 子に会って、閉ざされた心を開き、人と協力することの意味を知った。 「この会社に残っても良かったのですが」 樹里は続ける。 「姉の会社は、小さいけれど、人情味に溢れています。わたしは、人間らしさを取り戻したいと思いま した」 社長は、ただうなずくだけだった。 樹里にいて欲しい気持ちはあっただろうが、彼女の気持ちを尊重していた。 -第147話へ続く- |
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No 721
Date 2008・03・24・Mon
女園秘書室-第145話-次期社長候補は、桃子?! 阿東、有砂、樹里さえも驚きが隠せません。 この会社、大丈夫なのでしょうか。 いっそのこと…なくなってしまえば、皆解放されてラクなのにね…。 第145話 阿東はなりたかったものになれるというのに、それを拒否した。 有砂は、なりたいものになれなかった。 樹里は、秘書室に戻れるのに戻らないと言った。 皆が、会社を去ろうとしている。 社長が可愛そうに思えてならなかった。 たらふく食べて、大きく膨れたお腹をさすっているうちに、桃子は睡魔に襲われていた。 思考能力も薄れてきて、誰がどうなろうと良くなってきていた。社長は確かに可愛そうだけれど、何を してやれるわけでもない。 隣では樹里が時々、鼻息を荒くしていた。まるで、円形競技場で出番を待っている牛のようだ。 何を思ったのか、立ち上がり、テーブルをぐるりと半周して、正面に座っている阿東の隣に立った。 その場で、腕を組み、阿東を見下げている。 「わたし、こんないい加減な人のこと好きだったなんて、自分がとっても情けない」 阿東の妻もいるというのに、樹里は自ら阿東との関係を話し始めた。 本当に好きな時期があったこと。自分を守ってくれる人は、この人だけだと信じていたこと。有砂と関 係があったのを知ったこと。自分は利用されていたのだと、ショックが大きかった。妊娠し、流産したこと。 樹里は、阿東を非難はしていない。ただ、起こった真実を口にしているだけだった。 そうすることが、なんになるというのか。桃子は、黙ったまま樹里を見つめていた。 「男だったら、やってみなさいよ。なによ、端から女の子に手を出して」 樹里の平手打ちが飛ぶ。 部屋の空気は、一瞬で凍りつく。 阿東の妻が立ち上がって、二人の間に割って入る。 「やめてください。この人は悪くないんです」 今にも泣き出しそうな顔で、樹里の腕を取って頭を下げる。 こんなときなのに、桃子は欠伸を繰り返していた。 まるで目の前は大きなスクリーンで、その向こう側で彼らは縁起をしているかのようだった。 うそ臭い台詞。 桃子は、鼻で笑っていた。 「社長、じゃあさ、あたしがなるよ。社長になってやるよ。あたしも一気に金持ちだな」 桃子は、真っ直ぐと社長を見てから、テーブルについている一同を、順々に見やる。 渋い顔の社長。唖然とする阿東と有砂。含み笑いの樹里。首を傾げる小夜子。 全員を見渡してから、桃子はため息をつく。 やっぱり、あたしじゃ駄目か。誰も認めていないな。 チェッ。 舌打ちしてから、両腕を胸の前に組み、格好だけは社長のようにふんぞり返ってみせる。 「いいだろう」 少し間があって、社長から出た言葉。 「それなら僕が」 社長に続いて阿東。 「ずるいわ」 有砂がテーブルを両手のひらで強く叩いた。小夜子の前に置いてあったカップから、飲みかけの珈琲 がこぼれおちる。それは、しばらくの間、ゆらゆらと揺れていた。目を血走らせて立ち上がった有砂の 顔は、真っ赤に染まっていた。 「じゃ、いいよ」 桃子は、あっさり引き下がった。 「阿東、やれば?」 桃子は、社長の希望を叶えてあげたいと思っていた。 阿東に会社を引き継がせることが希望だというなら、その通りにしてみせよう。 どうしたら、阿東が引き受けるだろうか。 桃子は、阿東の金に対する執着心に目を向けていた。 金は欲しいが、会社の経営など難しくて面倒なことは御免だということだ。 しかし、世の中ラクばかりで生きていけるはずはない。 阿東は、そのラクと面倒の狭間で悩んでいるはずだ。 こいつに「引き継ぐ」と言わせるには、本来は自分の手に入るはずのお金が、他人のものとなってしま うことを強く感じさせればいいのではないか。桃子は、そう考えていた。 だから、「一気にお金持ちになれる」ということを、阿東の前で嬉しそうに話したのだった。 阿東は、つられた。 人にこの財産を取られるくらいなら、自分がもらう。 そう思ったのだろう。 それには、漏れなく苦労もついて回るが、今の彼にはわかってはいないような気がしていた。 -第146話へ続く- |
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No 720
Date 2008・03・22・Sat
女園秘書室-第144話-これからの皆の行く末は? 桃子は会社に残れるのか、残りたいのか…。 それぞれが次を求めて歩き出す第144話。 第144話 桃子が目を開けると、両隣は笑うのを止めた。 珈琲とデザートが運ばれてくる。そして、また阿東の妻と清香も席に着いた。 そこで、初めて社長が口を開いたのだ。 食事会が始まって、一時間半経っていた。 社長は、上着の内側から白い紙を取り出した。 そして、表を向けて、みんなに見せる。 それは、先ほど桃子が書斎で見た「遺言書」だった。 「キミはこれを知っているね」 阿東の妻は、一度は動揺して、目を見開いたが、何か観念したのか小さくうなづいた。 「わたしは、キミの行動がおかしいと思い始めてから、監視カメラをつけさせてもらった。趣味はよくな いが、自分の家だから、何も咎められることはなかろう?」 阿東の妻は、気まずそうに、下を向いたまま顔を上げられなくなっていた。 「いまさら、責めはしないよ。こうなったのは、わたしの責任でもある」 いよいよクライマックスか。 桃子は、金持ちたちのこのバカらしい駆け引きの結末がどうなるのかを見届けたかった。 自分もかなり巻き込まれたのだから、その権利はあるだろう。 社長は、その遺言書を開き、読み始めた。 それは、阿東の妻以外の人間にとっては初めて知る内容だ。 長い文章の中には、亡くなった社長の妻の想いがたくさん込められていた。 社長に対しても、阿東に対しても。それぞれに深い愛情を持っていたのだということが分かる内容だった。 阿東に会社の経営権を譲るとともに、社長には会社を引退してもらう。その代わり、社長には奥さんが 溜めた金がすべて遺産となって入ることになる。 社長は、その逆の行動を取ったのだ。自分はそのまま経営権を握り続け、阿東へ金を譲った。 「すまなかった。ここにいる皆にそう謝りたい。わたしの見栄と欲のせいで、たくさんの人が不幸になった」 真っ直ぐな視線。その先には、何があるわけでもない。ただの壁だ。 誰の顔も直視することはできないのだろう。 謝るということはとても勇気のいることだ。目上の者が目下のものに対してそうすることは、特に複雑 だろう。でも、自分が悪いと思ったら、謝るべきだ。 桃子は、いつも潔く、そうしてきたつもりだし、社長くらいの年齢になっても、そうでありたいと願っていた。 社長は、やっぱり尊敬できる人だ。 皆が社長の次の言葉を待つ。 「阿東君、会社は君に任せよう。もちろんわたしがサポートする。五反田さん、君はどうする?社長秘 書という立場が嫌なら、取締役にでもなるかい?福井さん、きみは副社長秘書に戻ってくれるか?」 社長は、一人ひとりにお願いするように話しかける。 いま社長が言ったことは、言われた本人にとってはとても嬉しい出来事であるはずなのに、誰の顔に も笑顔が浮かばない。それどころか、視線を逸らそうとしている。 「僕には、その素質がありません。自信もありません」 阿東が言う。 「わたしは、あくまでも会社を動かしたいのです」 有砂は、この期に及んで、まだ偉そうな口をきく。 「わたしは、会社を辞めます」 樹里は、深々と頭を下げた。 桃子は、餌を欲しがる犬のように、テーブルに手のひらをつけて、自分に対する進路の発表を待った。 が、それより先に、三人に対して、社長から言葉がかけられた。 「阿東くん、きみならできる。女房の子供だ。素質は充分だ。わたしが全面的にサポートする。だから やってみろ」 命令口調だった。 「五反田さん。相変わらず厳しいね。でも、世の中そんなに簡単に上にあがれるものではない。少しず つ積み重ねて、経験をして、地位を上げていくものなんだ。どうする?会社を辞めるか?」 厳しい内容の言葉は、最後には和らいだ。 「福井さん、きみは優秀な人だ。それに最近威勢も良くなった」 社長は、ちらりと桃子に視線を送って、笑みを浮かべる。 「どこか行くあてがあるのかな?」 樹里は、笑顔でうなづいていた。 「あるんです。わたしにも行く場所が」 どこだ、それ?聞いてないぞ。 -第145話へ続く- |








