笑@会社

日々面白いことを求めて爆走中!!
No  208

最終話

「ちょっ、どうしたんですか?」
テーブルに駆け寄ると、苦笑いのマンキチ。
そして、彼の座る床一面に、茶色い液体が流れている。
「またやっちゃいましたぁ」
いつもの調子で、不気味な薄ら笑いを浮かべている。
夏樹ちゃんが注文した石焼うどんの汁を、見事にこぼしてしまった
らしい。

「だって、男らしく、ここは熱いナベを手づかみでとってやろうと
思ったわけですよ」
石焼でしょ、石焼。
鉄ナベがジュウジュウと音を立ててたら、手で触れるわけがないの
だ。
それに、そんなもの素手で取ったからといって、男らしいなんてま
ったく思えない。
ただのアホとしか思われないのは当然だ。

「そしたら、熱くて、こんなになっちゃいましたぁ」
わたしの目の前に、手のひらを見せた。
指先が赤くはれ上がっている。
すでにお店の人が用意してくれた氷入りのボールで冷やしてはいる
ようだ。

「ちょっと、それで夏樹ちゃんは?トイレ?どこ行ったの?」
マンキチのむなぐらを掴む勢いで、詰め寄った。
「呆れて、帰っちゃいました。アハッ、アハッ」
もう知らない。
足元が、うどんの汁で濡れているというのに、笑っているとは。

夏樹ちゃんが呆れるのも無理はない。
いや、夏樹ちゃんは、マンキチに呆れたのではなく、こんな人を好
きになりかけてしまった自分に呆れたのかもしれない。
まだまだ前途多難なマンキチの恋。
本当に成就する日は、永遠に来ないのかもしれない。

別窓 | ワンランク上のオトコ@小説 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
No  206

第一一六話

「俺、引っ越そうかな」
今井くんが隣でつぶやく。
「だって、当然、夏樹ちゃんはマンキチさんの部屋に遊びに来るでし
ょ。俺ってジャマ?」
「さぁね」
「今日のうちに、引っ越せよ。もう今日来るっていう可能性だってあ
るんだぜ」
戸部くんが、いつもの調子に戻ってイヤらしい笑みを浮かべる。
「まさかぁ」
「じゃ、いまからコイツのマンション行って、張り込みますか?一人
で帰ってくるか、二人で来るか」
「ダメダメ」
わたしは首を横に振った。

そんな、面白がることじゃないのだ。
あんなわけの分からないことで彼女の気を引いてきたマンキチだけれ
ど、想いは真剣なのだから。
「分かりました。何もしませんから、安心してくださいよ」
戸部くんは、口をとがらせて再びウェディングマーチを吹き始めた。
コイツ、信用ならない。
「ジャマだけは、しないようにね」
別れ際、わたしは戸部くんに念を押した。

戸部くん、今井くんとは逆方向の電車に乗る。
ホームに降りる直前、携帯電話が震えた。
マンキチからだ。
このあたりは、ちょっとしたことで圏外になってしまう。
慎重に、そっと駅の入口付近へと向かった。
そうすれば、圏外になるのを免れるわけではないのだけれど。

「ワカサギさーん、帰ってきてくださいよぉ」
電話に出るなり、マンキチの悲痛な叫び声。
嫌な予感。すごーく嫌な予感。
わたしは、再び地上に出た。
駅から店へ走っていく。
店を出てから、十分も経っていない。
それなのに、夏樹ちゃんはもういなかった。
マンキチが一人座るテーブルでは、お店のスタッフがバタバタと動き
回っている。

別窓 | ワンランク上のオトコ@小説 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
No  204

第一一五話

「まさか、あの二人がねぇ」
戸部くんが、口笛を鳴らしている。曲は、ウェディングマーチだ。
まだ気が早いだろう。
「ホント、まさかですよ。しかも、あの彼氏を振ってマンキチさんを
選んだなんて」
今井くんが言うと、戸部くんは口笛を吹くのをやめた。

誰もが事の成り行きを知っているので、口をつぐんだ。
夏樹ちゃんの元彼となったナオトは、戸部くんの親友なのだ。
「あいつはね、オレにとっては親友だけど」
戸部くんがいつになく真剣なまなざしで言う。
「遊び人だから」
わたしは、何もいえなかった。
「大学時代からそうだったけど、合コンばっかり行って、二股なんて
当たり前。ああいうヤツがいたら盛り上がると思って、飲み会に連れ
てきただけだったけど、まさか本当に夏樹ちゃんが好きになると思わ
なかったんだ。何度、やめとけって言おうかと思ったけど」
戸部くんが俯いてしまった。

「すげー、悪いことしたなって思ってたんだ」
そう言って、今度は天を見上げた。
「仕方ないよ。好きになるかどうかなんて、誰にも分からないんだし。
遠野さんも、そういうオトコがいるって分かっただけでも、良かった
んじゃない?そりゃ、傷ついたかもしれないけど、マンキチさんが癒
してくれるでしょ」

遊び人と分かっていたナオトを紹介した戸部くんに、少しだけ腹を立
てていたけれど、それを責めても仕方のないことだ。
戸部くんは、小声で「すみません」と言った。

別窓 | ワンランク上のオトコ@小説 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
No  201

第一一四話

夏樹ちゃんの言いたいことは、わたしにはよく分かる。
たとえ最初に「好き」と思えなくても、好意を示され続けていると、
いつの間にか自分のほうが好きになっていることはある。

「それに、マンキチさんってば、ちょっと方向がずれてる気がするけ
ど、一生懸命でしょ」
ちょっとじゃないでしょ。だいぶでしょ。
面白半分で横槍を入れたかったけれど、やめておいた。
「どうにかして好かれるようにって、いろんなことして、でも殆どが
失敗で……。でも、いつの間にか、次は何をしてくれるんだろうって、
楽しみでもあったんですよね」

それは、観客のわたしたちも同じ気持ちだ。
マンキチが、万人には考えもつかないような方法で、女性の心をゲット
しようとしている様は、はたから見ていると、面白いものばかりだった。

「気付いたら、マンキチさんのことばっかり考えてたみたいなんです」
マンキチは、この間一言も喋らずに、目を白黒させていた。
顔は赤いけれど、酔いはすっかり醒めたようだ。
それに、もしかすると、赤ら顔はお酒のせいではなく、照れているから
かもしれなかった。
しきりに、頬をたたいたり、つねったりし始める。
夢じゃないかどうか、確かめる行為だ。
最近、こんなことをする人はめったにいない。
でも、こういうことをするからこそマンキチなのだ。

「やったじゃん、マンキチさん」
戸部くんが、マンキチの肩をたたく。
会社の先輩、後輩にはどう見ても見えない。
「じゃ、もう充分食ったし、帰るか」
今井くんにそう言ったあと、わたしに、
「ね、若井さんも」
まだ、あんまり食べてないじゃん。
でも、せっかくうまくいきそうなこの二人。
わたしたちがいないほうが、ことはスムーズに進むだろう。
「了解。じゃ、マンキチさん、ご馳走様」
わたしたち三人は、立ち上がった。

別窓 | ワンランク上のオトコ@小説 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
No  199

第一一三話

マンキチは、相当酔っていた。
だから、突然夏樹ちゃんを目の前にして、一度は顔を白くさせたもの
の、勢いは充分ついていた。

「夏樹ちゃん、ボクは夏樹ちゃんのことが好きです」
夏樹ちゃんが座るか座らないかのうちに、唐突に言った。
わたしも戸部くんも、今井くんも身動きが取れなくなった。
ちょうど食べごろの肉から、パチパチと油が飛んでいる。
「分かってます」
彼女は、いたって冷静にそう言った。

「だから、いま別れてきたんです」
夏樹ちゃんと目が合った。
わたしは、戸部くんを見た。
驚いた様子もない。
きっとうまくいっていないことは、夏樹ちゃんからもナオトからも
聞いていたのだろう。

それにしても、焼肉屋で別れ話を持ち出さなくても。
焼肉屋で告白するマンキチと焼肉屋で別れ話をする夏樹ちゃん。
もしかして気が合うのかもしれない。
しかも、タイミングもばっちりだ。

「マンキチさんが好きだって分かってて、それでいて、だから彼氏と
別れたって?それって、もしかして」
今井くんが、夏樹ちゃんの気持ちを代弁しそうになって、わたしは
あわてて彼の口を塞いだ。
もぉっ、余計なことを。いま、一番大事なときなのに。
わたしは、空いているほうの手で彼の太ももを叩いた。

「そうなんですよね」
夏樹ちゃんは、一息ついて続ける。
「なんか、マンキチさんのこと、好きになっちゃったんですよね?」
自分でも、戸惑っている様子だ。
わたしには、自問自答しているように聞こえた。
「なんていうか、好かれてるって感じるし。気持ち的に、安心できる
んですよね」

別窓 | ワンランク上のオトコ@小説 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
No  197

第一一二話

わたしは、マンキチの肩越しに夏樹ちゃんを見た。
相変わらず、ナオトと親しげに話をしている。
これじゃ、携帯の着信になど気付くわけがない。

彼氏と会うなら、途中でジャマが入らないように、もともとマナー
モードにしているかもしれないし、電源を切っているかもしれない。
ところが、目の前のマンキチは、携帯電話で誰かと話し始めていた。
「ボクですよ。今から例の焼肉屋に来ませんか」
店中に聞こえるような大きな声だ。
夏樹ちゃんが、即座に振り返る。
声でマンキチだと分かったのか、それとも単なる偶然だったのかは
分からない。
わたしは、隠れようがなかった。曖昧に笑って、手を振る。
マンキチは、電話に夢中で何も気付いていない。
夏樹ちゃんは、少し会釈をした程度で、顔を背けてしまった。
ナオトに何かを説明したのだと思う。
彼が、わたしに向かって少し頭を下げたような気がした。

少しして、戸部くんと今井くんがやってきた。
マンキチが電話をかけた相手は、今井くんだったようだ。
彼はこの二人にも気前よくおごろうとしているらしかった。
若い男の子の食欲を知らないのだろうか。
マンキチのおごりと分かると、彼ら二人はここぞとばかりに自分たち
の食べたいものを注文し始めた。
マンキチがおごるなど、めったにないことだ。
チャンスと思ったのだろう。

わたしたちは、終始上機嫌だった。
夏樹ちゃんとナオトがいることもすっかり忘れていた。
戸部くんなど、自分の親友のくせに一向に気付かなかったようだ。
そして、いつの間にかナオト一人が出て行ったことにも気付かなかっ
た。

「こんばんは」
声をかけてきたのは、夏樹ちゃんだった。
普段飲めない酒を飲んで、顔を真っ赤にさせて酔っ払っていたマンキ
チの顔が、スッと白くなった。
ふと夏樹ちゃんが座っていた席を見ると、何事もなかったかのように
きれいに片付けられている。
「へへっ」
夏樹ちゃんは、照れくさそうに髪の毛をかきあげて笑った。
かすかに目の周りが赤い。まるで泣いたあとのようだ。
そのことには、戸部くんも今井くんも気付いただろう。
急な夏樹ちゃんの出現で、平常心を保てないマンキチだけが、夏樹
ちゃんから目をそむけていて、それに気付かなかったと思う。

別窓 | ワンランク上のオトコ@小説 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
No  195

第一一一話

わたしは、そんなマンキチを眺めていた。
おかしなところは多いけれど、憎めない男だ。
無邪気で、まるで子供のようだ。
この人と付き合えば、浮気の心配はとりあえずないだろう。
この一年、夏樹ちゃんに避けられ続けても、好きだという気持ちを
持ち続けて、自分なりには向上心いっぱいで努力しているのだから。

「やだなぁ、ボクの顔に何かついてますか?」
わたしの視線に気付いて、彼は顔を手で覆った。
「そんなに見ないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですかぁ。ボ
ク、今日顔洗ってないんですよね」
と、顔を赤らめる。
洗っていないという顔を一日中見ていても、なんの違和感もなかった。

「いつもと同じじゃん」
そういうと、耳まで真っ赤になっていく。
彼は、片方の頬に水の入ったグラスを当てた。
そして、携帯電話を取り出した。
メモリーダイヤルには、十二件しか登録されていないという携帯電話。
そのうちの、九件は会社がらみであるという。

「ちょっとすみません」
ペコリと頭を下げると、どこかへ電話をし始めた。
まさか、ここで夏樹ちゃんを呼び出すんじゃ。
だから高級なお肉ばかり頼んだのだろうか。
いいところをみせようとして?
わたしは、いつ、
「申し訳ないけど、帰ってください」
と言われるのだろう。
マンキチに追い出されるのもシャクなので、自分から退席するべき
なのか。

別窓 | ワンランク上のオトコ@小説 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
| 笑@会社 | NEXT